第231話 教会へ

 ディアの『手を貸してほしい』という思いがけない発言に、俺は目を見開いて驚いてしまう。

 何故ならディアは、自ら何か行動をしたいと口にすることが一切なかったからだ。過去を振り返ってみても、今のような発言をした記憶は俺にはない。


「……」


 俺が驚いて返事を出せずにいる間に、フラムはディアに問い掛ける。


「ふむ。手を貸してほしいとのことだが、主が反対しなければ私は別に構わんぞ。しかしディアは、一体どうするつもりでいるのだ?」


 フラムの指摘はごもっともなものだ。

 ディアは『作らせたくない』と言っていたが、作らせないようにするには一体何をすればいいのか。正直なところ、全く検討がつかない。


「……ごめん。何をしたらいいのかまだわからない。でも、このまま見過ごすことなんて絶対できない……」


 俯き、ワントーン下がった声音でディアはそう答えた。


「……むぅ。主よ、どうする?」


「うーん。そうだね……」


 ディアの願いを叶えるために何をすべきか考える。


 教会に忍び込み、『治癒の聖薬リカバリーポーション』を全て廃棄させることくらいは容易いかもしれない。だがしかし、生産させないようにすることは困難極まりないだろう。

 そもそもの話、『治癒の聖薬』はラバール王国内で作られていないからだ。

 エドガー国王からもたらされた情報が正しければ、ラバール王国外で生産され、王都の教会に運び込まれているのとのことだ。であるならば、生産元を叩かなければ『治癒の聖薬』の生産を止めることは到底不可能だと言わざるを得ない。


 それに問題点がいくつかある。

 一つは、明らかに俺たちが行おうとしている行為が犯罪にあたるだろう点。

 この世界の法律がどのようになっているかはわからないが、不法侵入に器物破損……その他諸々。どう考えても犯罪行為そのものである。

 もしバレてしまえば、厳罰に処されること間違いなしだ。


 次の問題点は、どこで生産されているのかがわからない点にある。

 教会が厳重に秘匿していることから鑑みるに、そう簡単に尻尾は掴めないだろう。


 そして最後に、最も重大な問題点がある。

 それは――ディアの正体が、邪神フロディアであるという点だ。

 勿論俺たちは、ディアが邪神なんて存在ではないことはわかっている。だが、世間一般的な認識はそうではない。

 もし、ディアの正体が何らかの形で露呈してしまえば、ディアは間違いなく危険に晒されてしまうだろう。

 特に気を付けなければならないのは、ディアを封印したアーテなる存在だ。

 アーテにディアの居場所を特定されてしまうことだけは何としても避けなければならない。当然、教会に属する者たちにも気づかれるわけにはいかない。


 ――なら、どうするべきか。


「よし、決めた。ディアに手を貸そう。反乱の時に俺の我が儘を聞いてくれた恩返しをしたいしね。でも、その代わり――」


 そこで俺は一旦言葉を切り、ディアに視線を合わせる。


「ディアには留守番をしてもらうつもりだ」


「……どうして? わたしは足手まとい?」


「違うよ、そうじゃない。ディアが教会に近付くのは危険だと思ったからだよ」


 足手まといと思っているわけでも、邪険に扱っているわけでも決してない。

 艶のある銀色の長い髪に、宝石のような赤い瞳。そして、異常と呼べるほどにまで整い過ぎている美しい容姿。それらを持ち合わせているディアを教会に近付けさせるのは危険だと、俺は判断しただけだ。


「……だったら、こうすけの作った仮面を着ける。それでもダメ?」


「うーん……」


 可愛らしく頼み込まれてしまうと、どうしても判断が鈍ってしまう。ディアのために何とかしてあげたいと思わされてしまうのだ。

 しかし、『形態偽装』が付与された仮面を着けたとしても、偽装できるのはあくまでも容姿のみ。瞳の色や髪の色まで誤認識させることはできない。


「仮面だけじゃ、瞳と髪の色までは変えられないからなぁ……」


 邪神フロディアの伝承がどのようになっているのかがわからない以上、やはりディアを教会に近付けるのはやめた方がいい。

 もし仮に、だ。赤い瞳と銀色の髪を持っているというだけで教会に目をつけられてしまうとしたら、ディアはすぐさまマークされるに違いない。


 だが、そんな俺の懸念は、イグニスのたった一言によって解消される。


「瞳の色を変化させるくらいでしたら、簡単でございます。こちらをお使い下さい」


 何処からともなく取り出し、イグニスがテーブルの上に置いたのは、縦横高さ五センチ程度のサイコロ状の小さな箱であった。


 俺は小さな箱に手を伸ばし、上蓋を開けた。


「これは?」


 箱の中には、一センチにも満たない泥団子のような物がいくつも入っていた。


「こちらは当屋敷に訪れた薬師から購入した、瞳の色を変色させる丸薬でございます。いずれ役立つ日が来るかと愚考し、勝手ながら購入させていただきました」


 有能過ぎるイグニスに、つい唖然としてしまう俺。

 イグニスに頼めば何でもすぐに用意してくれるのではないかと思わせるほどだ。


「やるではないか、イグニス」


 何故かふんぞり返っているフラム。まるで自分が手柄を立てたかのような態度である。


「お褒めに預り光栄でございます。ですが、一つだけご注意していただくことが。実はこの丸薬には副作用があるのです。私め自身で試してみたところ、眼痛と目眩が副作用として現れました。どちらも症状は軽いものでしたが、何卒ご注意下さい」


「うん。それだけだったら何も問題ない。だからお願い、こうすけ。わたしも連れていって」


 ディアにそうまで言われてしまえば、断ることは難しい。であれば、ひとまずは丸薬の効果を試して見た方がいいだろう。


「……わかった。なら、まずは丸薬を試してみよう。もし何かあったらすぐに治癒魔法を使ってほしい」


「うん」


 箱から一粒の丸薬を手にしたディアは、何の躊躇もなく丸薬を口に放り投げた。

 すると、変化はすぐに訪れた。


「どう? こうすけ」


 そう問い掛けてきたディアの瞳は、宝石のような赤い輝きを失い、鈍い銀色に変化していた。


「……銀色になってる。けど、それより副作用は大丈夫?」


「大丈夫だよ。少しだけ気になるくらいだから」


「ディア様、その丸薬の効果は約一日ほどしかございませんので、くれぐれもご注意下さい」


「わかった。ありがとう、イグニス」


 その日は丸薬の効果の確認だけを行い、解散することになった。




 そして翌日。

 朝食を食べ終えると共に屋敷を出た俺たちは、教会へと向かっていた。

 教会へと向かうメンバーは、俺、ディア、フラムの三人。イグニスはナタリーさんとマリーと一緒に留守番をしてもらうことになったため不在だ。


「主よ、教会の位置は把握しているのか? ちなみに私はさっぱりだぞ」


「大丈夫。少し距離はあるけど西に進むだけだし、教会の建物は目につきやすいからね」


 王都一の大通りを西に真っ直ぐ進むだけで教会に辿り着くため、道に迷うことはない。


「何だか、いつもより人が多い気がする」


 ディアの言葉通り、西に進むにつれて人混みが増していた。

 おそらくこの人混みの原因は『治癒の聖薬』にあるのだろう。人の流れが教会のある方向に向かっていることからも、俺の推察は当たっているはずだ。


「人が多過ぎて鬱陶しいぞ、全く……。ディアよ、決してはぐれるなよ。容姿が変わりすぎて、見失ったら見つけられる気がしないからな」


「まぁその時は、俺が『気配完知』を使えばいいだけだし、心配はいらないと思うよ」


 ディアは現在、『形態偽装』の仮面に加えて、瞳の色まで変化させていることもあり、全くの別人にしか見えない。

 唯一普段と変わりないのは艶のある長い銀髪だけ。フィアとして活動する時の容姿とも違うように偽装しているため、殊更分かり難くなっている。


「こうすけ、あれ」


 ディアが指を差したその先には、真っ白で一際巨大な建物があった。


「主よ……本当にあそこにいくのか……?」


 嫌そうな顔をするフラムの気持ちは十二分に理解できる。

 何故なら教会の前には、何百何千もの人々が列をなしていたからだ。

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