第230話 犯された禁忌
「……こんなものは絶対に存在しちゃいけない」
「……ぇ?」
ディアの呟きを拾えたのは隣に座っている俺か、もしくは人の域を超越した存在であるフラムくらいなものだろう。
しかし、何故ディアは『
何かしらの理由があると見て間違いないとは思うが、残念ながら俺は『治癒の聖薬』を解析するようなスキルを持ち合わせてはいない。
そこで俺は、考えられる理由を脳内でいくつか挙げてみることにした。
真っ先に浮かび出たのは毒が含まれている可能性だ。しかし、それはほぼ有り得ないとすぐさま脳内で否定する。
教会は『治癒の聖薬』を販売するにあたり、国からきちんと許可を得ているからだ。
この件についてはエドガー国王から直接話を聞いていたため、確証がある。加えて、鑑定の結果『治癒の聖薬』に危険性はないと判断が下されているとの話も聞いていることから、毒が含まれている可能性は限りなくゼロに近い。
勿論、鑑定した者の目を掻い潜った可能性もなきにしもあらずだが、ラバール王国以外の国々でも販売許可が下りているとのこともあり、その線はあまり追う必要はないだろう。
他の理由を考える。
毒が含まれていないとすれば、次に考えられるのは『治癒の聖薬』に怪我を治す効果がないという可能性だ。
ブレイズ曰く、販売前にデモンストレーションを行っていたとのことだったが、何かしらのトリックで衆目を騙した可能性も十分に追える。
要するに、詐欺や誇大広告の類いで一儲けしようと画策したのではないか、と俺は考えたのである。
だが、詐欺などの悪徳商法で、果たしてディアがそこまで嫌悪感を抱くのかと問われれば、答えはNoだ。
当然、悪事を働いているのであれば多少なりとも嫌悪感を抱くだろうが、ディアの性格を考えると『こんなものは絶対に存在しちゃいけない』とまで言い切るとは到底思えない。
さらに付け加えるのならば、『治癒の聖薬』に治癒の効果がないと知られ、そしてその情報が広まってしまえば教会の信用がガタ落ちしてしまうことからも、俺の推測が間違っている可能性が極めて高いと考えを改め直す。
結局、それらしい答えを導き出すことが出来ず、俺は直接ディアに問い掛けようとした。が、しかし――
「ディア――」
名前を呼んだタイミングで、ディアは俺に赤い両の瞳を向けてから首をほんの僅かに左右に振り、赤い瞳は雄弁に『今は話せない』と物語っていた。
その後、俺たち六人は雑談に花を咲かせてから解散する流れとなった。
「んじゃ、またな。今度互いに暇が合ったら、依頼でも一緒に受けようぜ」
「そうね。私も『紅』と一緒に依頼を受けるのは大賛成よ。だけど、吸血鬼みたいな強敵を相手にするのは勘弁してほしいけどね」
「同感。命がいくつあっても足りない」
「馬ッ鹿! 『治癒の聖薬』があるからこそ、強敵と戦えるんじゃねぇか。このチャンスを活かさなくてどうするよ」
「はぁ……。これだから脳筋は……」
レベッカの口調こそ呆れたものだったが、笑みを浮かべたその表情から察するに、満更でもなさそうだ。
「それじゃあ俺たちはこれで失礼させてもらうよ。今日はありがとう」
「おうよ。コースケたちも『治癒の聖薬』を買えりゃいいな。あると色々と便利だろうしよ」
ブレイズたちに別れを告げた俺たち三人は、寄り道をすることなく屋敷へと戻り、そのまま応接室に入った。
ちなみに応接室は極端に来客が少ないため、現在は俺たちの会議室として利用している。
俺がディアとフラムを引き連れて応接室に入った理由は一つ。
ディアが『治癒の聖薬』を見て、口にしたあの言葉の真意を確かめるために他ならない。
各々が所定の席に腰を掛けたタイミングで、応接室の扉がノックされ、イグニスが入室してきた。
「皆様、お帰りなさいませ。お飲み物をご用意致しました」
「ありがとう、イグニス」
イグニスは三人分の紅茶をティーカップに注ぎ、それを配り終えると共に部屋から退出しようと踵を返したが、俺はイグニスに待ったをかけた。
「ちょっと待って。イグニスも席に着いてくれないかな?」
「かしこまりました」
イグニスを引き留めた理由は、何となくイグニスにも居てもらった方が良いと考えただけに過ぎない。あくまでただの直感である。
全員が席に着いたところで、俺はディアに疑問を投げ掛けた。
「ディア、いいかな?」
この短い言葉だけで、ディアは俺が問い掛けた理由を察知したらしく、一度頷いてから口を開いた。
「うん。あの時は『新緑の蕾』の三人には聞かせない方が良いと思ったから」
「なるほどね。それで『治癒の聖薬』についてなんだけど、ディアはどうしてあんな言葉を?」
「それはね、あの薬は薬であって薬じゃなかったから」
「……どういうこと?」
薬であって薬ではない、とディアは口にしたが、であれば『治癒の聖薬』は一体どういったモノなのだろうか。
スキルで作り出されたのか。はたまた魔物から得たものなのかといった疑問が尽きない。
だが、その答えはすぐにディアからもたらされることとなる。
「わたしは万物全ての魔力を感じ、見ることが出来るの。事細かにね。例えば、その魔力が自然発生したものなのか、生物から発生したものなのかも、わたしには判別することが出来る。だからわたしは気付いたの。――『治癒の聖薬』から人間の魔力が漂ってるって」
「……人間の魔力が? つまり、スキルを使って『治癒の聖薬』を作ったってことだよね? それのどこに問題が? ……いや、違う。ディアがそこまで言うってことは、何か特筆すべき問題を孕んでいるってことか」
スキルを使って何かを作ることは決して珍しいことではない。
アイテムボックスだってそうだ。『空間魔法』の使い手が鞄内の空間を拡張することでアイテムボックスは作られる。
その他にも魔道具と呼ばれる道具のほとんどが魔物の魔石や人間のスキルによって作られていることからも、『治癒の聖薬』が人の手によって作られていたとしても、何らおかしなことではないはずだ。にもかかわらず、ディアは『治癒の聖薬』に対して嫌悪感を露にした。
なら、どうしてディアは嫌悪感を露にしたのか。
答えは簡単だ。
普通ではない製法で『治癒の聖薬』が作られたからに決まっている。そうでなければ、ディアが嫌悪感を抱く理由が見当たらない。
「そう。あの『治癒の聖薬』は――
「――ッ!?」
声にならない程の衝撃と驚き、そして忌避感が俺を襲う。
ディアから説明を受け、ようやく俺はディアが口にした『こんなものは絶対に存在しちゃいけない』という言葉の意味を正しく理解することができた。
俺が言葉を失っている間に、フラムはディアの言葉に大きく頷き、理解を示す。
「なるほどな。どうりで私も嫌な感じを受けたわけだ。私はディアとは違い、魔力そのものを視認することは叶わないが、あの薬からは『人間の臭い』が漏れ出ていたぞ。人間が作った薬だから臭ったのかと思ったが、どうやらそうではなかったようだな」
フラムの嗅覚は人間のそれとは大きく異なっているようだ。
『治癒の聖薬』はガラス製のフラスコにコルクの栓がされていたこともあり、俺の嗅覚では何の臭いも感じ取ることは出来なかったが、竜族であるフラムの嗅覚は『人間の臭い』とやらを捕らえていたらしい。
「多分わたしの見立ては間違ってないと思う。あの薬は、この世界の
ディアの言っていることは至極真っ当だ。
人の生命力を代償にして生み出される薬など、決してこの世にあってはならない。ましてやそれを『聖薬』と称して販売するなど、到底許されることではない。
何が『治癒の聖薬』だ。
あの薬の本質を捉えるならば、『禁忌の悪薬』と呼ぶべきだろう。
だが、禁忌を犯した薬をいくら教会が販売しようが、俺には止める手立てがない。おそらくエドガー国王に直談判しようが、販売を止めさせることは難しいと言えよう。何せ、確たる証拠がないのだから。
「……くそっ」
教会が仕出かしている事に我慢が出来ず、悪態を吐いてしまう。
どうしようもない――そんなことを考えていた時、俺の正面に座っていたディアは真剣な眼差しを俺に向けて、こう言い放った。
「わたしはあの薬をこれ以上作らせたくない。作らせるわけにはいかない。だからお願い。みんなの手を貸してほしい」
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