第232話 購入権
「凄い数の人だ……」
ざっと見渡してみると、少なくとも千人を越える人々が教会の前で列をなしているように見える。
大多数の人々の目的は『
その証拠に、列に並んでいる人々を観察すると、明らかに服装から富裕層だと思われる者や、そのメイドや執事、さらには質の良い装備を身に纏っている冒険者たちの割合が全体の九割ほどを占めていた。
残る一割は、あまりお金を持っているようには見えない一般人――所謂平民のようである。片腕を無くしている者や、若いにもかかわらず松葉杖をついている者など、怪我を治すために何とかお金をかき集めたといった様子だ。
富裕層や冒険者が『治癒の聖薬』を求める理由は、もしもの時を考えて購入しておきたいといったところだろうか。
それに対して平民の人々が購入する理由は、今すぐに『治癒の聖薬』を使用して、怪我を治療をしたいと考えているに違いない。
「……主よ、私は帰っても良いか?」
フラムが再度嫌そうな顔を露にする。おそらく本気で言っているのだろう。
「ダメです。却下します」
「……うぐっ」
そうは言ったが、フラムの気持ちがわからないわけでもない。
今日の目的は『治癒の聖薬』を手に入れる。ただそれだけだ。
あわよくば教会内に入り、何かしらの情報を手に入れることが出来ればとは考えていたものの、この人の多さから鑑みるに、非現実的だと言えよう。
教会内に入るどころか、『治癒の聖薬』の入手すら困難かもしれないなどとぼんやり考えていると、教会の入り口の方向から声が聞こえてきた。
「静粛にお願い致します。静粛に」
声からして、若い男性のようだ。
拡声の魔道具を使っているようで、その声は行列の後ろに並んでいる俺たちのもとまで届いてくる。
「もう間もなく『治癒の聖薬』の販売を開始致します。ですが、本日教会が用意できた『治癒の聖薬』の数は百しかございません。うち半数は、我らが主神、ラ・フィーラ様に仕える敬虔なる方々にお売り致しますので、敬虔なる方々は私の左手側に新たな列をつくり、再度お並び下さい」
その言葉で、列に並んでいた一部の人々が移動を始める。
「……? 敬虔なる方々ってどういう意味だろう? 教会によく足を運んでる真面目な信者ってことかな?」
信者に優先して販売するつもりなのかと思った俺に対して、ディアは違う答えを俺に告げた。
「たぶん違うと思う。新しい列に並ぼうとしている人たちを見てみて」
そう言われ、別の列に並ぼうとしている人たちを見てみると、俺はあることに気付かされる。
「ああ、なるほどね……」
敬虔なる方々という言葉は隠語だったのだとすぐに理解する。
何故なら新たな列をつくる人たちの服装で、その人たちが明らかに富裕層だと一目でわかったからだ。
新たな列に並ぶ人たちの中には、誰一人としてみすぼらしい服装の者はいない。
「こうすけ、フラム。わたしたちも向こうの列に並ぼう」
「わかった。そうしてみようか」
「うむ。人が少ない列の方が楽だしな」
俺とディアの見立てが間違っていて、本当に敬虔なる信者が新たな列を形成していたとしても、最悪、信者のフリをして貫き通せばいいと俺は開き直る。
信者でないにしろ、俺たちはラフィーラ本人にあったことがあるのだ。仮にラフィーラに関するクイズのような物が出題されたとしても、それなりには答えられるだろう。まぁ、そんな事になるとは全く思っていないが。
新たな列に並んだ人の数はおよそ百五十人前後といったところだ。俺たち三人はその列の最後尾に並んでいた。
この位置からなら教会の白い建物は目と鼻の先だ。先ほど拡声の魔道具を使用していたと思われる若い男性の姿もよく見える。
若い男性の服装は、両の肩から伸びる二本の灰色のストライプを除くと、白一色。ストライプがなければ、てるてる坊主にぶかぶかのズボンを履かせたかのような格好だ。もしかしたら、あの服装が聖ラ・フィーラ教徒の正装なのかもしれない。
「これにて締め切らせていただきます。今お並びになっている敬虔なる皆様は私の後に続いて下さい。教会の大広間にご案内致しますので」
異議を唱える者どころか、雑談を交わす者すら誰もいない。
誰もが大人しく若い男性教徒の背に続き、教会の中へと入っていく。勿論、俺たち三人も例外ではない。
案内された大広間の内装は、俺の想像を遥かに超えたものだった。
彩り豊かなステンドグラスが周囲の壁を埋め尽くし、床には青色のカーペットが祭壇らしき場所まで、入り口の扉から真っ直ぐと続いている。
だが、それらよりも目を引かれるものが一つ存在した。
それは――黄金色に輝く女神像だ。
その像は石像でもなければ、銅像でもない黄金の像。
おそらく
それほどまでに、その黄金の像からは他を圧倒するオーラが放たれていた。
「皆様、お好きな席にお座り下さい」
そう言われ、大広間に設置された木製の長椅子に各々腰をかけていく。
百五十人もの人数が座ってもなお、席には空席が見られることからも、この大広間が如何に広いかがそれだけでわかる。
「皆様のご準備が整ったようですので、まずは私の方から説明をさせていただきます。これから行われるのは、敬虔なる皆様であればご理解していただけているとは思いますが、聖ラ・フィーラ教への寄付のお願いでございます。より多くの寄付金をお納め下さった方には優先的に『治癒の聖薬』をお売り致しますので、是非ともご協力下さい」
「……」
大方予想通りだったとはいえ、開いた口が塞がらない。
若い男性教徒が口にした意味を要約すると、『『治癒の聖薬』が欲しければ金をよこせ』ということだ。
寄付金を募るという名目ではあるが、明らかにこれはオークションそのものである。購入権を巡る銭闘といったところだ。
「こうすけ、どうするの?」
「『治癒の聖薬』を詳しく調べるためにも、ここは退かないつもりだよ。正直、教会の運営資金になるだろうし、余計なお金を払いたくはないんだけどね……」
「うん……」
ディアも俺と同じ気持ちを抱いているのだろう。『形態偽装』をしているが、それでもはっきりと気落ちしているように見える。
そんな会話をディアとしているうちに、寄付金集めという名のオークションが開催された。
「まずは金貨十枚から始めさせていただきます」
そう口にした瞬間、席に座っている人々が揃って挙手をしていく。いまいちルールを把握していない俺は、周囲に習って挙手をした。
「金貨十五枚」
このオークションのルールは至って単純なものであった。
まず最初に若い男性教徒が寄付金額を口にし、購入者が挙手をする。寄付金額は徐々に上がっていき、支払えない者から脱落していく。そして最後に残った五十名が購入権を得るという形だ。
現在の寄付金額は金貨十五枚まで吊り上がっているが、未だに脱落者は現れていない。日本円に換算すると百五十万円という金額にもかかわらず、だ。
「金貨二十五枚」
ここまで吊り上がって、ようやく脱落者がちらほらと現れ始める。だが、未だに百人近く残っているため、まだまだ金額は上がっていくだろう。
――そして。
「金貨四十枚にて終了とさせていただきます。寄付金をお納め下さる方は、そのまま席でお待ち下さい」
金貨四十枚までいって、ようやく五十人まで絞られたのである。
ちなみにディアとフラムは購入権を手にしていない。
理由は、余計なお金を教会に落としたくなかったからだ。それに加え、『治癒の聖薬』は一つだけで十分だったことも理由の一つとして挙げられる。
「二人は先に屋敷に帰っててほしい。あまりここに長居するのは良くないと思うし」
ディアがいくら変装しているとはいえ、長居は無用だ。僅かでもリスクがあるのであれば、なるべく避けなければならない。
「うん。わかった」
「そうさせてもらうぞ。私はもう疲れたからな」
二人はそれだけを言い残し、教会を後にした。
そして残った俺はというと――
「金貨四十枚、確かに受け取りました。この度は聖ラ・フィーラ教へ寄付していただき、誠に感謝致します。貴方には必ず、神ラ・フィーラの御加護が授けられるでしょう」
「……あ、はい。ありがとうございます」
加護ではなく、スキルをラフィーラから貰った俺が言うのもあれだが、僕っ娘意地悪神様であるラフィーラの加護を貰ってもあまり嬉しいとは思わない。しかし、そんなことは口が裂けても言えない雰囲気が若い男性教徒から放たれていた。
「こちらが『治癒の聖薬』でございます。価格は金貨三枚になります」
「……えっ?」
「どうかされましたか?」
言い方は悪いが、どうかされましたも糞もない。
俺は既に金貨四十枚を支払っているのだ。にもかかわらず、さらに『治癒の聖薬』の代金を支払わなければならないのか、といった不満が募る。
だが、ここで金貨三枚を支払わなければ、寄付してしまった金貨四十枚が無駄になってしまうこともあり、俺は渋々金貨三枚を支払った。
「ありがとうございました」
金貨三枚と引き換えに『治癒の聖薬』を手に入れた俺は帰宅の途につく。
帰りの道中、ガラス製のフラスコに入った薄緑色を液体を何度も見つつ、『これが金貨三枚か……』などと思いながら歩き続ける。
――金貨三枚。
これを安いと捉えるか、高いと捉えるかは人それぞれだ。
無論、貴族や大商人などの富裕層や上級冒険者からしてみれば、破格の値段だと口を揃えるはずだ。しかし、平民からしてみれば、金貨三枚という値段は容易に支払える金額ではない。
以前、ナタリーさんが言っていた言葉を俺は思い出す。
小さな町で働く者の月収は銀貨五十枚程度である、と。
銀貨百枚=金貨一枚である。
つまり、月収が銀貨五十枚の人からしてみれば、金貨三枚という金額は半年分の収入にもなるのだ。そう考えると、『治癒の聖薬』は決して安価ではない。
金銭感覚が狂っていると自覚している俺からすると安く思えてしまうが、これは俺の感覚がおかしいだけだ。
怪我によって貧困に苦しんでいる人からすれば、金貨三枚という金額はおいそれと出せるものではない。
――『弱者救済』。
それこそが聖ラ・フィーラ教の教義だとブレイズは言っていたが、はたして本当にそうなのだろうかと疑問を抱かざるを得ない体験を今日はしたのであった。
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