第223話 特権

「ちょっと待ってください! まさか俺たちへの褒美って……」


 予想が当たらないでくれと祈りつつ、エドガー国王に俺は問い掛けた。

 もし予想通りに爵位が与えられたとしたら、俺たちそれぞれがラバール王国の貴族になってしまう。

 貴族になるということは、少なからず国に縛られるということだ。

 そうなってしまえば、冒険者として活動しながら様々な国へ旅に行き、ディアの力を取り戻すといった俺たちの目的が遠ざかってしまうことは確実だと言えよう。

 まだ貴族になった場合にどんな制約がかけられてしまうのかはわからないが、今に比べて『自由度』が下がることは間違いない。


 ――それだけは嫌だ。

 ――それだけは困る。

 ――それだけは許せない。


 様々な負の感情が心の中で渦巻いていく。

 そして、俺はこう結論付けた。


 ――自由を失うくらいであれば、ラバール王国から距離を取ろう、と。


 無意識のうちに俺のエドガー国王に向ける視線は鋭いものになっていたようだ。その証拠にエドガー国王は頭を掻きつつ、表情は困り果てたものへと変わっていた。


「落ち着いてくれ、コースケ」


 そのエドガー国王の言葉で、熱くなりすぎていた頭が徐々に冷やされていく。


「……すみません」


「いや、気にするな。それより褒美の件に話を戻すが、コースケたち四人に与えられる褒美は、それぞれに男爵位と金貨二千、そして――『自由権』だ」


 『やっぱりか……』と心が冷え込んでいきそうになったが、エドガー国王が発した一つの単語に引っ掛かりを覚えた。


「……『自由権』?」


「ああ。この権利は俺がねじ込んだ褒美の一つだ。金貨二千はともかく、ラバール王国に縛られかねない爵位なんてコースケたちは望んでいないだろ?」


「正直に言わせてもらいますと、俺たちは貴族になることを一切望んでいません。理由はいくつかありますが、一番恐れているのは自由を失うことです。勿論、戦争の道具にされたくないという思いもありますが」


「だろうな。そもそもの話、炎竜王ファイア・ロードであるフラムにラバール王国の男爵位を与えること自体が不敬にあたる行為なんだが、フラムの正体を隠していることもあって、会議で異論を唱えることが出来なかった。すまない、フラム」


 フラムは火を司る竜族の王だ。

 もし今の話をフラムとイグニス以外の炎竜に知られでもしたら、大騒動になる可能性が高い。

 そう考えると、フラムに男爵位を与えることが決まった時のエドガー国王は身の縮む思いをしたことだろう。


「その点に関しては特に気にしてないぞ。人族の国の爵位を貰おうが、私としてはどうでもいいからな。ただし、融通の利くイグニスならまだしも、他の炎竜に知られると厄介なことになることだけは留意しておけ。下手をすれば、この国は灰塵と帰すぞ」


 そう言い放ったフラムの表情を見る限り、不機嫌ではなさそうだ。

 おそらく今の言葉は脅しではなく、善意からきたフラムからの警鐘なのだろう。


「その辺りのことは当然理解しているつもりだ」


「なら良い。それより『自由権』とやらの説明はしてくれないのか?」


「そうだったな。それで『自由権』についてなんだが、この権利はその名の通り、『自由権』を持つ者の自由を保障するといったものだ。当たり前の話だが、罪を犯し放題って意味ではないからな? 『自由権』の自由とは大まかに分別すると二つになる。一つは貴族の義務を果たす必要がないという意味の自由。爵位に応じた税を納める必要はなく、国からの召集すら拒否することが可能となる。それは戦時中や国家が非常事態に陥っていたとしても適用される。唯一の例外として、国王――つまり俺からの召集は断ることは出来ない。だが、これに関しては俺が呼び出さなければ済むだけの話だ。信用を得るために、後でコースケたちを強制的に召集しないという趣旨の誓約書を書いて渡しておく」


 要約すると、貴族の身分を持ちながらも特別何かをする必要はないという意味だ。

 貴族であって貴族ではない。つまりはそんなところだろうか。


「そして二つ目の自由について。それは移動の自由だ。通常ラバール王国の貴族は、他国へ行くためには国からの許可証が必要になるんだが、『自由権』を持つ者はそれが完全に免除される。無論、ラバール王国が『自由権』を持つ者に監視者をつけることはないから安心してくれ」


 ここまでの話を聞く限り、『自由権』は普通ではあり得ないほどの破格の権利――特権だと言えよう。むしろ優遇され過ぎて信じきれないほどである。

 何かしらの落とし穴があるのではないかと勘繰ってしまう俺がいた。


「……今の話は全て、嘘偽りのない本当のことですか?」


「ああ。俺の命に誓って」


 エドガー国王の声色や表情からは全くもって嘘は感じられない。


「……」


「……」


 俺とエドガー国王が互いに真剣な表情で見つめ合い数十秒が経ったところで、ようやく俺は一つの決断を下す。


「わかりました。国王様を信じて、この話を、褒美を貰い受けようと思います」


「……そうか」


 エドガー国王は短い言葉でそう返事をしたところで、ぐったりとテーブルに突っ伏し、そして言葉を続けた。


「はぁ〜……。本当に、本当に疲れた! ぶっちゃけると、ここ最近は胃が痛くて痛くて堪らなかったんだ。コースケたちに王都を救ってもらったにもかかわらず、恩を仇で返すことになりそうだったからな。『自由権』が無ければフラムに殺されるんじゃないかと思ってたくらいだ」


「ははは……。大袈裟過ぎますよ。それにフラムはそんなこと――」


 『しませんよ』。そう続けようとした瞬間、フラムが俺の言葉を遮った。


「場合によってはそうしたかもしれないな。少なくとも『自由権』とやらが無ければ、エドガーを許しはしなかったぞ」


「……へ?」


 俺は思わず間の抜けた声をもらしてしまっていた。

 まさかフラムがそこまで思っていたとは完全に予想外だったからだ。

 今の今まで不機嫌そうな雰囲気が一切感じられなかったこともあり、フラムは特に何も気にしていないのではないかと思っていたが、そうではなかったらしい。


 しかし、それはフラムだけではなかった。


「私めもフラム様と同様の事を考えておりました。恩を返さずに不利益を与えようものなら、この国に価値はない、と」


 底冷えのする声色でイグニスは笑みを浮かべながらそう言い切った。

 並の人間であればその声だけで恐怖を抱き、腰を抜かしていただろう。だが、エドガー国王は突っ伏していた身体を起こし、平然とした態度を見せていた。そこには恐怖の感情は感じられない。


「王権でコースケたちの褒美に『自由権』をねじ込んで正解だったか。何とか命拾いしたな。ロザリー、いつまでも端で突っ立ってないで飲み物をくれ。喉がカラカラだ」


「申し訳ありません。お飲み物をお出しするタイミングがなかなか掴めなかったもので」


 ロザリーさんは五分以上も前から執務室に戻ってきていたのだが、緊迫した室内の雰囲気を察し、飲み物を出せずにいたようだ。

 エドガー国王からの声が掛かったことで全員に冷えたアイスティーを配り、再び執務室の端に戻っていった。


 アイスティーを受け取ったエドガー国王は一息でそれを飲み干し、そこでようやくリラックスした様子を見せる。


「ふぅ……。あー生き返った。ってもうこんな時間か。そろそろ俺は準備に取り掛からないといけない時間だ。コースケたちは褒章式の時間が来るまで別室で待機しててくれ。時間になり次第、ロザリーに迎えに行かせる。後は任せたぞ、ロザリー」


「かしこまりました。では皆様、別室へご案内致します」


 ロザリーさんにそう促されたところで、エドガー国王に伝え忘れていたことを思い出す。


「国王様、一つだけいいですか?」


「ん? まだ何か話すことがあったか?」


「はい。実はこんな物を用意したんですが……」


 そう切り出して俺が疑似アイテムボックスから取り出したのは、『形態偽装』が付与された緑色の仮面だった。

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