第222話 不必要な褒美
約一ヶ月前にエドガー国王から言われていた祝勝会と褒章式の開催日当日となった。
現在の時刻は午後五時をちょうど回ったところ。
予定では三十分後にロザリーさんが迎えに来てくれることになっており、俺たちは出発の準備に追われていた。
「うげ……。主よ、本当にこんな物を着けて、なんとか式とやらに出席するつもりなのか? 正直ねっちょりとした感触がどうにも嫌で着けたくないのだが……」
俺の力作である仮面を片手に、フラムはそんな愚痴をこぼす。
ディアから授かったアイデアを元に改良し、『形態偽装』を付与した仮面は、まさに俺の努力の結晶なのだ。着けてもらえなければ、頑張って作った甲斐がなくなってしまう。
付与に失敗した理由はすぐに判明した。それは、素材の質が上級スキルの付与に耐えられなかったためだった。
そういったこともあり、俺はその後何度も研究を重ね、ミスリルを粉末状にしてプレデイション・トードの体液と混ぜることで素材の質を上昇させ、スキルを付与させることに成功したのである。
「フラムの気持ちはわかるけど、着けてくれないかな? 勿論、王城に到着してからでいいからさ」
「……むぅ。仕方がない。ここは主の顔を立てるとしよう」
渋々ではあったが、フラムが納得してくれたようで何よりだ。ディアとイグニスに限っては全く抵抗がないらしく、反対の声は上がらなかった。
そして三十分後、予定通りの時間にロザリーさんは俺たち四人を迎えに屋敷を訪れた。
「皆様、馬車にお乗り下さい。隠し通路から王城へ向かいますが、念のために仮面の着用を忘れずにお願いします」
黒塗りの馬車に乗り込むと共に、ロザリーさんの指示に従って各々仮面を着用していく。
ちなみに今着けた仮面は新しく俺が作った物ではなく、トムとして活動していた時に着けていた仮面の方だ。新しく作った仮面は王城に到着次第、下手な混乱を招かぬようエドガー国王の前で着けた方がいいと考えたからである。
馬車が動き出す。
遠回りをして王城へ向かうことになっているため、王城に到着するのはしばらく先になるだろうと考えた俺は、暇を潰す意味も含めてロザリーさんに質問を投げ掛けた。
「ロザリーさん、一つ質問してもいいですか?」
「何でしょうか?」
「服装についてなんですけど、今のままの服装でいいんですかね? 場にそぐわない服装だとは思ったんですが、何も持ってなくて……」
俺は冒険者装備、ディアはヒラヒラとしたスカート、フラムはへそ出しノースリーブに短パン、イグニスは執事服を着ており、式典に相応しい服を身に纏っている者は一人もいなかった。
客観的に言うなら、ディアとイグニスはギリギリセーフと言ったところだろうか。俺とフラムに限っては完全にアウトだと断言できる。
「問題はありませんので、ご安心を。どうしても気になるのでしたら、こちらで用意することもできますので」
ロザリーさんが問題ないと言うのであれば、気にする必要はないだろう。多少周りから浮いて見えてしまうかもしれないが、俺たちは貴族ではなく冒険者なのだ。貴族ではないのに貴族のような格好をする方が不自然だと言えよう。
「問題ないのであれば、このままの服装で出席しようかと思います。堅苦しい服装は苦手なんで」
「うむ。私も主と同意見だ。私にドレスは似合わんからな」
フラムはそう言うが、おそらく似合う似合わないの問題ではなく、ただ単純に着たくないだけな気がしてならない。
何よりフラムは日頃の言動こそあれだが、容姿・スタイル共に抜群なのだ。ドレスが似合わないとは俺には到底思えない。
「わたしも今のままで大丈夫」
「私めも同じでございます。あくまで私めは執事ですので」
ディアの着飾った姿は見てみたいと思っていたが、ディアがこのままでいいと言うのなら仕方がないと諦めるしかない。本当に残念でならないが。
そんなやり取りや雑談をしている間に、俺たちは王城の中庭に到着していた。
その後馬車から降りた俺たちは、ロザリーさんの案内でエドガー国王の執務室へと通された。
「陛下、皆様をお連れして参りました」
「ご苦労。悪いが飲み物の用意を頼めるか?」
「かしこまりました」
ロザリーさんはそう言い残し、一旦執務室から退出していった。
「もう仮面は外してもいいぞ。それと椅子に掛けてくれ。早速話したいことがあるからな」
仮面を外し、各々好きな席に腰を掛け、エドガー国王を上座に長方形のテーブルを囲う。
俺の隣にはディアが。俺の対面にフラム、その隣にイグニスといった席順だ。
「見たところ、今日の国王様の服装は気合いが入ってますね」
エドガー国王の服装は普段の服装よりも二回りほどきらびやかで、誰が見ても一目でこの人が王様なんだと思わせるものであった。この服装に加えて王冠を被れば、威厳がさらに増すこと間違いなしである。
「いや、こんなもんはまだまだ序の口なんだよ。ここからさらに派手になっていくからな。正直俺としては面倒で嫌なんだが、一応俺は国王だし、こればっかりはな……」
「一応って……」
この人は正真正銘国王なのだ。
確かにエドガー国王本来の言葉遣いや振る舞いを知っていると国王らしくは見えないが、自分で『一応』と言うのはどうなのだろうかと思い、つい心の声が漏れてしまっていた。
「自分でそう思うんだから仕方ないだろ? まぁいい。話がだいぶ逸れたな。まず最初に言っておくと、今日は褒章式から祝勝会という流れになっているんだが、褒章式に関して一つ大きな問題が発生している」
「大きな問題……ですか?」
「ああ。褒章式ではジェレミー・マルク率いる反王派貴族が起こした反乱で功績を挙げた功労者に勲章と褒美が与えられることになっているんだよ」
「……えっと、それで?」
勲章と褒美が与えられることに一体何の問題があるというのだろうか。俺にはさっぱりわからない。
「おいおい……少しは察してくれ……。問題は褒美にあるんだよ。まず、今回の褒章式で勲章と褒美を授与されるのは五人になる。言わずもがな五人の内の四人はお前たちのことだ」
「たったの五人だけですか? あの反乱では数多くの人たちが奮戦してましたけど」
「まあな。だが、褒章式に呼ぶほどではないと判断された。なんせ、お前たちの功績が大きすぎたからな。実質コースケたち四人だけで反乱を鎮圧したようなものだ。無論、奮戦してくれた者たちにはそれ相応の金品が与えられることにはなっている」
「……なるほど。そうでしたか。それで、後一人は一体誰なんですか?」
「最後の一人はシモン・ド・シャレット伯爵だ。南方から迫る半王派貴族軍の進軍を阻止したことが大きく評価された。シャレット伯爵には褒美として、
「凄そうな褒美ですね」
正直あまりピンと来ていないが、それとなく話を合わせておく。
伯爵から侯爵へと陞爵されることの凄さが、貴族社会に疎い俺には理解出来なかったからだ。何となく『凄いことなんだろうな』といった感覚しかない。
ただ、懇意にしているシャレット伯爵の功績が認められ、褒美が与えられるという点については、自分のことのように心の底から嬉しく思っていた。
「他人事だと思っているようだが、コースケたちにも関係ある話なんだぞ。もう少ししっかりしてくれ……。はぁ〜……」
やれやれといった感じでエドガー国王は盛大にため息を吐いた後、呆れたような眼差しで俺を見つめながら言葉を続けた。
「事の重大さが分かってないようだし、ハッキリと言わせてもらうが、シャレット伯爵の功績よりもコースケたちの功績の方が大きいんだぞ? つ・ま・り・だ、コースケたちにはシャレット伯爵以上の褒美が与えられるってことだ。これは俺の判断じゃなく、王城で開かれた会議で決定された覆しようもない事実だ」
そこまで言われれば、いくら察しの悪い俺でも流石に事の重大さに気付けた。いや、気付いてしまった。
このままでは貴族にさせられかねない――と。
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