第221話 発想力の欠如
ロンベルさんからプレデイション・トードの体液を譲って貰ってから、早一週間。
俺はこの一週間の内の大半を自室で過ごしていた。
無論、惰眠を貪ったり、暇をもて余していたわけではない。明確な目的を持って自室に籠っていたのだ。
その目的とは――プレデイション・トードの体液を使った仮面の製作である。
だが、一週間というそこそこ長い時間を掛けていたにもかかわらず、残念ながら未だに完成の目処が全く立っていなかった。
そして俺は今、またしても仮面の製作に失敗してしまっていたところだった。
「あーあ。また失敗か……。もう何回失敗したか数え切れないぞ……これ……」
何十何百と繰り返し失敗に終わっている現状に、そして自分自身の不甲斐なさに、声を出して愚痴を溢さずにはいられなかった。
「はぁ〜……」
深い深いため息を吐く。
手には歪な形をした仮面のようなものが虚しく握られているが、もしこれを他の人が見たら、まず仮面だと思う者はいないだろう。それほどまでに酷い出来映えであった。
何故単純な構造である仮面を作ることが出来ないのかが俺には全くわかっていない。
別に自分の腕に自惚れているわけではなく、これは純粋な疑問だった。
何せ俺には
けれども現実はどうだろうか。そう、失敗ばかりである。
勿論、何十何百と試行錯誤をしていた中で、まあまあな出来の仮面も作れたことはあったが、それも満点をつけるには程遠いものでしかなかった。
俺が求めている仮面の完成形は、仮面の形が自分の顔の形と完璧に合致するものである。例えるならば、フェイスパックのようにピッタリと顔に張り付くものが理想なのだ。
今のまま自分だけで考え、試行錯誤を繰り返していても埒が明かないと判断した俺は、自室を飛び出して助っ人に手を借りることにした。
その助っ人とは、魔法の扱いに長けているディアのことである。
ディアなら何かヒントをくれるのではないかと期待を抱きつつ、ディアの部屋の扉をノックした。
「ディア、ちょっといいかな?」
トントンと二回ノックした後、若干声を張り上げて自室にいるであろうディアに呼び掛ける。
そしてノックをしてからおよそ十秒ほど経ったところで、ディアの部屋の扉がゆっくりと開いた。
「どうしたの? こうすけ」
姿を見せたディアの服装は部屋着ではなく、普段から着ているようなヒラヒラとしたスカート姿だった。
「実は相談があって……」
そう切り出した俺は、ディアの部屋を訪ねた経緯を説明していく。
仮面を作ろうとしていること、未だに完成の目処が立っていないことなどなど、十分近くに及んで事細かに説明を行った。
「こうすけがわたしの所に来た理由はわかったけど、どうして仮面を作ろうとしてるの? 仮面なら持ってるよね?」
ディアからそう疑問を投げ掛けられ、俺はどうして仮面を作ろうとしているのかという理由を一切説明していなかったことに今さらながらに気付く。
「……あ、そういえばその説明を忘れてたね。俺が作ろうとしている仮面はただの仮面じゃないんだ」
「ただの仮面じゃない?」
可愛らしく首を傾げるディア。
その仕草にはあざとらしさは全く感じられない。
「簡単に説明すると、俺が持っているスキルに『形態偽装』っていう相手の認識を誤認させる幻覚系スキルがあるんだけど、そのスキルを仮面に付与しようとしてるんだ」
「そうなんだ。でも、どうしてそんな仮面を作ろうと思ったの?」
「万が一の保険のため、かな? もしかしたら使う場面は来ないかもしれないけど、念のために備えておこうかと思ってね」
「???」
いまいち理解されていないような気がするが、それよりも今は仮面の完成を優先させるべく、ディアを俺の部屋へと案内した。
「お邪魔します」
そう一言告げ、ディアは何の躊躇もなく俺の部屋の中へと入っていく。
正直同じ屋敷に住んでいるとはいえ、ディアを部屋に招き入れるのは気恥ずかしいものがあった。
唯一の救いといえば、日頃から部屋を綺麗に保っていたことくらいだろうか。そもそも部屋が散らかっていたらディアを部屋に招こうとは考えもしなかったのだが。
「あ、どうぞ椅子に座ってください」
緊張からか、何故か普段の言葉遣いではなく丁寧な言葉を使ってしまっていた。
そして、長方形のテーブルを挟む形で俺とディアが椅子に座ったところで話を進めていく。
「失敗作なんだけど、一度これを見て欲しい。一応『創成の鍛冶匠』を使って作ったんだけど、全然上手くいかないんだよね……」
歪な形をした緑色の仮面もどきをディアに手渡す。
受け取ったディアは真剣な表情でじっと仮面もどきを見つめた後、そっとそれをテーブルに置いた。
「何回も何回も作っては失敗を繰り返してるんだけど、どうして失敗するんだろ? ディアに思い当たることはないかな?」
「これを見ただけじゃわからないから、一度こうすけが作るところを見せて欲しい」
「わかった。やってみるよ」
俺は椅子から立ち上がり、テーブルのすぐ横に置いてあった大きな樽からドロドロとした緑色のプレデイション・トードの体液を
そして、テーブルの上で広がりつつある緑色の液体を魔法で加熱し、ある程度の硬さにまで固めたところでディアから待ったがかかった。
「こうすけ、ちょっと待って」
「え? まだ固めただけなんだけど……?」
もう既に何かしらの失敗でもしたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「うん。わかってる。ここで一つ提案なんだけど、今からこうすけには普段わたしたちが使ってるような普通の形をした仮面を作ってみてほしいの」
「目の部分だけくりぬかれてある、ただつるりとした仮面を?」
「そう」
その程度であれば造作もない。
俺はほんの数秒でディアに言われたとおりの仮面を作り上げた。
「ええっと、これでいいのかな?」
緑色をした不気味な仮面をディアに手渡し、出来映えを見てもらう。
「上手に出来てるね。……うん。なんでこうすけが失敗し続けてるのか、わかったかもしれない」
ただ普通の仮面を作っただけで、一体ディアには何がわかったというのだろうか。
さっぱり理解出来なかった俺は、若干食いぎみになりながらディアに説明を求めた。
そして、ディアから戻ってきた答えはこうだった。
「たぶんだけど、こうすけの想像力が足りてないんだと思う。一度見たことがあるものなら簡単に作れるみたいだけど、今こうすけが作ろうとしてる仮面はこうすけの顔の形に合ったものだよね? そうなると自分の顔の形を完璧に把握してないとダメだし、完成した形がどんなものなのか想像できてないんじゃないかな?」
「……そうか、そうだったのか」
目から鱗が落ちるとはまさにこのことだ。
ディアの言うとおり、完成形が見えていなければ作れるはずがなかったのだ。
あやふやなイメージだけで『作れるはずだ』と思い込んでいた自分が馬鹿だったと今になってようやく理解した。
ディアのおかげで作れなかった理由は判明した。しかし、だからといって『作れない』で終わるつもりは毛頭ない。
なんとか完成させる方法を模索しなければならないのだが、俺の頭ではその方法がどうしても思い浮かばなかった。
「ありがとう、ディア。おかげで失敗ばっかりしてた理由がわかったよ。でも、こうなったら想像力を磨くしかなさそうだね……」
現状、俺が導き出せた唯一の方法は『想像力を磨く』。ただそれだけであった。
だが、ディアは俺の導き出した答えに対して、不思議そうな表情をしながらあっけらかんとこう告げた。
「……? なんでこうすけはスキルだけで完成させようとしてるの? スキルを使わずに作ればいいとわたしは思う」
「スキルを使わずに?」
簡単な日曜大工程度ならまだしも、スキルに頼らなければ俺には仮面のような物を作ることは出来そうもない。ましてや顔にぴったりと合う複雑な形状をした仮面ともなれば、不可能といっても過言ではないだろう。
「こうすけは難しく考えすぎてるよ。ちょっと待ってて」
そう言ったディアは椅子から立ち上がり、プレデイション・トードの体液を樽から掬い、席に戻ってきた。
「これって熱を加えれば硬くなるんだよね?」
「そうだけど……」
ディアはテーブルに緑色の液体を広げ、火系統魔法を器用に操り、ある程度の硬さまで固めた。
「……うん、こんな感じかな。こうすけはわたしがいいって言うまで目を閉じながら息を止めててね」
「わ、わかった」
一体何をするつもりなのかはわからないが、俺は大人しくディアの指示に従うことにした。そして――
「――ッ!?」
突然、暖かいプニプニとした物体が俺の顔全体に押し付けられ、俺は軽いパニックに陥ってしまう。
目を開けることも呼吸をすることも不可能。このまま今の状態が続けば、まず間違いなく窒息死は免れない。
だが、そんな危機的状況はほんの数秒で終わりを告げた。
「うん。もういいよ」
「え!? どういうこと!?」
突然過ぎる出来事に状況が飲み込めず、声量を上げてディアに説明を求める。
「はい、これ」
ディアからの説明は一切なかった。しかし、その代わりにある物が手渡される。
「……これは」
手渡された物を見てみると、輪郭こそぐちゃぐちゃしているものの、俺の顔型と思われる緑色の仮面が出来上がっていた。
「こうすけの顔型だよ。後は形を上手く整えて目元をくりぬけばいいんじゃないかな?」
「あ、なるほど……」
ディアが言った『スキルを使わずに』とはこういうことだったのかと納得させられる俺。
あまりにも簡単に解決してしまった仮面の製作方法に俺は呆気に取られながら、こんなことを考えていた。
『俺には想像力もなければ、発想力も欠如していたんだなぁ』と。
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