第220話 画期的な代物

 ロンベルさんの好意で譲って貰ったプレデイション・トードの体液が入った樽を疑似アイテムボックスへとしまうと、ロンベルは目を見開き、驚きを露にしていた。


「……これは驚いた。コースケ殿はアイテムボックスをお持ちでしたか。アイテムボックスは並大抵の冒険者にとっては目もくらむような金額。そのような物を持っているということはつまるところ、コースケ殿は冒険者として大きな成功を収めているようですな」


 特に何も考えずに疑似アイテムボックスを使用してしまっていた。よくよく考えてみれば時間停止のないアイテムボックスでさえも法外な値段で取引されているのだ。驚かれてしまっても無理はない。


「これも全て仲間のおかげですよ。……あはは。あ、そう言えば、今の今まで俺の仲間を紹介するのを忘れていましたね。二人の名前はディアとフラムと言います。いつも二人には助けてもらってばかりですよ」


「わたしはディア。よろしくお願いします」


 表情を一切変えることなく、ディアは淡々と自己紹介を行った。


「私がフラムだ。主から其方の話を少しだけ聞いたが、どうやら主の恩人らしいな。故に私は主を助けた其方が気に入ったぞ。何かあれば私を頼るがいい」


 何とも珍しい光景を目にしてしまった。

 基本的にフラムは初対面の人間に好意を持つことは滅多にない。さらに言えば自ら関わりを持とうとするなど、なおのこと信じられない光景だった。


「ディア殿とフラム殿ですな。では、私からも改めて自己紹介させていただきます。私の名はロンベル。商いをしており、コースケ殿とは懇意にさせてもらっております。どうぞよろしくお願い致します」


 清々しい笑みを見せるロンベルさん。

 その笑みからは下心などの嫌な印象はまるで感じられなかった。




 自己紹介を終えた後、話題は全く別のものへと移っていった。


「そういえば、どうしてロンベルさんはわざわざ王都に店を? やっぱりリーブルより王都の方が人の往来が多いからですか?」


 商業都市リーブルは巨大な都市だ。流石に人の多さは王都には及ばないが、わざわざ王都で店を構える必要があるのかと疑問を抱いていたため、疑問を投げ掛けてみた。


「それもありますが、他にも理由があるのですよ。一つは王都に店を持ちたかったことが挙げられますな。王都に店を持っている。それは商人にとって大きなステータスになるのです。王都に店を持っていると言うだけで、商人としての格と信用が劇的に上がりますからな」


「王都の地価が高いからってことではないですよね? でしたらどうして王都で店を構えることが格と信用の上昇に繋がるのですか? 大なり小なり王都には商店が数えきれないほどありますし、そんなに意味を持つとは思えないんですけど」


「確かにコースケ殿の言うとおり、大小様々な商店が王都にはありますな。しかし、小さな店を持つだけでは然程意味はありません。格と信用を得るには、王都で大きな店を持つ必要がありますので。特に貴族の方々や富裕層をターゲットとした私のような商人は、王都に大きな店を持っているか否かで他の都市にある店の集客力が大幅に変わるのですよ。お金持ちの方々は商人の、商会の『格』を気になさりますからな」


 要するにお金持ちは見栄を気にする生き物ということなのだろう。

 一市民である俺からしてみれば、重要なのは商品の良し悪しだけで商人の格なんてどうでもいいと思うのだが、それとなく理解はできる。

 日本で例えるならば、銀座にあるお店で何かを買うことに意味を見出だすようなものだろうか。


「なるほど。何となくですが、理解はできました」


「それは良かった。では二つ目の理由をお話ししましょう」


 そう言ったロンベルさんの顔つきは真剣なものへと変化していく。その顔つきと鋭い眼光は、まさしく商人のそれだった。


「今からお話しする内容はある程度裏は取れているものの、未だに不確定な情報ということを念頭に入れてお聞きください。私が得た情報によると、近日中に王都にある教会から『今までの常識を覆す画期的な代物』が販売されるようなのです。それがどんな代物なのかまではわかっていませんが、情報通り本当に画期的な代物であれば、大勢の人々が王都に集まることが予想されます。だからこそ、教会が動き出す前に先んじて王都に店を構えようと考えたのですよ。勿論、前提として元々王都で店を持つつもりだったが故の行動ですがね」


 ロンベルさんの話の内容で気になる点がいくつか浮上する。

 一つは教会についてだ。

 王都に巨大な教会があること自体は知ってはいたが、一度も足を運んだことがなかったこともあり、教会が何を信仰し、何を目的としているのかといった疑問が俺の頭の中に浮かぶ。

 だが、少なくとも教会は俺たちに――ディアにとって良い場所ではないことは間違いないだろうと検討はつけていた。

 何故なら、この世界でディアことフロディアは邪神として扱われているとラフィーラから説明を受けていたからだ。

 王都にある教会が邪神と伝えられているフロディアを信仰している可能性は極めて低い。

 理由は単純。ラバール王国が王都に邪神を信仰する教会の建設を許可するとは思えないからだ。

 日本のように信教の自由が認められているのなら話は別だが、そのような自由が認められている話など今まで耳にしたことはない。故に教会は、俺たちが足を運ぶべき場所ではないと考えている。


 そして次に気になる点は『常識を覆す画期的な代物』とやらについてだ。

 これについては正直全く想像もつかない。

 科学技術があまり進んでいないこの世界で、電車や飛行機がいきなり開発され、販売するなんてことはまず有り得ないだろう。

 何より、販売元が教会だという点を考えると、なおのこと考えにくい。

 教会が販売する物として最も考えられる物は、やはり宗教に関する物が候補に挙げられるが、宗教に関する物で画期的と呼べる代物があるとは思えない。


 教典、神祭具、宗教に関する魔道具……etc.


 正直どれもピンと来ない。

 俺の貧弱な発想力では、いくら頭を悩ましても正解には辿り着けそうもないと判断し、思考を放棄することにした。

 ロンベルさんの話が間違っていなければ、近々販売されるのだ。大人しく何が販売されるのか待った方が時間の無駄が少ないと俺は開き直ったのである。


「『常識を覆す画期的な代物』ですか。少し気になりますね。ちなみに予想でいいんですけど、ロンベルさんはどんな物だと思います?」


 俺の問いに対し、ロンベルさんは残念そうな表情をしながら首を左右に振る。


「残念ながら全く。私なりに調べてはみたのですが、ほとんど情報は掴めませんでした。唯一掴んだ情報といえば、教会は相当厳重に秘匿しているということくらいですな」


 利に聡い商人であるロンベルさんでさえ情報が掴めないとなると、販売前に情報が流出する可能性は極めて低いと考えるべきだ。


「そうですか。何が売られるのか気になるところですが、大人しく待つしかなさそうですね」


「ですな。日常生活に使えるような品であることを願うばかりです」




 その後、ロンベルと三十分以上雑談を交わしつつ、吸血鬼騒動でボロボロにされてしまったブラック・ワイバーンの革を使った黒いジャケットに代わる戦闘服や日常生活品をいくつか購入し、ロンベルさんのお店を後にすることにした。


「ロンベルさん、今日はありがとうございました。プレデイション・トードの体液を譲って貰ったり、他の商品まで安くしていただいたりと、なんてお礼を言ったらいいか……」


「いえいえ、気になさらないでくだされ。また何か必要な物があれば、ぜひともロンベル商会をご贔屓に」


「勿論です。それと、今俺たちは王都に住んでいますので、何か困ったことがあれば連絡を下さい。場所は――」


 白紙とペンを取り出し、白紙に簡易的な王都の地図を描き、俺たちが住む屋敷の場所をロンベルさんに伝えた。


「――っ!? コースケ殿、ここの区画は貴族だけが住むことができると記憶してますが、もしやコースケ殿は……」


 ロンベルさんは口をあんぐりと開け、信じられないといった表情で俺を見つめてくる。おそらく俺が貴族だと勘違いしてしまっているのだろう。


「勘違いしているようなので訂正しますが、俺は貴族じゃないですよ。ちょっと色々あって、この区画に住むことになったというかなんというか……」


 ラバール王国の国王から直々に屋敷を貰ったなどとは口が裂けても言えない。俺たちとエドガー国王に繋がりがあることは、なるべく知られない方が良いと判断したからだ。


「……ふぅ。私の勘違いでしたか。これは失礼を」


「いえいえ。それじゃあ俺たちはこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました。また来ますね」


「はい。またのお越しをお待ちしております」




 プレデイション・トードの体液、教会の情報、新しい装備品など様々な収穫を手にし、俺たちは屋敷へと帰ったのだった。

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