第219話 必要な素材

 全く想像もしていなかったロンベルさんとの再会に、つい俺は声を張り上げてしまっていた。

 と言うのも、ロンベルさんは商業都市リーブルで商会長として立派な店を既に持っていたためだ。

 まさかリーブルを離れ、こうして王都で店を構えていたとは考えもしていなかったのである。


「「……?」」


 偶然の再会に俺とロンベルさんは自然と互いに手を差し出し、固い握手を交わしている中、ディアとフラムは頭に疑問符を浮かべ、不思議そうな顔をして俺とロンベルさんの様子を眺めているのだが、今は俺とロンベルさんの関係を二人に説明することは出来ない。

 仮にロンベルさんの前で『この世界に来てから初めて会った人がロンベルさんなんだ』などと説明してしまえば、要らぬ混乱を招きかねないからだ。

 ディアとフラムには申し訳なく思うが、説明は後回しにさせてもらうことにし、今はロンベルさんと言葉を交わしていく。


「ロンベルさん、お久しぶりです。リーブルで会った以来ですね。こちらこそ、まさか王都で会えるなんて思ってもいませんでしたよ」


「お会いするのは大体五ヶ月ぶりくらいですかな? この五ヶ月間で私の商会は莫大な利益をあげ、こうして王都で店を開くことが出来るまで成長しました。これも全てコースケ殿がファスナーの権利を売ってくれたおかげです。本当にコースケ殿には感謝しかありませんな」


 ファスナー程度でそんなに儲けられるのか、といった疑問が浮かんでくるが、ロンベルさんがそう言うのだからそうなのだろう。


「いえ、きちんと取引をしたわけですから、感謝なんて必要ありませんよ。それより、たった五ヶ月でファスナーを製造して、さらに製品化するなんて凄いですね。結構苦労したのでは?」


「職人の努力もありますが、何より見本があったことが大きかったとの話でした。構造を読み取り、試行錯誤を繰り返して製品化に漕ぎ着けたというわけです。しかし、まだ製造コストがそれなりに掛かってしまっているため、ファスナーの付いた商品は富裕層向けにしか販売出来ていないのが現状で――」


 ロンベルさんは、これでもかというほどファスナーについて熱く語ってくるが、流石にそろそろついていけなくなってきたため、話題を多少強引に変えさせてもらう。


「あっ! そうそう! ロンベルさんに一つ聞きたいことがあるんですよ!」


「ほう。聞きたいことですか? 私が答えられることであれば、何でも答えましょう。して、その内容とは?」


「今、柔らかな感触で弾力のある素材がないか探しているところなんですが、何か心当たりはありませんか? 色々な店で探してはみたものの、未だに『これだっ!』って素材が見つからなくて……」


「柔らかな感触で弾力がある素材ですか……。スライム系の魔物から取れる素材であればそこら中の商店で買えることから、それでは駄目というわけですな? となると……」


 ロンベルさんは顎に手をやり、考え込む仕草を見せる。

 そしてその状態が十秒ほど続いた後、『あれなら……』と小さな声でボソりと呟いた。


「コースケ殿、少し待っていてくだされ」


 それだけを言い残し、ロンベルさんは女性店員を連れて店の最奥にある扉の先へと姿を消してしまった。


「見つかれば良いんだけど……」


 祈るような想いで独り言を呟いた俺に対して、ディアとフラムからほぼ同時に声を掛けられる。


「こうすけ、あの人は誰?」


「主よ、さっきの男は何者なのだ?」


「簡単に説明すると、ロンベルさんは俺がこの世界に転移させられた時に初めて遭遇した人なんだよ。それでその後、紆余曲折あって一文無しの俺にお金や服をくれたりで、俺にとってはまさに恩人と呼べる人かな」


「そうだったんだ」


「なるほどな。だから妙に嬉しそうにしていたわけか」




 ロンベルさんについての説明を端的に終え、待つこと五分。

 最奥の扉から大きな樽を抱えたロンベルさんが息を切らしながら戻ってきた。額に汗を滲ませているところを見るに、その樽はかなりの重量がありそうだ。


「はぁ……はぁ……。お待たせして……しまって申し訳ない。裏手にある倉庫から運んできたもので、思いのほか時間が掛かってしまいました」


 ロンベルさんは力尽きたようにドンっと樽を床に置いた。


「えっと……これは?」


 樽の中を覗くと、そこには毒々しい緑色をしたドロドロの液体が樽一杯に注ぎ込まれていた。

 残念ながら、どう見ても俺が求めているような物ではなさそうに思えた。が、しかし――


「この液体はプレデイション・トードという魔物の体液なのですが、この体液にはある特徴がありましてな。加熱していくと徐々に固まっていくのですよ。熱の入れ方次第で硬さを自在に変えることが出来るので、もしかしたら使えるのではないかと。ちなみに――」


 そう言ってズボンのポケットからロンベルさんは緑色をした長方形の板を取り出し、俺に差し出した。


「これはこの体液を加熱して作成した試作品です。ぜひ触ってみてください」


 渡された板を触ってみると、表面はゴムのように若干粘着性を感じる触り心地だったが、硬度はプラスチックほどの硬さをしていた。

 もう少し柔軟性があれば文句無しの満点なのだが、加熱の具合によっては硬さが変わるとの話だったので、試す価値は十二分にあるだろう。加えて、これ以上他の素材を探しても見つけられる気がしないということもあり、俺はプレデイション・トードの体液を売ってもらえるよう交渉することに決める。


「ロンベルさん、この液体を売ってもらうことは出来ませんか? 勿論、相応のお金はお支払しますので!」


 金貨100枚程度なら支払ってもいいとさえ考えている。

 日本円に換算すると1000万円もの大金だが、それでも買いたいと思えるほどの価値を見出だしていたからだ。

 しかし、ロンベルさんからの返答は意外なものだった。


「ははっ。こんなものでよろしければ、ぜひともコースケ殿に贈らせていただきますよ。コースケ殿には稼がせてもらいましたし、この液体には大した値段はつきませんから」


「えっ! 本当に良いんですか? それなりに利用価値があると思うんですけど……」


 加熱次第で硬度を変化させられるのだ。

 パッとは思い付かないが、使いようはいくらでもあるように思えてならない。


「確かに加工しやすい点や硬度を自在に変化させられる点を考えれば、それなりに利用出来る場面はあるかもしれませんな。ですが、それらの利点を打ち消す欠点もあるのですよ」


「欠点ですか?」


「ええ。先ほど硬度を自在に変化させられるとは言いましたが、どんなに加熱したとしても所詮は魔物の体液。最高硬度は鉄以下にしかならないのです。加えて劣化も早いため、武具は勿論のこと、調度品や装飾品などの素材としても適さないのですよ」


 ロンベルさんの説明を聞き、『なるほど』と納得させられる。

 硬度に関しては然程気に掛かりはしないが、劣化が早いともなれば使い道は限られてしまう。精々使い捨てることを前提とした物にしか使い道はないだろう。

 だが、時間を停止させられる異空間を持つ俺であれば、劣化速度を気にする必要はほとんどない。

 重要なのはゴムのような柔軟性があるかどうかだけだ。その条件をある程度クリアしている以上、プレデイション・トードの体液は俺が作ろうとしている物の素材としては十分に適していると言えよう。


「そうだったんですね。あの、一つ聞いてもいいですか? 劣化が早いとは言ってましたが、どの程度の時間で劣化してしまうんでしょう?」


「大体二ヶ月前後ですな。大切に保管していれば三ヶ月は持つでしょうが、こんなものでもコースケ殿は必要とされますか?」


 二ヶ月持つのであれば十分である。異空間に入れておけば相当長い期間に渡って使えるはずだ。


「ぜひともお願いします」

 



 こうして俺は『ある物』を作るための素材を入手したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る