第224話 褒章式

 緑色をした怪しげな仮面を見せ、その仮面に付与された『形態偽装』の説明を俺から受けたエドガー国王の感想は短いものだった。

 ――『使えそうだな』と。




 別室に案内されてから一時間が経とうとしていたその時、部屋の扉がノックされ、ロザリーさんが入室してきた。


「皆様、大変お待たせしました。間もなく褒章式が始まりますので、会場までご案内させていただきます」


「わかりました。ですが、その前に一つ聞いておきたいんですが、本当に仮面を着けたまま褒章式の会場に入ってもいいんですかね?」


「国王陛下曰く、問題はないだろうとのことです。念のため、例の仮面も着用しておいた方がよろしいかと」


 例の仮面とは『形態偽装』が付与された緑色の仮面のことだ。

 この仮面の特徴は、薄く柔軟性がありつつ粘着性もあるため、トムとして活動する時に使用している認識阻害が付与された仮面のさらに下に着用することが可能となっている。

 そんなこともあり、俺たち四人は仮面を二重に着用して褒章式に出席するつもりでいたのだ。


「それじゃあ会場に行く前に、俺が作った仮面の最終確認を各々しておこうか。『形態偽装』のスキルを使う前に、自分の顔立ちをどんなものにするのかをしっかりとイメージしてからスキルを使ってね。そ・れ・と・絶対に実在する人の顔を真似したりしないように。真似た人に迷惑をかけちゃうだろうからさ」


「うーん……。こうすけの注文は結構難しいかも……」


 ディアは緑色の仮面を両手で持ちながら、悩ましげなうめき声を上げる。

 どうやら架空の顔の造形をイメージするのに難儀しているようだ。

 そんなディアとは対照的に、フラムとイグニスはあっさりとイメージを固め終わっていたらしく、何の躊躇もなく仮面を着け始める。


「フラムとイグニスはもうイメージが固まったの? やけに早いけど、本当に大丈夫?」


「問題ないぞ。私は人里に来ないであろう竜族の者の容姿を真似ることにしたからな。イグニスもそうだろう?」


「流石はフラム様。まさにその通りでございます」


 フラムとイグニスの案はかなり参考になった。

 人前に来ることがない者の容姿を借りるのは良案だと言えよう。

 俺はフラムたちの案を参考に、高校時代の友人(イケメン)の顔をイメージし、仮面を着用した。


「俺はこんな感じにしてみたけど、どうかな?」


 見栄を張って学年一のイケメンの顔を借りたのだ。評判は良いだろうと思って皆に問い掛けたが、どうしてかあまり良い答えが返ってこなかった。


「なんか嫌」


 微かに眉間に皺を寄せながら、ディアはバッサリとそう評した。そしてフラムとイグニスは、と言うと――


「むっ。何故だか私もその顔は気に食わないぞ。どこにでも居そうな有象無象の顔をしているしな」


「率直に申しますと、コースケ様らしさが消えてしまっているかと」


 俺からしてみれば、どうしてここまで評価が低いのかが全くわからなかった。可能性を考えるとするならば、この世界の人たちの顔面偏差値が異常なほど高いからだろうか。


 まぁ気にしても仕方がないと考えた俺は話をそこで切り上げ、俺たち四人はロザリーさんの案内で褒章式の会場へと向かったのであった。

 ちなみにディアの顔立ちは、本来の顔を少し弄くった程度で済ませることになった。

 完璧に整いすぎていた目鼻立ちを若干崩しただけだ。神々しいほどの美女が国一番の美女になったくらいの変化と言えば、少しはわかりやすいかもしれない。




「――これより、褒章式を行う!」


 そう切り出したのはラバール王国宰相オーバン・クール侯爵だった。


 大広間の入り口からエドガー国王が座る玉座まで真っ直ぐに赤いカーペットが敷かれ、その左右にはきらびやかな装飾品や彩り豊かな衣服を身に纏う数多くの人々が玉座の前で片膝をついている俺たちに好奇心を伺わせる熱い視線を送ってきている。

 そして俺の左隣にはシャレット伯爵が片膝をついて深く頭を下げていた。


「シモン・ド・シャレット伯爵、前へ!」


「――はっ」


 名を呼ばれると共にシャレット伯爵は立ち上がり、エドガー国王とその隣に座るセリア王妃の前まで歩み進め、再び片膝をついた。

 すると、会場内はざわつきを見せる。『流石はシャレット伯爵だ』『陞爵するとの噂は真であったのか』などの羨望に近い声がそこかしこから聞こえてきた。


「静粛に。只今より国王陛下から御言葉を頂戴する」


 クール侯爵のその一言で、ざわついていた会場が瞬時に静まり返っていく。

 そして、会場が完全に静まり返ったところでエドガー国王は玉座から立ち上がり、シャレット伯爵に称賛の言葉を述べ始めた。


「シモン・ド・シャレット伯爵」


 普段のエドガー国王とは思えない貫禄がそこにはあった。


「――はっ」


「此度のジェレミー・マルクが起こした反乱にて、其方の機転と奮闘は実に見事であった。其方がいなければ、南方から迫り来ていた反乱軍は王都にたどり着き、王都は陥落していたかも知れぬ。誠に大儀であった」


「有り難き御言葉を頂戴し、光栄の極みでございます」


「其方の功績を称え、褒美として伯爵位から侯爵位へと陞爵。加えて金貨千と領地を与えることとする」


 その言葉の直後、会場内には溢れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 クール侯爵が『静粛に! 静粛に!』といくら呼び掛けても、拍手が鳴り止む様子はまるでない。

 だが、エドガー国王の言葉だけは違った。


「皆の気持ちは十二分にわかるが、今一度静まりたまえ」


 流石はラバール王国の国王だけあるといったところだろうか。クール侯爵の呼び掛けでは止むことがなかった拍手がエドガー国王の言葉でピタリと止む。


「シモン・ド・シャレット侯爵、今後もラバール王国のために尽力せよ」


「勿論でございます、陛下。侯爵位に恥じぬ働きをお約束致します故、ぜひともご期待下さい」


 その後、シャレット侯爵はクール侯爵から書状とメダルのような物を受け取り、俺の隣へと戻ってきた。


 そして――


「トム、フィア、ラム、イグナールの四名は前へ!」


 俺たち四人の出番となる。

 当然、本名ではなく偽名で褒章式に参加する手筈となっていた。そして俺たち四人は仮面を着用したままの姿でエドガー国王の前へと歩みを進めていく。

 その道中、俺は小声でディアの一つ奥に並ぶフラムに話しかけた。念のために偽名で、だ。


「ラム、俺たちの偽装を看破出来そうな人は見つかった?」


「予想通り誰一人としていなかったぞ。そもそも私たちの情報隠蔽能力を超える者などいるとは思えないが」


「わかった」


 万が一、億が一を考え、フラムに周囲の人たちのスキルを確認してもらっていたのだが、杞憂に終わって一安心である。


 俺たちがエドガー国王に一歩、また一歩と近づいていく度に、徐々に周囲が騒がしくなっていく。

 喧騒に耳を傾けてみると、『あれが陛下の懐刀であるか……』『救国の英雄と呼ばれているのではなかったか?』など、俺たちに関連した噂を口にする者が半分、もう半分は『陛下の御前であるにもかかわらず、仮面を着けるなど不敬である!』などの罵声や怒りの声が占めていた。

 だが、このような声が上がるだろうことは想定の内だった。故に俺は『形態偽装』を付与した仮面の製作に着手していたのだ。


「頃合いかな」


 このキーワードを機に、俺たち四人は一斉に認識阻害の仮面を外し、その下に着用していた『形態偽装』の仮面を晒け出した。


「仮面を……外しただと!?」


「何たる美しさだ……。それも女性二人ともが、だ。信じられぬ……」


「四人全てが美男美女とはな。だからこその仮面だったのか?」


 俺たち四人の顔を見たほとんどの者は、俺たちの容姿に驚きを隠せずにいた。

 しかし、俺からしてみれば、俺を除いた三人は『形態偽装』を発動する前の素顔の方が余程優れた容姿を持っていると断言できる。特にディアとフラムは人の域を超越しているほどだ。まぁ二人とも人間ではないのだが。


 喧騒に包まれながらもエドガー国王の前に到着した俺たちは、シャレット侯爵の動きを習い、片膝をついて頭を垂れた。


「――静粛に! 静粛に! 只今より国王陛下から御言葉を頂戴する! 静粛に!」


 シャレット侯爵の時を遥かに超えた騒ぎっぷりに、クール侯爵は堪らず声を張り上げて静かにするよう促し、数十秒経ってようやく喧騒が収まる。

 そして、エドガー国王は玉座から立ち上がり、俺たち四人に対して称賛の言葉を紡ぎ始めた。

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