第215話 面白い魔物
「おーい。起きるのだ、主よ。休憩はもう終わりだ」
激しく肩を揺らされ、深く潜っていた意識を強制的に浮上させられる。
「もう少し……寝かせて……」
地獄の特訓が始まってから三日間寝ていなかったのだ。たった三時間の睡眠だけでは眠気も疲れも取れるはずがなかった。
「おーい。起きろー」
「……」
フラムは執拗に肩を揺さぶり続けてくるが、俺の瞼は依然として閉じたまま。肩を揺らされたくらいで起きられるほど、俺の体力は回復していない。
「……ほう。優しく起こしてあげようかと思ったが、どうやら無理みたいだな。だったら私にも考えはあるぞ?」
不吉な言葉が聞こえた気がしたが、今は返事をする余裕も元気もなかった。一秒でも長く寝ていたいという気持ちが勝ってしまっていたからだ。
だが、睡眠欲に溺れたが故に、俺の命が危険に晒されることになってしまう。
「主よ、起きなければ危ないぞ?」
その言葉と共にフラムは俺の襟首を掴み、そして――上空へと放り投げた。
身体が宙に浮く感覚と計り知れない危機感で俺の意識は完全に現実世界へと引き戻される。
「――ちょッ! うああああ!」
驚きはしたものの、何とか空中で体勢を立て直し、無事着地に成功する。
「危な……」
全身から汗が噴き出していた。勿論、寝汗などではなく恐怖から出てきた嫌な汗の類いだ。
「うむ。ようやく起きたようだな。次からは自分で起きるんだぞ」
スパルタすぎると言わざるを得ない。
フラムはニコニコと機嫌が良さそうな表情を浮かべていることからも、完全に善意で特訓に付き合ってくれているのだろうが、俺からしてみればその笑顔が逆に怖く感じてしまう。
「……了解しました」
笑顔に対し、苦笑いを返す俺。
「なら特訓を再開するぞ。少し待っていてくれ。魔物を連れてくる」
まるで『飲み物でも買ってくる』と言わんばかりの気軽さでフラムは森林の奥へと向かっていた。
フラムから提示された特訓のメニューはただの魔物狩りではなく、様々な制限や条件が付け加えられていた。
第一に、魔法系スキルの使用が禁止されている。
フラム曰く、魔法系スキルを使用してしまえばすぐに魔力が枯渇してしまい、特訓に支障をきたすからとのことだ。
加えて、今回の特訓は主に俺の近接戦闘能力を磨くことに重点が置かれており、紅蓮の扱い方や回避力などを鍛えるつもりらしい。
第二に、フラムが敵として魔物と共に俺に襲いかかってくる。
とは言っても、勿論フラムが本気を出すことはない。
あくまでも俺に対して妨害やちょっかいをかけてくるだけだ。
だが、これが厄介極まりなかった。
いくら手加減をしてくれているとはいえ、フラムの強さはそこらの魔物とはレベルが違う。事実、一度フラムの拳をもろに貰った時は意識が飛びかけたこともあり、戦闘中の俺の意識の大半はフラムに割かなければならなくなった。
そして最後に、戦いながら魔物のスキルを出来る限りコピーしまくれとのことだった。
ブレスなどの魔物にしか扱えない固有スキルをコピーすることは不可能だが、それ以外のスキルは軒並みコピーしていっている。
正直、有用なスキルを魔物が所持しているケースは稀であったが、耐性系スキルだけはかなり充実してきていた。
これら三つがフラムが考案した特訓メニューである。
説明を受けた時は安易に『何とかなりそうだ』などと考えていたが、俺の考えはすぐに改めさせられることとなった。
一戦、二戦と戦闘回数が増えていくごとに疲労は蓄積されていき、日を跨いだ頃には疲労に加えて眠気までもが俺を襲い、今や俺の身体と精神はボロボロになっている。
しかし、この地獄の特訓はまだ三日しか経っていないのだ。これが後十日以上続くなんて考えたくもないほどに俺は疲れきっていた。
「主よ! 魔物を連れてきたぞー!」
呑気に手を振りながらフラムは遠くからそう呼び掛けてくるが、俺の瞳に映る光景は中々に恐怖を覚えるものだった。
何しろ、数十にも及ぶ魔物の群れが背後からフラムへ攻撃をし続けているのだ。にもかかわらず、フラムは平然とした態度で魔物からの攻撃を完全に無視していた。
「……」
見慣れつつある光景ではあるが、未だにこの光景を見る度に呆然としてしまう。
「ん? どうかしたか?」
「いや……痛くないのかなぁーって思っただけだよ」
「こいつらの攻撃か? 何も問題はないぞ。この程度の攻撃では私に傷一つつけられはしないからな。まぁ多少は鬱陶しいとは思うが」
「あははは……」
苦笑いを浮かべることしか俺には出来なかった。
地獄の特訓が始まってから、今日で十日となった。
後四日でこの地獄から解放されるのかと思うと、自然と涙が流れ出しそうになるのは仕方のないことだろう。
だけども、フラムの特訓のおかげで自分が強くなっている感触はかなりあった。
未だ睡魔には負けそうになるが、体力面では然程苦にはならなくなってきているのが何よりの証拠だ。
最小限の動きで回避し、最小限の動きで魔物を仕留める――このように無駄な動きを極限まで削ぎ落としたことで、体力に余裕が生まれ始めたのである。
こういった立ち回りや回避能力というものはスキルでどうこうなるものではない。鍛え、実践経験を積むことで得られる唯一無二の技術である。
そして現在。
俺が最後の一体となる猪に似た魔物を斬り捨てた瞬間を狙ってか、フラムの拳が俺の側頭部を目掛けて放たれた。
その様子を視界の隅で捕捉していた俺は、上半身を僅かに反らして拳を回避。すぐさま回し蹴りを放ち、フラムの追撃を防いだ。
「……ほう。やるではないか主よ。回避だけではなく、まさか反撃までされるとは思わなかったぞ」
「特訓の成果だよ。まぁそれでもフラムに勝てる気はまるでしないけどね」
今日に至るまで俺は一度たりともフラムに一撃を入れられてはいなかった。おそらく全力を持ってしても傷を一つ与えられるかどうかだろう。
それほどまでに俺とフラムの差は大きいと、この十日間の特訓で思い知らされていた。
「それは仕方ないぞ。私は強いからな。それに主はこの世界に来てからたったの数ヶ月しか経っていないだろう? 数ヶ月で私より強くなろうなど、甘い甘い」
胸を張り、ドヤ顔を見せるフラム。
いつかは肩を並べられるほど強くなってみせると心に誓い、俺は特訓を続けていったのであった。
後一日でようやく特訓が終わる――そんな日のことだった。
「主よ! 中々に面白い魔物を見つけたぞ!」
ぞろぞろと魔物を引き付け、森の奥から姿を見せたフラムは大きく腕を振り、俺に呼び掛けてきた。
「面白い……魔物?」
強い魔物ならまだわかるが、面白いとは一体どんな魔物なのだろうか。正直想像もつかない。
だが、フラムと数多くの魔物たちがこちらにある程度近付いた時、俺はその『面白い魔物』とやらの存在に気付いた。
「えっ!? フラムが増えた!?」
そう、そこにはフラムが二人いたのだ。
顔つきも体格も服装も全く同じ。横に並ばれたら間違いなく見分けがつかないほど瓜二つなのだ。
けれども、どちらが本物のフラムなのかは一目瞭然だった。
何故なら片方のフラムは、ひたすらもう片方のフラムを殴り続けていたからだ。
「えーっと……これはどういうこと?」
フラムが十メートルほどの距離まで近付いたところで、俺は本物のフラムに疑問を投げ掛けた。
「どうだ主よ、驚いただろう? こいつは『ドッペルスライム』という魔物らしいぞ。姿形を変幻自在に変化させることが出来るスキルを持っているらしく、何故だかわからないが私の姿に変化したのだ。まぁ見た目だけしか真似られない時点で何の脅威もないただの弱い魔物なんだが、面白いから連れてきたというわけだ」
見た目だけしか真似られないのであれば大して有用なスキルじゃないかな、などと一瞬思ったその時、とあるアイデアが俺に降りてきたのだった。
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