第216話 形態偽装

「外見を偽装するスキル……か。これはもしかしたら使い道があるんじゃ……?」


 フラムの姿を真似たドッペルスライムが所持していたスキルは二つ。

 上級アドバンススキル『形態偽装』と、同じく上級スキルである『形状変化』の二つである。

 この二つのスキルのうち、俺が注目しているスキルは『形態偽装』の方だ。

 その能力は幻覚に近い効果を持っており、自身の外見を誤認識させるといったもの。ただし、あまりにも本来の外見とかけ離れていた場合、効果は発揮しないとのことだ。

 例を挙げるとすると、人間である俺が『形態偽装』を使用して犬だと他者に誤認識させようとしても、体格や歩き方などが大きく異なるため、誤認識させることは不可能となる。

 おそらく、ゴブリンのような二足歩行かつ体格が近しい生物なら効果は発揮するのではないだろうか。

 それなら何故、ドッペルスライムがフラムの姿を真似ることが出来たのかといえば、それは『形状変化』を併せて使用したからに違いない。

 まず、ドッペルスライムは『形状変化』で人の形状に姿を変え、『形態偽装』でフラムの姿をまるまる真似たのだろう。

 『形状変化』というスキルは、姿形を自由に変化させることが出来るスライムならではの固有スキルなのだと、俺は見当をつけていた。


「おーい! 何やら考え事をしているようだが、そろそろ特訓を再開してもいいか? このままではせっかく引き連れてきた魔物たちがどこかへ散ってしまうぞ」


 フラムの呼び掛けでハッと意識を特訓へと切り替える。

 ドッペルスライムの持つスキルについて、ああだこうだと考察していたが、まずは特訓に集中しなければならない。

 ひとまずはドッペルスライムから『形態偽装』をコピーし、それから色々と考えればいいだけの話だと思い返したのであった。


「ごめん、少し考え事をしてた。俺はいつでも大丈夫だよ」


「うむ、了解した。では主よ――行くぞ!」




「――やっっっっっと! 終わったぁぁぁぁぁ!」


 バタン。

 そう叫ぶと共に、俺は地面へと身体を放り出して大の字で倒れこんだ。

 地獄の特訓を始めてから二週間が経ち、そしてたった今、最後の魔物を倒したのだ。喜びのあまり叫んでしまったが、仕方がなかったと心の中で自己弁明をする。


「流石は私の主だ。まさか私が考えた地獄の特訓メニューをこなすとは思いもしなかったぞ」


 腕を組ながら何度もうんうんと頷くフラムの言葉に俺は引っ掛かりを覚えた。

 フラムは今、『地獄の特訓メニュー』と口にしたのだ。つまるところ、フラム自身でさえも過酷なメニューだったと思っていたということになる。


「……」


 仰向きで倒れながらジト目でフラムを見つめる俺。

 『鬼だ! 悪魔だ!』と言いたいところだったが、好意で特訓に付き合ってくれたフラムにそんなことを言えるはずがない。故に視線だけで訴えるに留めたのだ。


「〜♪」


 俺の視線に、訴えに気付いたのだろう。

 フラムはサッと視線を俺から反らし、嘘臭い口笛を吹いてこの場を誤魔化そうとしている様子。

 そんなフラムの行動を何故か面白く感じてしまった俺は、冗談混じりのため息を一度だけ吐き、盛大に笑い声を上げた。


「――ははっ。あははははッ!」


「大丈夫か、主よ!? 私の特訓が厳し過ぎて頭がおかしくなったのか!?」


 急に笑い出したことで俺に何らかの異常事態が起きたのかとフラムは思ったのか、いつもの冷静さをどこかへと放り投げて慌てふためいていた。


「ごめん、ごめん。何でもないから気にしないでほしい」


 地面で寝転がっていた俺は立ち上がり、服に付着していた土埃を払ってから言葉を続ける。


「それよりもフラムにはお礼を言わないとね。今日まで二週間、厳しいながらも俺を鍛えるために特訓を課してくれたこと、本当に本当に感謝してる。ありがとう、フラム」


 誠意を込めて、深々と俺はフラムに対して頭を下げた。

 地獄のように思えた特訓だったが、この特訓が無ければ今の俺はいない。

 中途半端に強かった以前とは違い、今の俺なら胸を張って強者であると宣言することが出来る。それほどまでにこの特訓で得たものは大きかったのだ。


「……」


 目を見開き、無言で俺を見つめるフラム。


「あれ? どうかした?」


「いや……そう真剣にお礼を言われるとは思わなかったのだ。なんだかむず痒くなってしまうな」


 フラムは頬を掻きながら、困惑した表情を浮かべていた。

 どうやら気恥ずかしさを覚えているようだ。

 意外なフラムの一面を見てしまった気がする。だが、ここで指摘したら後が怖いので、ツッコミを入れるような命知らずな真似はしないでおく。


「じゃあそろそろ屋敷に帰ろうか。温かくて美味しいご飯が食べたいし」


「うむ、全くもって同意だ。干し肉はもう飽きたからな……」


 ナタリーさんからある程度手料理を持たせて貰ってはいたものの、一週間程で底を尽きてしまっていたため(フラムが食べ過ぎたことが主な原因)、いつ買ったか思い出せない携帯食料を食べて残りの一週間を過ごしていたのだ。

 こんなことになるなら市場や出店で食料を大量に買いだめしておけばよかったと後悔したほどである。

 そんなこともあって、俺とフラムは温かい料理に飢えていたのだ。


 その後ゲートを作り出した俺は、フラムと一緒に屋敷へと帰宅したのであった。




 二週間ぶりに帰宅した俺は、ナタリーさんとマリーの手料理を食べ終えた後、二日間に渡って泥のように眠り続けた。


 そして二日後の朝、眠気と疲れを完全に癒した俺は大きな欠伸をしてから、食堂へと入った。


「おはよう、こうすけ。よく眠れた?」


 食堂にあるテーブルの席に座っていたのはディアだけであった。

 調理場からは小気味好いリズムで奏でられる包丁の音が聞こえてくることから、ナタリーさんとマリーは朝食の準備をしてくれているようだ。


「おはよう、ディア。よく眠れたよ。むしろ寝過ぎて少し頭が痛い……」


 『どうして人間は寝過ぎると頭が痛くなるんだろう』などと、どうでも良い事を考えながらディアの隣の席に腰を掛けると、調理場から姿を現したイグニスが、よく冷えたアイスティーを俺の前に置いた。


「寝過ぎて頭痛がするとのお話を耳にしましたので、冷えた紅茶をご用意致しました。もしかしたら症状が改善するかもしれません」


 なんて気の利く執事なのだろうか。優秀過ぎて怖いほどである。


「ありがとう、イグニス。助かるよ」


 ゴクゴクと一気にアイスティーを飲み干すと、すぐにおかわりをイグニスは用意し、調理場へと戻っていった。

 そして、残されたのは俺とディアの二人だけとなった。


「頭痛が辛いなら、わたしが治そうか?」


「気持ちだけもらっておくよ。紅茶を飲んだからか、少し治まってきたみたいだしさ。でも何で頭痛がするんだろう? 痛みに対する耐性を持ってるはずなんだけどなぁ……」


 伝説級レジェンドスキルである『再生機関リバース・オーガン』の能力の一つに痛覚制御があるのだが、どうやら頭痛による痛みは抑えてくれないようだ。

 頭痛に勝てない伝説級スキルとは一体なんなのだろうかと思ってしまう。


「痛みを感じなくなると、病気とかの体調の異常に気づかなくなっちゃうからだと思う。でも、こうすけが意識して痛みを抑えようと思えば痛みを抑えられるんじゃないかな」


 確かにディアの言う通りかもしれない。

 痛みがゼロになってしまえば、仮に虫歯になったとしても虫歯に気づけなくなってしまう。痛みを感じなくなることにデメリットはないと考えていたが、ディアの言葉で俺は考えを改めさせられることになった。




 その後、フラムが遅れて食堂に姿を現し、全員が食事を食べ終えたところで、俺はやりたいことがあると言い残して自室へと戻った。


 俺のやりたいこと。それは――特訓で得たスキルの確認と、あるスキルの実験だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る