第204話 本物VS贋物

「さて、誇り高き竜の名を騙る贋物を始末するとしよう」


 フラムはそう独り言を呟きながら、竜王剣を片手に歩みを進めていく。

 アース・贋竜フェイクドラゴンとの距離は約五十メートル。既に地贋竜のスキルの射程範囲内である。

 だが、地贋竜は近づいてくるフラムに対して鈍い金色の眼を向けるだけで動く気配はない。

 ルッツが命令を下していないからという理由で地贋竜が動かない訳ではなかった。


 地贋竜が動かない理由。

 それは――本物の竜の気配を嗅ぎ付けていたからである。


 無論、地贋竜が竜の気配を感じ取ったのはフラムだけではなく、イグニスからも同様の気配を感じ取っていた。

 だからこそ紅介とフラムが話し合っていた時、地贋竜はフラムとイグニスを本能的に恐れ、手を出さずにじっとしていたのだった。

 地贋竜の知能は低いが、考え無しに自身よりも強い存在と知っている本物の竜と戦うほど愚かではない。

 仮にルッツに支配されていなかったら地中へと潜り、逃亡を選択していただろう。

 今、逃げ出さずにこの場に留まっているのは、あくまでも自分の意思ではなく、ルッツに支配されているからであった。


『……グウォォ』


 フラムが一歩、二歩と徐々に近づくにつれ、地贋竜は怯えたかのような鳴き声を漏らす。

 戦う前から本能でわかっているのだ。


 ――目の前にいる存在には勝てない、と。


 しかし、地贋竜はルッツの支配からもフラムからも逃げ出すことは出来ない。

 ともなれば、地贋竜に残された選択肢は一つのみ。

 死力を尽くし、竜を殺す。それだけである。


 フラムと地贋竜の距離が四十メートルを切ったところで、ようやく地贋竜は動き出した。

 これ以上近づかれる訳にはいかないとばかりに、石化ブレスをフラムへと放ったのだ。

 地贋竜が放ったのは、フラムだけを狙った極細の石化ブレス。

 限界まで圧縮された極細のブレスは、地贋竜の全ての力が総動員されていた。

 如何なるモノでも石化させられるであろうそれは、音速を遥かに超えた速度でフラムに直撃した。しかし――


「その程度の攻撃で私をどうにか出来るとでも思っているのか?」


 灰色の煙が立ち消え、無傷のフラムが姿を現す。

 フラムは石化ブレスに対して、特別何かをしたわけではない。ただ棒立ちで受け止めただけだ。

 無傷の理由。それは、地贋竜の『瞬・石化ブレス』がフラムの耐性と防御力を上回ることが出来なかっただけに過ぎない。


 所詮、地贋竜は竜の贋物。真なる竜であるフラムに勝てる要素など持ち得ていないのである。


 フラムは地贋竜の両眼に視線を合わせ、最後の言葉を告げる。


「醜い姿だな。魔物であるかどうかにかかわらず、翼が退化している時点で貴様には竜の名を持つ資格はない。我ら竜族の名を汚した罪、死んで償ってもらおう」


『――グウォォッッ!』


 フラムは跳躍し、地贋竜はフラムを迎え撃つために己が持つ鋭い牙を剥き出しに顎を大きく開いた――




 北の戦場は大きな地鳴りと共に激しく揺れた。

 地贋竜の巨体が地に伏したからだ。

 首から先は胴体と離れて地面を数秒間転がり続け、そして止まる。

 鈍い金色の眼は白目をむき、口からは血液と唾液が垂れ流しになっていた。


 勝負は一瞬で決着した。

 フラムが竜王剣を一振りし、地贋竜の首を撥ね飛ばしたのだ。

 地贋竜自慢の『竜鱗装甲ドラゴン・スキン』は、フラムの圧倒的な暴力を前に、何の役にも立たなかったのである。


 本物と贋物。

 その力の差は歴然だった。



―――――――――――――――――



「……あり得ない。僕の地贋竜が一撃なんて……」


 表情こそ隠されていてわからないが、ルッツはフラムと地贋竜の戦いを見て、愕然としているようだ。

 だが、そんな反応をしてしまっても仕方がないと言えるだろう。フラムの正体を知っている俺でさえ、仮面の下で驚きを隠せずにいたのだから。

 別にフラムの勝利を疑っていたわけではない。

 けれども正直なところ、こうまであっさりと地贋竜を倒すとは思いもしていなかったのだ。

 俺は吸血鬼との戦いを経て、スキルが成長してそれなりに強くなっていた。もしかしたらフラムと良い勝負が出来るのではないかと思うほどに。


 しかし、それは勘違いだった。

 自惚れ過ぎていた。

 俺とフラムの差は未だに月とスッポン。比べることすら烏滸がましいレベルであった。


「流石はラム様。お見事の一言に尽きます」


 イグニスに驚きは微塵もないようだ。

 当然だと言わんばかりの口調でフラムを称えている。

 そしてディアも、イグニスと同様に驚きを見せることはなかった。

 フラムの戦いを見届けた後に一度コクリと頷いただけで、それ以降はルッツの警戒に戻っていたのである。

 ルッツの隣に立つヨルクという男に限っては、信じられない光景を見たことで恐怖し、全身を震わせている有り様。

 最早、戦意を保てているかどうかすら怪しい。


「……何なんだ。何なんだよ! お前たちは!」


 ルッツは感情に身を任せて叫び散らしているが、こちらとしては同じ質問をぶつけたいくらいだ。

 ルッツほどの実力者が果たして本当にマルク公爵の私兵の一人に過ぎないのだろうか、と。

 無論、つい先ほどまでマルク公爵の側に居たことからも、ただの一兵士ではないことは明らかだ。

 マルク公爵が用意した精鋭中の精鋭、もしくは金で雇った凄腕の傭兵かどこぞのSランク冒険者か何かという線が濃厚だろうか。

 しかし、どのみち敵であることには変わりない。

 反乱を起こしたマルク公爵に手を貸し、魔物を使役して王都を襲撃したことは曲げようもない事実なのだから。


 そんなことを俺が考えていた時、震えあがっていたヨルクが突然走り出した。

 向かう方向は俺たちではなく、その真逆。つまりは、背を向けて逃げ出したのである。


「――ヨルク! お前!」


 ルッツが怒声を上げてヨルクに呼び掛けるが、ヨルクの足は止まらない。

 ただひたすらに足を動かし、この場から逃げ出すことしか頭の中にはないのだろう。

 だが、そんなヨルクの逃走劇は十秒と続くことはなかった。


「今頃になって逃げられるとお思いでしょうか?」


 イグニスがそう口にすると共に、ヨルクの身体は瞬く間に炎に包まれ、灰だけを残して姿を消した。


「敵前逃亡は死罪。間違っておりましたか?」


 ルッツに顔を向け、煽るような言葉を吐くイグニス。

 ヨルクを燃やし、灰にしたのは他の誰でもなくイグニスだった。


「……ふざけるなよ」


 ボソッと呟いたルッツの怒りに震えた声が微かに俺の耳に届く。


「僕を虚仮にしたお前らは、必ず全員殺してやる」


「呆れてしまいますね。まだ勝ち目があると考えておられるとは。是非とも頭の中を覗かせていただきたいものです。空っぽだとは思いますが、興味が沸いて――」


「――死ね」


 イグニスの言葉を遮り、ルッツは『不可視の風刃インビジブル・エア』を放つ。

 しかし、不可視の風刃がイグニスに届くことはなかった。


「させない」


 イグニスが対処するよりも先にディアが動いた。

 圧縮した風をルッツの風刃にぶつけ、相殺したのである。

 相殺した衝撃で北の戦場に風が吹き荒れる。


「……チッ!」


 ディアがいる以上、『不可視の風刃』は全て防がれてしまうとルッツは判断したのか、標的をイグニスからディアへと変えようとルッツが動き出す。

 だが、ルッツの相手をするのはディアではない。

 俺でなければならない。


「ルッツ、お前の相手は俺一人で十分だ」


 紅蓮を構え、ルッツの意識を俺へと向けさせる。


「はははっ! 笑わせないでくれよ。君一人で僕と戦うだって? 誰も殺せない甘ちゃんが。舐めるなよ?」


 ルッツの意識は完全に俺へと向けられた。

 これで全ての舞台は整った。


 ――ルッツを倒し、この反乱を終わらせてみせる。


 そう決心した俺は、最後の戦いへと挑む。

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