第203話 紛い物

 一瞬たりともルッツから目を放すつもりはないようだ。

 ディアは俺やフラムに顔を一切向けることなく、ただひたすらにルッツを警戒していた。


「……ディア」


 俺は思わず小さな呟きを漏らす。幸いなことにルッツには聞こえない程度の声量で。

 ディアから発せられる雰囲気が普段ののんびりとしたものではなく、強い意思を感じさせるものだったからだ。

 そして、どうやらディアは俺の小さな呟きを拾ったようで、顔の向きをそのままに返事をした。


「まだラムと話してても大丈夫。絶対わたしが守るから」


 俺の呟きは拾ってくれたものの、俺とフラムの話が終わったことには気づいていないようだ。

 気づいていないからこそ、神経を研ぎ澄ましたまま警戒をしてくれているのかもしれない。


「話は終わったからもう大丈夫だよ。それと……本当にありがとう。俺のために敵を抑えていてくれて。目に見えないルッツの攻撃を防ぐのは大変だったんじゃ……?」


 本当に感謝しかない。

 ディアは俺のために時間を稼いでくれていたのだ。

 ディアとイグニスが、俺とフラムが話し合いをする時間を稼いでくれていなかったら、今の俺はいなかったといっても過言ではない。

 ディア、フラム、イグニス。この三人の内、誰か一人でも欠けていたらと思うとゾッとするほどだ。


 感謝の言葉を告げた後に俺が気になったのは、どうやってディアはルッツを抑えていたのだろうかという点にある。

 ルッツが放つ『不可視の風刃インビジブル・エア』は、俺の持っているスキルや眼でも一切視認することが出来ず、かなりの苦戦を強いられていたのだ。

 唯一の対処法は限界まで耳を研ぎ澄まし、風切り音で大体の位置を把握して回避をすることくらいだったので、どのようにしてディアがルッツの不可視の攻撃を防いでいたのかが気になっていた。


「うん。わたしは平気。わたしにはあの人の攻撃がちゃんと見えてるから問題は何もないよ」


「……え?」


 あまりにも自然体で淡々と告げたディアの言葉に、俺は思わず呆気に取られてしまう。

 ルッツの『不可視の風刃』は伝説級レジェンドスキルなのだ。伝説級スキルの能力を無効化するなど、そう簡単に出来ることではない。

 しかし、ディアはそれをやってのけたと言う。


 果たして、どうやったというのだろうか。

 『何か方法があるのであれば教えて欲しいくらいだ』なんてことを考えていたところ、ディアは俺の心を読んだかのように小さな声で短く答えを教えてくれた。


「わたしの目は、この世界に漂う魔力を見ることが出来るから」


 世界に漂う魔力を見ることが出来ると言われても、俺にはいまいちピンと来ない。

 おそらくそれは、元々神であったディア特有の権能のようなものなのだろう。

 つまりは、ディアは魔力の流れを見ることでルッツの『不可視の風刃』の軌道を読み、対処していたとのことだ。

 俺には到底真似出来そうもない方法である。




 ディアとの会話を終えてルッツに視線を向けてみると、未だにルッツはイグニスと舌戦を続けていた。

 イグニスが丁寧な口調で毒のある言葉を放ってルッツを煽り、それに対してルッツが苛立ちが隠せない荒立った口調で言葉を返すといったやり取りが何度も繰り返されている。


「もう貴方に勝ち目は微塵も残されてはおりません。早く降伏したらいかがでしょうか? 貴方程度の実力では、最早どうにもならない状況だとそろそろ理解すべきかと思いますが」


「本当にムカつくなぁ……。僕に勝ち目がないだって? 確かにハンスは殺られちゃったけど、まだ僕もヨルクもいるんだ。それにアース・贋竜フェイクドラゴンもね。逆に聞くけど、君たちに地贋竜を倒すことが出来るのかい? 君たちが時間を稼いでいてくれたおかげで地贋竜の傷は治って万全な状態になった。そんな中でも君は余裕な態度を保っていられるのかな?」


「特にこれといった問題はありませんが?」


「――ははっ! どうやら君は相当世間知らずのようだね。ドラゴンがどんな存在なのか知らないのかい? 一体で一国を滅ぼすとも言われる最強の生物。それが竜なんだよ。全世界共通の常識かと思ってたんだけど、僕の勘違いだったのかな?」


 ルッツの人を嘲るかのような言葉に反応したのはイグニスではなく、黙って二人の話を聞いていたフラムだった。

 圧倒的な威圧感と殺気をその身に纏い、今にもルッツを殺さんとばかりの雰囲気を漂わせている。


「……ほう。貴様は今、そこにいる魔物如きを竜だと口にしたのか?」


 明らかにフラムは怒っている。いや、激怒していると言った方が正しいか。

 だが、フラムが激怒していることをルッツは感じ取れてはいないようだ。


「ああ、そうだよ。確か、君はラムだったかな? 君は地贋竜を魔物如きと言ったけど、竜をそこらの魔物と一緒にしてほしくはないな。格が違うんだよ、格がね」


 この言葉で、ルッツが竜という存在について勘違いしていることに俺は気づく。

 確かに地贋竜の名前には竜という名が付いている。

 だがしかし、地贋竜は竜であっても竜族ではなく、所詮はただの魔物に過ぎないのだ。

 その点をルッツは勘違いしていた。

 そして、その勘違いはフラムが最も嫌うものであることを俺は知っている。

 過去にも、冒険者ギルド内でアーデルさんがフラムのことを魔物かと勘違いし、フラムの機嫌を損ねたことがあった。

 フラムは竜族であることに誇りを持っており、魔物と同じ存在であると思われることが我慢ならないのだ。

 よって、今のルッツの発言は、知らず知らず本物の竜であるフラムの逆鱗に触れてしまっていたのである。


「貴様の言う通り、竜は魔物と格が違う。だがな、そこにいる知恵なき土竜モグラと竜を同列で語るな、小人族ハーフリング


 ルッツは子供ではなく小人族だったのだと俺は今初めてフラムによって気づかされる。

 小人族については、元いた世界の小説や映画などで見聞きしていたこともあり、ルッツが小人族だったことに対しては然程驚きはない。何より、ルッツほどの能力を持つ子供がいるなんて考えられないと元々思っていたことが、驚きを軽減させていた。むしろ、府に落ちたほどである。


「なーんだ、僕が小人族だと気づかれちゃってたか。小人族は数が少ないから珍しいんだけどなぁ。でもそんなことより、僕の地贋竜が土竜だって? 確かに、名にフェイクってついてはいるけど、地贋竜は正真正銘の竜だ。竜固有のスキルを持っていることからも、それは間違いないよ。もしかしたら他の竜より劣っている可能性はあるけどね」


 ルッツは地贋竜を本物の竜だと信じて疑わない様子。

 だが、俺はルッツを愚かだとは思わない。むしろ、一周回って気の毒にすら思えるほどだ。

 何せ、本物の竜を前にして饒舌に語ってしまっているのだから。


「なるほどな。貴様の考えはわかった。ならば、私が証明して見せよう。――貴様の言う竜が贋物なのだとな」


 フラムはルッツから地贋竜へと身体の向きを変え、じっと地贋竜を見つめる。

 そしてフラムは、地贋竜へと向かう前に俺に一言残していった。


「主よ、あの贋物は私に任せよ。主は主のすべきことをするのだ。期待しているぞ」


 俺のすべきこと――それはルッツを倒すことに他ならない。

 決してフラムの言葉の意味を履き違えることはない。


「うん、わかってるよ。フラムも気をつけて」


 余計なお節介だとは思うが、そう言いたくなってしまったのだから仕方ない。


「主もな。では、行ってくるぞ」


 それだけを残し、フラムは地贋竜へと向かって行った。




 その後、フラムは圧倒的な強さで地贋竜をあっという間に倒してみせたのであった。

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