第201話 心の障壁

「……」


 突如として図星を突かれ、何も言葉を発せられなくなってしまう。

 頭の中ではルッツの言葉が何度も繰り返され、自然と紅蓮を握る手が緩んでいく。


「はははっ! やっぱりそうだと思ったよ! とは言っても、確信を得たのは今さっきなんだけどね」


 何が面白いというのだろうか。

 ルッツは大きく両手を叩き、大袈裟なまでに笑い声を上げている。

 そこには明らかに侮蔑の色が含まれていた。

 だが、今の俺には反論をする心理的余裕は存在しない。

 ただただ言われるがまま、ルッツの言葉に耳を傾けるだけになってしまっていた。


「最初からおかしいとは思ってたんだ。何千もの兵士を相手に幻影だけで戦うなんて明らかに効率が悪いしね。しかも戦死者がゼロともなれば、なおさらさ。ただ、その時点では雑魚を相手に情けをかけていた、なんて可能性もあったから確信にまでは至らなかった。でも君がハンスに攻撃を仕掛けた時、僕は確信することが出来たよ。君は情けをかけていたわけじゃなくて、人を殺す覚悟がない甘ちゃんなんだってね」


「ハンスに攻撃を仕掛けた時……?」


 俺は頭に靄がかった状態だったのにもかかわらず、つい反射的にルッツが確信に至った理由について疑問を抱き、そう口に出してしまっていた。

 ルッツが確信に至った要因に全く覚えがなかったからだ。

 三人との戦闘中に何か大きなミスをした覚えはない。強いて挙げるとするならば、地贋竜を含めて誰一人として倒しきれていないことくらいのはずだ。

 だが、次のルッツの言葉で自分のミスに気づかされることになる。


「そうさ。僕は君がハンスを排除するために近くへ転移するだろうと読んで即座に転移先へと攻撃を仕掛けた。そして結果は僕の読み通りだったってわけさ。でも、一点だけ読み違いもあったんだよ。それは、君がハンスを排除するために転移したんじゃなく、武器を破壊するために転移した点だ。君がハンスに斬りかかれる間合いに入っていたら、今頃君は僕の攻撃で致命傷を負っていたはずだったんだけど、そうはならなかった。だからピンと来たのさ。『トムは殺さないんじゃなくて、殺せないんじゃないか』ってね。どうだい? 僕の推理は」


 覆われた布のせいでルッツの表情は見えないが、ドヤ顔をしているであろうことは容易に想像がつく。

 俺は腹立たしいとは思いながらも、ルッツの的確な推理に一切反論が出来なかった。


 ルッツの指摘通り、確かに俺はハンスの武器だけに狙いを絞り攻撃を仕掛けた。結果的には武器だけを狙ったおかげで不可視の攻撃の直撃は避けられたが、これは幸運とは呼べないだろう。

 致命的な弱点に気づかれてしまったのだから。


 これは俺の精神的な甘さが招いたミスだ。

 今更言い訳をしても、俺の言葉はルッツに届くことはないだろう。むしろ余計に真実味が増す結果になりかねない。


「……」


 俺が出来ることは沈黙を貫くのみ。

 これ以上は、話せば話すほどボロが出るだけだ。


「へぇ……。また沈黙か。本当は答え合わせといきたかったんだけど、まぁいいや。ヨルク、ハンス、今の話は聞いていたよね? ここからは大胆に行くよ。どうせトムには僕たちを殺すことは出来ないんだから」




 それからの俺は、ひたすら防戦一方を強いられることになってしまっていた。

 反撃を恐れる必要がないからか、大胆に踏み込んでくる三人に対し、俺は紅蓮や転移を多用して防御と回避に専念させられていた。

 勿論、何度も反撃を試みようとはしている。

 けれども、どうしても身体が思うように上手く動いてくれないのだ。

 剣筋は鈍り、心も力も籠っていない反撃しか出来ない自分に苛立ちが募っていく。


「――くそっ」


 ヨルクのダガーを紅蓮で弾くと共に、己のあまりの不甲斐なさから、ついそんな言葉が溢れる。

 しかし、苛立ちの言葉とは裏腹に、頭で考えている動きと身体がどうしても合致してくれない。

 今のヨルクとの攻防だってそうだ。

 相手はリーチが短いダガーを使っている。加えて、武器の扱い方は俺よりも確実に下。にもかかわらず、俺はヨルクを攻撃せずに、ダガーを弾くだけに留めてしまった。

 頭の中ではヨルクを倒す絶好の機会だったと理解していたが、身体は思い描いていた通りに動いてくれなかったのだ。


 ――どうして。 どうして? どうして!


 俺の頭の中は、自身への怒りと思い通りに動かない身体への疑問で埋め尽くされていく。

 今が戦闘中であることさえ忘れてしまうほどに。


 そして、その代償は大きくついてしまう。


 風を切り裂く音を耳が捕らえ、半ば反射的に横へと跳ぶ。

 だが、その行動が致命的なミスであったことを思い知らされる結果となる。

 ルッツの不可視の攻撃は、俺が回避することを前提とした囮だったのだ。

 俺が横へと跳んだ瞬間、アース・贋竜フェイクドラゴンの石化ブレスが俺の回避先へと放たれていたのである。

 回避はもとより、転移さえ間に合わない完璧なタイミングで放たれた極小のブレス。それは完全に俺だけに狙いを定めた一撃だった。

 俺は空中で身体を無理矢理捻ることで、どうにか回避を試みる。

 結果、回避は成功する――紅蓮を握る、右腕を除いて。


「――ッ!」


 痛みはない。

 素材が鉱物だからなのか、紅蓮も無事だ。

 だが、俺の右腕は石化したままだった。

 どうやら『再生機関リバース・オーガン』には、石化という状態異常を治癒する効果はないらしい。

 石化を治すには一度右腕を切り落とすしか方法はなさそうだ。

 しかし右腕を切り落とそうにも、紅蓮は石化した右手に握られている。加えて、異空間には数本の短剣やダガーが収納されているが、右腕を切り落とすには力不足。

 ならば、紅蓮を左手に持ち替えるしか方法はない。


 石化ブレスを受けてから、ほんの僅かな時間で状況の把握を終えた俺だったが、その僅かな間に相手は動き出していた。

 真っ先に俺へと接近し、攻撃を仕掛けてきたのはハンス。

 柄の長い斧のような武器を上段に構え、俺の首を落とそうとしていた。


「――死ね!」


 まだ紅蓮を持ち替えていない以上、紅蓮で攻撃を防ぐことは不可能。つまり、残された選択肢は転移のみ。

 ここは一度大きく離れ、態勢を整えよう――そう考えた時だった。


「――ギャアァァッ!! アヅ……ィ……ダズ……ゲ……ェ……」


 ハンスは突然業火に焼かれ、耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げ、その後、骨すら残さず灰と化した。


「何が起きたっていうんだ……」


 常に相手を馬鹿にしたような飄々とした態度を取っていたルッツだったが、仲間が殺されたことで冷や水を浴びせられたかのように茫然自失し、そう呟いていた。


 そして、俺のすぐ側に突如として現れたのは、仮面を着けた三人組の男女。

 勿論、俺はその仮面を着けた三人組の正体が何者なのかは知っている。

 何よりも大切な仲間であるディア、フラム、イグニスの三人だ。

 中央にディアが立ち、左右にフラムとイグニスが立ち並ぶ中、フラムが一歩前に進み、俺に言葉を掛けてくる。

 だが、その言葉は俺を労うようなものではなく、怒りに似た感情が含まれていた。


「全く……何をしているのだ、トム――いや、主よ」


 フラムは俺を『トム』とは呼ばず、あえて言い直してまで『主』と呼んだ。

 呼び方を変えた意味は何となくだが、俺にはわかった。

 それは『トム』としてではなく、フラムの『主』としての俺に対して言葉を投げ掛けたかったのだろう。


「……」


 仮面を着けているにもかかわらず、ディアから真っ直ぐで真剣な眼差しが俺に向けられているのが、何故か手に取るようにわかる。

 ディアのそれは、俺を心配してのものだ。


 最後にイグニス。

 イグニスは俺に一度深く頭を下げた後、周囲を見渡しつつ警戒をしている様子。

 地贋竜やルッツたちが動き出すのを警戒しているのだろう。


 俺は助けに来てくれた三人に対し、まず最初に謝罪とお礼を告げる。


「……本当にごめん。それと、ありがとう」


 照れ臭さは一切ない。

 それよりも罪悪感が重く俺にのし掛かっていたからだ。


「感謝なんて必要ないぞ。私が主を助けるのは当たり前だからな。だが、謝罪に関しては話は別だ。主は私の忠告を忘れたのか?」


 ルッツや地贋竜を余所に、俺とフラムの会話は続く。

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