第200話 元凶との戦い
回避、攻撃、回避、攻撃と、地贋竜との一方的な攻防を繰り返していた中、マルク公爵の側で控えていた怪しげな三人組が俺に向かって駆け出す姿を視界の端で捕捉した。
五百メートル近く離れていた距離は見る見るうちに詰められていき、十秒も経たずに互いの姿がはっきりと確認出来る距離まで接近されたことから、情報を見るまでもなく怪しげな三人組が只者ではないことがわかる。
どんなに低く見積もっても、三人それぞれが上級冒険者以上の実力は持っているだろう。
特に危険だと思われるのは一際背の低い人物だ。
目に見えない攻撃を繰り出すことが出来る時点で、その脅威度は計り知れないものがある。
俺からしてみれば地贋竜よりも余程厄介な相手だと言えるだろう。目を離せば攻撃の兆候すら掴めなくなってしまうことからも、決してその人物から目を離すことは出来ない。
その後、三人組は会話が可能な距離まで俺へと近づき、三人組を代表してか、背丈の低い人物が親しげな口調で話しかけてきた。その際、不思議と地贋竜は俺への攻撃の手を休め、その場で大人しく留まっていた。
「やあ。君がトムだね。僕は君のことを知ってはいたけど、こうして顔を合わせるのは初めてかな? 会えて嬉しいよ」
戦場には似つかわしくない雰囲気と口調で気軽に接してくる謎の人物に対し、俺は冷静に三人組へそれぞれ視線を向け、『
勿論、下手に怪しまれないように軽く会話を交えながらだ。
「知っていた? 会えて嬉しい? それは魔武道会のことを指しているのか?」
なるべく低い声を出すことを心がけつつ、口調を変えながら答えを返す。
「それも含めて、さ。それにしてもトム、君は本当に強いね。まさか地贋竜を一人で抑え込むどころか、倒しえるほどの実力を持っているなんて、僕の想像を遥かに超えていたよ」
俺は今の言葉に何か引っ掛かりを覚えつつも、相手の情報を取得することに集中していた。
そして情報を得た結果、一つの真実に辿り着く。
それは――目の前にいる背丈の低い子供こと、ルッツという人物こそが今回の一連の騒動に大きく関わっているということを。
ルッツ
伝説級スキル 『
英雄級スキル 『拳闘鬼』Lv6
……etc.
ルッツの情報を見た瞬間に全てを理解した。
王都を襲った大量の魔物に地贋竜。それらを呼び寄せ、けしかけた者こそがこいつなのだと。
魔物を操ることが出来るスキルを持っているからといって、ルッツが犯人だという証拠はどこにもない。だが俺は、ルッツこそが犯人だと確信した。
確信に至った理由は、未だにじっと大人しくしている地贋竜にあった。
ルッツが近づいたタイミングで、それまで散々暴れまわっていた地贋竜が急に大人しくなったのだ。ルッツが地贋竜を操り、大人しく待機させたと考えた方が自然だろう。
他の二人は俺からしてみれぱ大した相手ではなかった。
名前はヨルクとハンス。
ヨルクは投擲系統のスキルと身体強化系のスキルを持っていること以外に特筆したスキルは所持していない。
それはハンスもほぼ同じだ。
槍だか斧だかよくわからない柄の長い武器を持っているが、所持しているスキルからして槍に分類される武器なのだろう。
槍術系統のスキルと身体強化系のスキル。この二つを組み合わせて戦うスタイルのようだ。
こう見ると、やはりルッツだけが俺の脅威になりえる存在となるだろう。
意識の大半をルッツに割り振り、残りはその場その場で対処していけばいい。地贋竜を含めると一対四の戦いとなるが、やれないことはないはずだ。
これで相手の観察は終わった。
後は目の前にいる相手を倒し、この防衛戦を終わらせるだけだ。
だがしかし、その前にルッツにどうしても聞かなければ気が済まないことがあったため、感情を押し殺して問いかける。
「……お前が魔物を、地贋竜をここに呼び寄せた元凶か?」
顔を布で覆い隠しているルッツに、僅かに怒りが滲む声音で俺はそう問いただす。それに対してルッツは、飄々とした態度のまま、わざとらしい驚きの声を上げた。
「わぁお。これは驚いたな。やっぱり君は僕より優れた
やっぱり、か。
本人の口からそれが事実だと告げられた瞬間、俺の怒りの感情は頂点に達しかける。
目の前に立つルッツが憎くて憎くて仕方がない、と心が訴えかけてくる。
こいつのせいで一体どれだけの犠牲者が出たのだろうか。
こいつがいなければ反王派貴族の反乱は起きなかったのではないか。
そんな想いが頭を駆け巡っていき、俺は自然と紅蓮の柄をきつく握りしめていた。
怒りの感情が燃え盛る中、それを知ってか知らずかルッツは煽るような言葉を続ける。
「でさ、そろそろ本題に移らせてもらうよ。僕はマルク公爵の要請で君を排除しに来たんだ。計画を遂行するにあたって、君は邪魔者だからね。さっさと王都を陥落させて、僕は別の仕事に集中しなきゃいけないからさ」
「俺を排除して王都を陥落させる? お前らにそれが出来るとでも? 俺がいる限り簡単に王都に入れると思うなよ」
無駄な会話はこれだけで十分だ。
こいつらには何を言っても意味がないだろう。
ならば、完膚なきまでに叩き潰すのみ。
俺は紅蓮を構え、戦闘準備を終える。
狙うはルッツ。後の二人は片手間で事足りる。
地贋竜に関しては少し注意を払っておけば特段問題はないはずだ。地贋竜を操るルッツが近くにいることを考えれば、ブレスや広範囲魔法を使用することはないだろう。
「四対一にもかかわらず、凄い自信だね。でも、僕らを甘く見すぎ――だ!」
最初に動いたのはルッツだった。
右手を前に掲げ、不可視の攻撃を放つ。
だが、予備動作をしっかりと見ていた俺は、右手を掲げた瞬間に横っ飛びでそれを回避し、一気にルッツとの距離を詰める。
「……へぇ。よく回避出来たね。でも一度だけじゃ終わらないよ」
再度右手を前に掲げ、俺に狙いを定めているようだが、ルッツの攻撃にわざわさ付き合ってあげるほど俺は優しくはない。
俺は走って間合いを詰めると見せかけて、『
しかし、俺の一撃はヨルクとハンスによって阻まれてしまう。
紅蓮の刃の側面をハンスの武器で弾かれ、ヨルクのダガーが俺の首を襲ってきたのだ。
俺は即座に転移し、一旦距離を取る。
「ははっ! 君の戦い方は把握済みだよ。予想通り僕の背後に転移してきたね」
癪に障るルッツの笑い声が俺の耳に届く。
おそらく地贋竜との戦いで俺の戦い方をしっかりと観察していたのだろう。加えて、紅蓮の切れ味も把握していそうだ。
仮にハンスの武器が紅蓮の刃とぶつかりあっていたら、武器ごとルッツを切り伏せていただろうが、ハンスは紅蓮の側面を叩くことで見事に俺の一撃を防いでみせた。
そこからさらにヨハンが俺に一撃を入れる動きを見せたことからも、彼らの連携はかなりのものとみて間違いない。
ヨハンとハンス。この二人は所持しているスキルだけ見れば大した相手ではないと思っていたが、スキルだけではわからない実践経験という面はかなり高いようだ。
ならば、まずはヨハンとハンスの武器を破壊し、無力化すればいい。
そう考えた俺は早速行動に移る。狙うは長柄の武器を持つハンスだ。
俺はルッツを狙うと見せかけて、ハンスの正面へと転移。
そしてハンスの武器を目掛け、紅蓮を一閃――することは出来なかった。
紅蓮はルッツの不可視の攻撃によって弾かれてしまったのだ。
幸いにも不可視の攻撃による怪我はなかったが、もう数センチ深く踏み込んでいたら、大怪我していたところだった。
俺はバックステップで大きく後方へと跳びつつ、念のため『暴風結界』を厚く展開する。
三人との間合いが一時的に三十メートル以上離れ、俺が着地したタイミングで地贋竜が動き出していた。
雄叫びと共に放たれたのは全てを石像へと変えてしまう石化ブレス。
タイミングから考えて、完全に俺が回避する先を狙っていたのだろう。
着地した瞬間に放たれたブレスは、転移以外で回避することは不可能。
転移を多用し過ぎているが、この際は仕方ないと割り切る他ない。
俺は転移を使用し、ブレスの範囲外へとギリギリのタイミングで逃れ、一息吐いた。
三人の連携はかなりのものだ。転移し、近接戦闘に持ち込もうにも上手くいくビジョンが見えない。
ならば、次は遠距離から戦うのみ。
俺は異空間からナイフを三本取り出し、三人それぞれに投擲した。
ナイフは一直線に寸分の狂いもなく、三人へと迫っていく。
三人はナイフを視認した瞬間に横っ飛びで回避する。まだまだナイフが届く距離でないにもかかわらず、だ。
おそらくそれは、俺がナイフを途中で転移させるだろうと読んでの行動だろう。
要するに、完全に俺の手の内が読まれているということだ。
「はははっ! バレバレ、バレバレだよ。君は転移能力に相当の自信を持っているみたいだけど、転移出来ると知っていれば簡単に対処出来るのさ。それに――」
そこでルッツは言葉を切り、人を馬鹿にするかのような嘲りが含まれた声で、こう告げた。
「君には人を殺す覚悟がないんだろう?」
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