第186話 勘違い

「今帰ったぞ。南での戦いは終わったとみて問題ないだろう」


 フラムとイグニスの二人は王都の外から外壁の上に飛び乗り、未だに魔法を使用していたディアのもとを訪れ、戦いが終結したことを伝えた。


「こちらが南で指揮官を務めていた人間でごさいます」


 イグニスはそう言いつつ、眠らせてから担いで運んできたシプリアン・ギグー男爵をその場に降ろす。


「二人ともありがとう。色々と大丈夫だった?」


 ディアの『大丈夫だった?』という心配の言葉には二つの意味が込められていた。


 一つは二人の体調や怪我に対しての言葉だ。

 今回の戦いでは、ディアは敵の足止めこそしていたものの、戦いを終わらせる決定打を持ち合わせていなかった。

 無論、殲滅しようと思えば容易く殲滅するだけの力は持っている。

 だがしかし、ディアには敵を殺す意思が一切なかったこともあり、強大な力を振るうことはせずに、足止めだけに専念していたのだ。

 敵の軍勢が寒さで戦闘を諦めれば良し。そうでなくとも時間を稼げば、紅介、フラム、イグニスの三人が他の戦場で勝利を収め、内乱自体が終結するまで足止めをしていれば良いとディアは考えていた。

 結果的にディアの思惑とは少し違った形になったが、時間を稼いだことでフラムとイグニスがディアのもとに駆けつけ、あっという間に敵の指揮官を捕らえ、戦いを終わらせてくれたのである。

 だからこそ、自分の代わりに戦いを終わらせてくれた二人にお礼と心配の言葉を告げたのであった。


 そして、もう一つの意味するところは、敵となった相手の兵士たちに犠牲者が出たかどうかを心配するもの。

 ディアは魔法の制御にかなり長けているが、今回のように超広範囲魔法で相手を殺さずに足止めするといった行為をしたことがなかったため、力加減がよくわからなかったのだ。

 付き人である老騎士と相談しながら試行錯誤していたが、上手くいったか自信が持てず、つい心配の言葉を口にしてしまっていた。


「フィア様、ご安心ください。何も問題はございませんでした」


 ディアの心を読み取ったかのような的を射た返答がイグニスからもたらされる。

 その言葉でディアがホッと仮面の下で安堵している最中、南の防衛にあたっていた近衛騎士団所属の数名の騎士とディアの付き人である老騎士が三人に近づき、状況説明を求めてきた。


「も、もしや……終わったと言うのですか……?」


 近衛騎士の一人が眠りについているシプリアンに目を向け、愕然とした震え声でそう溢す。

 近衛騎士団である自分たちが何もせず、ただじっと寒波に耐えていた間に全てが終わってしまっていたのだ。驚くのも無理はない。


 そんな中、老騎士はシプリアンに一度視線を向けた後、すぐさまディアへと顔を向け、ニンマリと皺を深くした笑みを見せた。


「お見事、その一言に尽きますな。誰もが不可能と考えるであろう作戦を立案し、そして遂行してみせたフィア殿は、まさしく救国の英雄と言えましょう。誠に、誠に感謝を申し上げます」


「わたしは足止めをしただけだから。それに、まだ全部が終わったわけじゃない」


 ディアの視線は今現在も紅介が戦っていると思われる北へと向けられる。

 反王派貴族との戦いが始まってからおよそ一時間。

 東、西、南での戦いは終わり、残すは北だけとなっていた。


(こうすけは大丈夫かな……? 早く助けに行かなくちゃ)


 そう決意を胸にしたディア。

 そして、それはディアだけではなかった。


「後は北だけだな。すぐにでも向かうとしよう」


「はい。この茶番劇を終わらせに参りましょう」


 フラムとイグニスも北へと視線を向けながら、紅介を手助けするべく、行動に移そうとしたその時だった。


『――グウォォォォォ!』


 地を揺らすほどの大きな雄叫びが北から南の外壁にまで伝わってくる。

 その雄叫びはただの獣のものとは思えない、低く、耳にした者を恐怖で震え上がらせる凶悪な声だった。


「……ふむ。この叫び声は、あれか」


「この耳障りな鳴き声……。まず間違いないでしょう」


 凶悪な雄叫びを耳にして、その存在を視認せずに何であるのかと理解出来たのは王都広しと言えども、フラムとイグニスの二人だけだろう。


 それは滅多に人の前に姿を現すことはない、凶悪で強力な生物であった。



――――――――――――――――――


 王城でディアたち三人と別れた俺は、エドガー国王から付けてもらった付き人の騎士と一緒に北の外壁へと向かっていた。


 付き人の騎士の名前はセレスト・サンテール。

 ウェーブがかかった金髪ショートカットに、翡翠のような美しい緑色の瞳を持つ、中性的な顔立ちをしたイケメンである。

 男である俺でも、ついついその際立った容姿に目をやってしまうほどだ。正直、羨ましいとさえ思う。

 年齢については聞いていないが、おそらく俺よりは少し年上だろう。


 この世界の人たちは総じて容姿が優れている者が多いが、男でセレストほどのイケメンを見たのは初めてということもあり、戦場へと向かっているという状況にもかかわらず、ちらちらと何度も視線を向けてしまっていた。


「あの……トム殿、何度も私の顔を見ているようですが、どうかされましたか?」


 男性にしては少し高い声でセレストは気まずげに俺へそう尋ねる。

 仮面を着けていたため、視線を向けていたことに気づかれていないかと思いきや、普通に気づかれてしまっていたようだ。

 少し恥ずかしさを覚えながら、謝罪することにした。


「あ、いや、ごめん。何でもないよ。ただ、イケメンだなって思って、つい……ね」


「私がイケメン……ですか?」


 セレストは首を傾げているが、もしかしたらイケメンだという自覚がないのだろうか。いや、普通に考えて、これほどの容姿を持っていながら、それは有り得ないはずだ。緊張しているのか、それともただ謙虚な性格なだけかもしれない。


 俺も僅かに緊張していたこともあり、互いに緊張が解れれば、と考え、走りながらも会話に興じることにした。


「いや、セレストさんは誰がどうみてもイケメンだよ。正直、羨ましいと思ったくらいだし」


「……そうでしょうか? 私は自身の容姿をあまり気に入っていなかったので、そう言われると照れてしまいますね」


 それほどの容姿を持ちながら気に入ってないなんて、贅沢すぎる。


「街を歩くだけで色々な女の人から言い寄られると思うけどなぁ……。もしかして、もう結婚して奥さんがいたり?」


 俺がそう口にした瞬間、セレストは一瞬驚いた表情を見せ、その後すぐに、何故か苦笑いを浮かべた。


「……あの、トム殿、どうやら勘違いをしておられるかと……」


「勘違い?」


「あのですね……今更言い出し難いのですが、私は女です」


 セレストの言葉に衝撃を受け、俺は咄嗟に足を止めてしまう。

 まさか女性であるとは微塵も思っていなかったからだ。

 少数ではあるが、騎士団に女性が所属していることは、王城で数回ほど見掛けたこともあったので知ってはいたが、セレストが女性だったとは考えもしていなかった。

 よくよく思えば、セレストは他の男性騎士に比べて身体の線が細い。

 身長は俺より少し低いくらいなので、男性とも女性とも取れる程度だが、何故女性だと考えが及ばなかったのか、と自分を恥じると同時に申し訳なさが込み上げてくる。


「……本当にごめんなさい。てっきり男性だと……」


「いえ、男性に間違えられるのはよくあることなので、気になさらず。それよりも、もうすぐ北の外壁に到着します。準備はよろしいでしょうか?」


 俺を気遣って話題を変えてくれたのだろう。

 有り難く、そして申し訳なく思いながらも、セレストの気遣いに甘えることにした。


「準備は大丈夫。後はやるべきことをやるだけだ」


 ちょっとしたハプニングはあったが、おかげで緊張は完全に取れていた。残る問題は気持ちの問題だけだ。

 いかに犠牲者を出さず、相手を倒すか。俺が考えることはその一点だけである。




 そして、外壁に到着した俺が最初に目にしたのは、首から上が消し飛んでいた少年の死体であった。

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