第169話 警備体制

「コースケ様、こちらのお部屋でございます」


 イグニスにアリシアたちが滞在している部屋へ案内してもらった。案内された場所は俺の部屋と同じ階にある、二階の空き部屋だ。


 俺は急いでいたこともあり、ノックの存在を完全に失念し、そのままの勢いで扉を開けてしまう。

 ガチャリと大きな音を立てて扉を開けた俺に、室内にいたアリシア、リゼット、ナタリーさん、マリーの視線が全て集まる。

 マリーを除く三人は目を見開き、驚いた表情を見せる中、マリーだけが喜びの声を上げた。


「コースケお兄ちゃん! おかえりです!」


 一人テンションの高いマリーは俺に駆け寄って笑みを見せるが、場違いな空気になってしまっている感じが否めない。

 俺は『ただいま』と小さな声でマリーに囁き、低い位置にある頭を撫でつつも、視線をアリシアに向けた。


「――コースケ先生! 帰られたのですか!」


 アリシアは俺と視線が交わった瞬間に勢いよく椅子から立ち上がり、今までに見たことがない程の感情を表に出す。

 驚き、不安、焦りなどの様々な感情が複雑に絡まりあっているかのような瞳で俺を見つめるアリシア。

 俺はそんな瞳を見て、アリシアの心がとても不安定なものになってしまっていることに気づき、落ち着かせるためになるべく冷静な声音でアリシアに話しかけた。


「ごめん。今帰ってきた。話はイグニスから聞かせてもらったよ。今、王都がどんな状況にあるのかを」


 イグニスからの報告によると、アリシアとリゼットにも王都が反王派貴族の軍勢によって囲まれてしまっていることを簡単に説明したとのことだ。

 わざわざ不安を煽るような情報を伝える必要があったのかどうかは疑問だが、全てが終わった後に知るよりかは幾分マシかもしれない。


「……はい。王都は大変なことになっています。数多くの魔物に襲われ、そして今は反王派貴族の軍勢が。コースケ先生、王都はどうなってしまうのでしょうか……?」


 王族である家族や自分の身の心配は口にせず、王都の心配を口にしたアリシアに感心してしまう。

 仮に俺がアリシアの立場であったなら、まず最初に家族の心配をしてしまうことは間違いない。

 こんな状況にもかかわらず、王女であり続けようとするアリシアのことを俺は助けてあげたいと強く思った。

 そして、俺はアリシアの不安を取り除くために、あえて笑みを見せる。


「――大丈夫。何も心配はいらないよ。俺と仲間たちが必ず王都を救ってみせる。アリシアは俺の生徒なんだから、先生に任せなさい」


 俺が特別講師として学院で教鞭を振るっていたのは短い期間ではあったが、それでもアリシアとリゼットは俺のことを未だに『先生』と呼んでくれている。そんな二人だからこそ、俺は先生という立場でそう言葉にしたのだった。


「……コースケ先生。本当に、本当にありがとうございます……」


 アリシアは頑張って抑えていた感情のダムが崩壊したのか、両の瞳から涙が頬を伝い、そして落ちていく。


「コースケ先生なら絶対に何とかしてくれると私は信じています。頼りにしていますね、コースケ先生」


 リゼットはアリシアとは対照的に、明るく元気な姿を見せる。

 おそらくアリシアが涙を流したからこそ、これ以上暗い雰囲気にならないよう、明るく振る舞ったのだろう。その証拠にリゼットの瞳は僅かに揺らめいていた。


「アリシアが落ち着くまでゆっくりしたいところだけど、時間がないんだ。悪いけど、今すぐ屋敷から出る準備をしてほしい。イグニスとナタリーさん、それにマリーも、だ」


「私はもう大丈夫です。それよりもどこへ向かうのでしょうか?」


 涙を指で拭ったアリシアの顔は、若干の瞼の腫れこそ残っているものの、普段通りの凛々しいものへと戻っていた。


「王城だよ。アリシアには国王様との面会を取り次いでもらいたいんだ。たぶん、アリシアがいないと面会なんて出来ないと思うからさ」


「わかりました。すぐに準備を致します」




 その後、俺はディアたちが待っている俺の部屋へと戻り、そこにいた全員に王城へ向かうことになったことを説明した。


「今、この国の王女様がコースケの屋敷にいるっつうのか? どんな状況なんだよ、それ……」


 ブレイズは呆れたようにそう口にしながらも、王城へ向かうことについては異論を唱えず、身だしなみのチェックを行っていた。


 準備らしい準備は特に無いため、全員が簡単に身だしなみだけを整え、廊下へ出る。

 廊下の窓からは王城が見えることもあり、ブレイズはようやくここが王都であると確信を得たのか、小さな声で『マジで王都じゃねぇか』と呟いていた。


 そして、アリシアたちとの合流を果たした後、そのまま全員で王城へ徒歩で向かうことに。

 屋敷から王城は徒歩で五分程度の距離しかないため、ナタリーさんやマリーでも疲れることはないだろう。


 王城へと向かう道中、俺はアリシアたちに『新緑の蕾』の三人を紹介することにした。


「アリシア、この三人はSランク冒険者パーティーである『新緑の蕾』だ。左から、ブレイズ、ララ、レベッカ――……」


 簡単に三人のことを説明し、無事に顔繋ぎを終える。

 意外なことに、ブレイズは普段の粗野な態度を完全に引っ込め、アリシアに対し、信じられないほど礼儀正しい態度で接していた。王女に対する態度としては、これが当たり前なのだが、普段のブレイズを知っている俺からしてみれば、違和感を覚えざるを得ない光景だ。


「『新緑の蕾』の皆様、この度は誠にありがとうございます。Sランク冒険者である皆様に、ご協力いただけることを嬉しく思います」


「勿体無き御言葉、感謝致します。アリシア王女殿下」


 『新緑の蕾』を代表して、ブレイズがアリシアに頭を深く下げながらそう返答する姿は冒険者ではなく、まるで騎士のようですらあった。




 王城に到着した俺たちはアリシアの働きかけによって、すぐさまエドガー国王との面会を取りつけることに成功し、王城の一室に通されることになった。

 俺たちを案内してくれる人の服装を見る限り騎士ではなく、文官のように見えたため、俺は違和感を覚えて思わず首を傾げてしまう。

 何故なら、今まで俺が王城に来た際には、俺を案内してくれていた人たちは基本的に騎士だったからだ。

 そんな事を思いながら王城内を歩いていると、途中で俺はある事に気づく。

 それは、王城内に騎士の姿がほとんど見当たらないことだ。

 全く騎士の姿がないわけではないが、普段と比べれば明らかに少ないことがすぐわかる。

 今は王都に危機が迫っていることに加え、近衛騎士団の半数が反旗を翻したこともあり、人手が少ないことを知ってはいたが、あまりにも騎士の姿が少ない。

 これで本当に王城の警備は大丈夫なのか、と不安になるほどだ。

 仮に俺が王城に一人で攻めいったとしたら、簡単にエドガー国王を捕らえることが出来るだろう。おそらくブレイズでも同様に可能のはずだ。


 俺が王城の警備に対して危機感を覚えていると、隣を歩いていたブレイズからも、警備に対する指摘の声が囁かれた。


「……コースケ、この程度の警備で王城の守りは大丈夫だと思うか?」


 首を左右に振り、否定の意思をブレイズに示す。


「だよな。国王陛下の周囲がどうなってるかまではわからねぇが、これだったら一人の強者だけでどうにでもなっちまうぞ……」


 同意見だったため、ブレイズの言葉を否定せずに俺も同じ考えを持っていることを口にしようとした時、文官と思われる男性から到着したことを告げられ、部屋に通されることになった。


 そして、扉を開けた先には広い部屋があり、その部屋の一番奥の席には、一目見ただけで疲労していることがわかるほどの草臥れた顔をしたエドガー国王が座っていた。

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