第168話 王都への帰還

 ディアとフラムの協力は得た。


 後は『新緑の蕾』の三人に王都へと帰還する方法を伝えるだけだ。無論、王都に戻る方法があるからといって、王都を守りたいという俺の我が儘に三人を無理矢理巻き込もうとは考えていない。

 俺が三人に提示するのは帰還とその方法のみ。王都に戻ってからどうするのかは『新緑の蕾』の判断に任せたいと思っている。


 そう決心した俺は、三人の瞳を一人ずつ順番に見つめてから、口の中に溜まった唾液をゴクリと飲み込み、口を開く。


「――俺には王都に戻る手段がある」


 嘘や冗談だと受け取られないよう、努めて真剣な表情を作った甲斐もあり、三人の表情には驚きこそあるものの、静かに俺の次の言葉に耳を傾ける。


「だから、俺たち『紅』はすぐにでも王都に戻ろうと思ってる。もし三人も王都に戻ろうと考えているなら、一緒に連れていくよ」


 三人には自分勝手過ぎると思われるかもしれないが、俺は一刻でも早く王都に戻り、俺が助けたいと思う人たちのために自分が出来ることをしたいのだ。ここで悠長にしている時間はない。そのため、俺は一度頷いてから視線で三人の決断を促す。


 すると、三人は互いに顔を見合わせ、そして決意を秘めたような熱い瞳で、ブレイズが『新緑の蕾』を代表し、こう答えた。


「ありがてぇお誘いだな。勿論、俺たちも王都に連れてってもらうぜ。今回の依頼じゃ何の役にも立てなかったが、これでもSランク冒険者だ。何かしらの役には立てると思うぜ?」


 任せろと言わんばかりに、ブレイズは自信に満ち溢れた顔をしながら拳を作り、自身の左胸をトントンと二回叩く。

 ララは胸の前で拳をぎゅっと強く握りしめ、レベッカは腕を組ながら『全く……仕方ないわね』と笑みを浮かべながら小さく呟いていた。


「ありがとう。それと、急に王都に戻りたいなんて我が儘を言ってごめん」


「気にすんな。んで、そんなことより、どうやって戻るんだ? 俺たちに手伝えることがあるなら言ってくれ」


「俺一人で大丈夫。戻る方法については説明する時間も惜しいし、見てもらった方が早いから、俺についてきてほしい」


 俺は『空間操者スペース・オペレイト』で自室のクローゼットにあるゲートへと繋げるためのゲートを造り出すべく、周囲を見渡し、設置出来そうな場所を探す。

 ゲートを設置したままにしておきたいこともあり、人や魔物に見つからない場所が好ましいのだが、周囲には隠しておけそうな場所は見当たらない。

 前後は切り開かれた道、左手には森、右手にはマギア王国との国境にもなっている岩肌を剥き出しにした山脈。

 多少歩いたところで、周囲の景色はそうそう変わることはないだろう。

 設置場所をどこにしようかと数秒間思案した俺は『無いなら、無理矢理作ればいい』との結論に達し、右手にある岩壁へと近づき、手をかざす。

 そして大地魔法を使用し岩壁をくり抜いて、高さと奥行きが二メールほどの洞穴を作り出した。


「皆、この中へ」


 手招きをして五人を呼び寄せ、洞穴の中に入ってもらう。


「ディア、明かりをお願い」


「わかった」


 外からは日の光が射し込み、洞穴の中をある程度照らしてはいるが、未だに薄暗いこともあり、視界を完全に確保するため、ディアに小さな火球を作ってもらう。


「おい、コースケ。こんな洞穴をわざわざ作ってどうするつもりなんだ?」


 ブレイズは周囲に目をやりながら、俺に質問を投げかける。


「もうちょっと待ってて。準備はもうすぐ終わるから」


 俺は洞穴の入り口に目をやり、誰もいないことを確認し、再び大地魔法を使用。そして洞穴の入り口を、切り抜いた岩石を再利用して塞いだ。

 勿論、酸素を確保するための通気孔は忘れず、野球ボール一つ分ほどの小さな穴を開けておく。ちなみに、余った岩石は大地魔法で粉々にしてあるので、ここに洞穴を作ったことが他者に気づかれる心配はないだろう。


 これで、準備は全て整った。後はゲートを造り出すだけだ。


 洞穴の行き止まりまで歩を進めた俺は、何もない空間に手をかざし、『空間操者』を発動した。

 目の前に黒い靄のようなものが現れ、ゲートが完成する。

 俺は目の前にあるゲートと自室のゲートを空間接続し、無事に接続が完了した手応えを感じた後、後ろを振り向く。


「これが俺のスキルで造り出した転移装置だよ。この靄みたいなものに足を踏み入れれば、王都にある俺の屋敷に繋がるようになってる」


「……おいおい。とんでもねぇスキルだな……」


 ブレイズは驚きを通り越して、最早呆れているような口振りだ。


「物だけじゃなくて、生きた人間までも転移させるスキル……。興味深い」


 ララは俺のスキルに興味津々なようで、目付きを鋭くしながら、じっとゲートを見つめている。


「これで本当に王都に戻れるのだとしたら、コースケがこのスキルを私たちに隠してたのも頷けるわね。これは他人に話していいスキルじゃないもの。世界の物流だって変化させることが出来てしまうわ」


 レベッカはこのスキルがもたらすであろう影響力について語っていた。

 実際は様々な制限があり、そこまで便利なスキルではないのだが、わざわざ否定をするようなことはしない。スキルについて語っている時間が惜しいからだ。


「それじゃあ、そろそろ――」


 行こう、と口にしようとした時、ブレイズがその言葉を遮るように声を上げた。


「悪いが、少し待ってくれ。ララ、レベッカ。わかってるとは思うが、コースケのスキルについては他言すんな。――絶対だ。コースケは俺たちを信用してくれたからこそ、スキルを教えてくれた。だったら俺たちはその信用に応えなきゃなんねぇ。わかるだろ?」


 ブレイズのこの言葉に、思わず俺は笑みを溢してしまいそうになる。

 俺がわざわざ口止めをする必要がなかったことが嬉しくて堪らなかったからだ。


「当然」


「言われなくてもわかっているわ。それより、アンタが一番気をつけなさいよね。うっかり口を滑らしそうだもの」


「滑らせねぇーよ!」


 重たい雰囲気がガラリと変わり、洞穴の中に『新緑の蕾』の笑い声が響き渡っていく。

 そんな様子を見ていた俺たち『紅』も、つい釣られるように笑みを浮かべた。


「待たせたな、コースケ。いつでもいいぜ」


「ありがとう。ブレイズ、ララ、レベッカ。それじゃあ、行こう。俺についてきてくれ」


「おうよ」




 俺を先頭にゲートをくぐり抜け、クローゼットの戸を開いた先には、イグニスが頭を下げている姿があった。


「皆様、お帰りなさいませ」


 完璧な執事を演じるイグニスが俺たちの帰りを出迎えてくれる。

 イグニスは一瞬視線を『新緑の蕾』の三人に向けたが、特に何かを口にすることはなく、平然としていた。


「ただいま、イグニス。後ろにいる三人は、今回一緒に依頼を受けてくれたSランク冒険者の『新緑の蕾』。一緒に王都へ戻ることになったから連れてきたんだ」


 簡単に三人をイグニスに紹介し、ブレイズたちにはイグニスのことを俺たちの執事だと紹介する。

 だが、イグニスを紹介している最中、ブレイズたちはどこか上の空になっている様子だった。三人の眼球の動きを注視してみると、部屋の中をキョロキョロと見ているようだ。

 イグニスもそんな三人の様子に気づいたらしく、微笑ましげに三人を見ていた。


「……本当に王都なのか? ここは」


 ブレイズがそう小さく呟くと、声を拾ったレベッカが窓の外に視線を移して答える。


「間違いないと思うわ。ここはたぶん、貴族が多く住んでいる区画のはずよ」


 俺の部屋からは王城が見えないため、ブレイズは確信を得られていないようだが、レベッカには見覚えのある光景らしい。


 呆気に取られているブレイズたちを一度放置することにした俺は、イグニスに今の王都の状況を聞くことにする。


「イグニス、王都の状況は?」


「今のところ、戦闘は始まっていないようでございます。ですが、それも時間の問題かと」


 ちらりと時計に視線を向けたイグニスは、追加の情報として『早くて十五分後には戦闘が始まる可能性がございます』と付け加えた。


「……十五分か」


 時間がないことを再確認し、俺はディアとフラムと『新緑の蕾』の三人をこの部屋に残し、イグニスにアリシアたちがいる部屋へと案内してもらうことにしたのだった。

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