第148話 半日の猶予
紅介たち六人が宿場町ロージに到着した日の朝――王都プロスペリテは混乱の坩堝と化し、大騒動となっていた。
原因は万に達する程の魔物が王都へと迫ってきていたことにある。
魔物の襲来という緊急事態に対し、エドガー国王は昨日のうちに王都にいる者全てに、この凶報を伝えていた。
二日前に王城内で行われた王国の内政に関わる有力者を集めた会議では、王都にいる者たちの混乱が予想されるため、魔物の襲来を民衆に伝えるべきではないという意見も出ていたが、王都が魔物に包囲されそうになっている状態で王都を出る者がいれば、その者が危険に晒される可能性が高いという点を考慮し、凶報を伝えることになったのだ。
その結果は案の定と言うべきか、民衆は混乱状態に陥り、ある者は絶望のあまり泣き叫び、またある者は教会へ行き、己の信じる神へ祈りを捧げたりと、王都の平穏な日々は崩れ去っていった。
中には王都から逃げ出そうとした者も数多く存在したが、王都の出入口である四つ門は全て王命によって通行禁止となっていたため、王都から出ることは叶わず、民衆の一部は暴徒と化し、混乱に拍車をかけた。
そして現在、王城内のとある一室で三人の男女が険しい表情を浮かべながら、話し合いを行っていた。
一人はラバール王国を治めるエドガー国王。この話し合いを設けたその人である。
もう一人いる男性はラバール王国の宰相位を戴くオーバン・クール侯爵。この話し合いの場では書記のような役割を担っている。
最後の一人の女性――それは王都の冒険者ギルドのギルドマスターでありながら、この国の男爵位を持つアーデル・ベルナール男爵。二日前にエドガー国王から直筆の手紙を受け取り、この話し合いに参加することになった。
「不幸中の幸いと言うべきか、魔物の襲来は後半日はかかると早朝に報告が入った」
当初の予想よりも魔物の進行速度が遅く、魔物の襲来があると報告が入った日から二日半程の猶予が出来たことは喜ぶべき事柄だと言えよう。
無論、魔物さえ襲来してこなければ、このような事で喜ぶ必要などなかったのだが。
「後、半日か……。時間的な余裕が出来たのは喜ぶべきだろう。だが、夜に魔物が到着するとなると、それはそれで厄介だ」
エドガー国王からの情報を聞いたベルナール男爵は険しい表情を崩さずにそう告げた。
視界の確保が難しい夜での戦闘ともなれば、人よりも魔物が有利な状況になることは火を見るより明らか。
魔物をよく知るベルナール男爵からしてみれば、多少早くとも日が昇っている時間帯での到着の方が戦闘をする上では好ましいと考えていた。
「確かに夜間での戦闘は厳しいものがあるだろうな。それでもやらなきゃ王都は終わる。いや、王国が終わるかもしれないか。――それよりベルナール男爵に一つ聞いておきたい。冒険者の方はどれほど集まりそうだ?」
「数は千人いくかどうかといったところだ。質に関して言えば、残念ながら良いとは言えない」
「それは上級冒険者の数が少ないってことか?」
「数は大方予想通りの人数は集まる予定だ。問題は王都を拠点にしているSランク冒険者パーティーの一つが依頼で王都を離れてしまっている点にある」
Sランク冒険者パーティーが一組いないだけで戦力はかなり減少してしまう。
低級の魔物相手なら一騎当千が可能なSランク冒険者の戦力を補うともなれば、騎士を百人単位で増員して補えるかどうかといったところだ。
エドガー国王は深いため息を吐きながら、どうにかならないものかと思案する。
(騎士の増員はこれ以上不可能。既に全騎士の動員は済ませてるしな……。無い袖は振れん。ともなると『紅』に頼るしかないか……。全力を出してもらえれば、Sランク冒険者の代わりは十二分に務まるはずだ)
「いないなら仕方ないと割り切るしかないな。他でその穴を埋める」
「何か当てがあるようだが、もしその当てが『紅』のことなら、諦めるのだな」
「……どういうことだ?」
考えていたことを言い当てられた驚きもあったが、それよりもベルナール男爵の言葉の意味に疑問を抱かざるを得ない。
「『紅』は今、依頼で王都から遠く離れた場所にいる。先の話で出たSランク冒険者パーティーと一緒に、だ。不運というものは得てして重なるものだな。……全く」
ため息混じりにベルナール男爵はそう口にするが、エドガー国王からしてみれば、ため息を吐きたいのはこちらの方だといったところ。
Sランク冒険者パーティーの一つが不在。さらには虎の子である『紅』さえも不在となれば、戦力の低下は計り知れない。
(王都にいる騎士団と軽歩兵、それに傭兵を合わせると動員出来る人数は一万と少しか……。そこに冒険者千人が加わったとして、この難局を越えられるのか……?)
正確な数は未だに判明していないが、予測される魔物の数は約一万。対して王都防衛に参加する者たちもほぼ同数。
正直言って確実に王都を守りきれるかと問われれば、答えは否だ。
仮に魔物が全てゴブリンなどの低級な魔物であれば、勝利は間違いないと言えよう。
しかし、現実はそうではない。
何十、下手すれば何百種類もの魔物が王都に近づいてきている。
その中には強大な魔物がいるかもしれないのだ。楽観視することなど、とてもじゃないが出来るわけがなかった。
そんな思考に耽っていたエドガー国王にクール侯爵は恐る恐るといった様子で声をかける。
「陛下、恐れながら魔物が到着するまで残り半日しかありませぬ。籠城作戦を取るのか、それとも王都の外に打って出るのか、ご採択を」
「それなら決めている。――打って出るぞ」
「私もその意見に同意する。籠城作戦など無理だろうからな」
ベルナール男爵の言葉通り、エドガー国王も籠城作戦は不可能だと判断していた。
理由としては、騎士団や軽歩兵だけならいざ知らず、傭兵や冒険者がこの防衛戦に参加する点にある。
籠城戦には籠城戦なりの戦法があり、一朝一夕で連携が取れるものではない。
ましてや冒険者に限って言うと、指揮権がこちらにないのだ。あくまでも任意の協力者であるため、無理矢理に命令を下すことは出来ない。
他にも食糧の貯蔵量などの問題もある。
魔物に包囲されている状況で外部からの補給は不可能。戦いが長引けば長引くほど、敗北の二文字が浮かび上がってきてしまう。
以上の点を考慮した結果、エドガー国王は籠城戦を選択しなかったのである。
「かしこまりました。陛下。その様に手配させていただきます」
「ああ。後は戦場を照らすための薪と油を大量に用意しておいてくれ。備蓄を全て開放しても構わない」
「――ハッ! ただちに手配して参ります」
クール侯爵は王命を遂行するため、部屋を後にした。
そして部屋に残された二人は話し合いを続ける。
「結局のところ、Sランク冒険者パーティーは今回の防衛戦に何組参加してくれるんだ?」
「二組だ。人数は七人だが、パーティー単位で行動させた方が良い。冒険者というものはパーティーで戦ってこそ最大限の力を発揮するものだからな」
「なるほどな。参考になった。ならその二組は東西に配置するか。手が空くようだったら南北にも行ってもらえるよう指示してもらえないか?」
冒険者に指示を出すのなら、国王ではなくギルドマスターが行った方が穏便に事が運ぶ。だからこそ、エドガー国王はベルナール男爵に援助を求めた。
「わかった。その二組には私から直接指示を出そう。しかし過度な期待はしない方がいい。いくらSランクと言えども、限界はある。『紅』と同じだけの力を持っているとは思わないことだ」
「『紅』の実力はそれほどと言うわけか……」
ベルナール男爵が『紅』について言及したのはこれが初めてであった。
エドガー国王は『紅』の情報を詳しく聞きたいという気持ちに駆られるが、ぐっと抑え込む。
(どうせ聞いたところで教えてくれることはないだろうしな……。それよりも今は魔物の襲来について考えるべき時だ)
その後、冒険者の配置について二人は話し合いを行い、この場は解散となった。
そして予想通り半日後、数多の魔物が現れた。
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