第147話 博打

 執行鬼エンフォーガの相手はフラムに引き受けてもらっている。

 だからこそ俺は吸血ヴァンパイア王女・プリンセスだけに集中することが出来る。


 紅蓮を構え、吸血王女との距離をじわりじわりと摺り足で詰めていく。


 魔力をほぼ使い尽くしてしまっため、魔法は使えない。

 つまり、紅蓮だけで吸血王女を倒さなければならない状況。とてもではないが、肉体的にも万全とは言い難い。

 しかし、それでもこの戦いから逃げることは出来ない。いや、逃げようとは思わない。


 人を喰らう魔物――吸血鬼。


 この世界にどれ程の魔物が存在するのかを俺は知らない。

 けれども、吸血鬼という人に甚大な被害を与える存在を知り、そして今、目の前で相対している以上、倒さなければならない。

 そんな使命感のようなものが、俺を突き動かす。


 俺と吸血王女との距離は五メートル。一瞬で詰められる距離だ。

 しかし、容易に間合いを詰める真似は出来ない。

『自己再生』が使えない状況で深傷をもらえば、そこで敗北が決まってしまうからだ。

 そして吸血王女も俺への警戒心からか、間合いを詰めてくる様子は見受けられない。

 前回の戦闘経験から、俺が何かしらの隠し玉を持っているものだと思い込んでいるのだろう。

 魔力が枯渇している今、隠し玉などあるはずもないのだが、勘違いをしてくれているのであれば、こちらとしては好都合だ。


 それなら――と俺が先手を取るため、動き出す。


 あえて紅蓮を一度鞘へと戻し、右手を紅蓮の柄に、左手を鞘に添えた状態で吸血王女との距離を一息で潰す。

 一歩、二歩と歩を進める中、俺は自分の身体の動きの悪さに悪態を吐きたい気持ちに駆られそうになる。

 明らかに脳と身体の動きがリンクしていなかった。

 血を流しすぎた点については重々承知していたつもりでいたが、想像以上に身体の動きが悪い。

 感覚的に言えば、六割以下程度の力しか出せていないように感じる。

 これでは『魂喰者ソウルイーター』で身体能力が大幅に強化されている吸血王女相手にまともに撃ち合うのは難しい。


 ――だが、やるしかないのだ。

 身体の動きが悪いなら、無理矢理にでも動かすしかない。


 そう決心した俺は『血の支配者ブラッド・ルーラー』の能力の一つである血流操作で体内の血の流れを加速させた。

『血の支配者』は魔法系統のスキルではないため、血流を操作する際には魔力を必要としない。

 そして俺は血液循環を促進させることで酸素を身体中に巡らせ、身体の動きを向上させる。

 しかし、過度に酸素を取り込んだせいか、徐々に目眩が激しくなっていく。

 タイムリミットは近いと判断した俺は、勢いそのままに吸血王女へと突撃する。


 両者の攻撃が届く距離まで俺は近づく。

 だが、俺はまだ紅蓮を抜かない。

 その結果、先に攻撃を仕掛けてきたのは吸血王女だった。

 さらに距離を詰めてくる俺に対して、鋭く長い爪で俺を切り裂かんとばかりに上段から右腕を振り下ろす。

 吸血王女の予備動作を完全に見切っていた俺は、腕が振り下ろされる直前で足を止め、後の先を取る。


 ――抜刀。


 居合術による神速の一撃で吸血王女の右腕を斬り飛ばす。

 そしてニの太刀をもって、とどめを刺しにかかる。

 しかし、最悪のタイミングで激しい目眩と吐き気が俺を襲う。血流操作のタイムリミットが訪れたのだ。

 動きが鈍ったせいで僅かにニの太刀の出が遅れたことによって、吸血王女に後方へと回避され、右腕一本と首筋に浅い傷を与えるだけとなった。


「ミ! ミギウデヲ……! ――クソガァァ!」


 激しい憤怒の感情で吸血王女の隠していた本性が露になる。

 声色も女性らしいおしとやかなものから、獣のような荒々しいものへと変化し、残された左腕を俺に向かって乱雑に振り回す。

 乱雑な攻撃ではあるが、吸血王女の凄まじい身体能力から放たれる数々の攻撃は脅威そのもの。

 俺は必死に回避をし続けるが、次第に裂傷を増やしていってしまう。

 頬や肩、そして腕から出血していく。

 致命傷となる攻撃をなんとか回避するので精一杯の状況。さらに魔力が尽きているため、『自己再生』は発動せず、傷は増えていく一方となる。


「――シネェェッ!」


 この言葉と共に、大振りだった攻撃に変化が現れる。

 線から点の攻撃に切り替わったのだ。

 鋭く長い爪で俺の心臓を突き刺すかの如き一撃。


 回避は――間に合わない。


 そんな状況に追い込まれた俺は大博打を打つ。

 回避を諦め、攻撃へと転じたのだ。

 視界にはコマ送りのように長い爪が迫ってくる光景が映る。

 俺は吸血王女の爪の先に左手をかざしながら、右手に持った紅蓮で突きを放つ。


 そして俺と吸血王女の攻撃が互いに突き刺さる――


「オ……ノレ……ク、ソガ……」


 吸血王女の爪は俺の手の平から左腕を貫き、俺の紅蓮は吸血王女の胸を貫いたのだった。


 地へと倒れた吸血王女は完全に絶命していた。俺の左腕を貫いたままの形で。

 その光景は、まるで互いの手を握りあっているかのような姿に見えることだろう。


「はぁ……はぁ……。俺の勝ちだ。吸血鬼」


 既に吸血王女は死んでいる。にもかかわらず、俺の口からは自然とそんな言葉が出ていた。


 吸血王女の血飛沫を浴びたことで『血の支配者』が発動したが、俺に扱えるスキルがなかったこともあり、スキルのコピーを破棄し、疲労のあまり地面へと仰向きに倒れ込む。


 身体はボロボロ。血も足りていない。

 それでも俺は勝利し、こうして生き残った。


 執行鬼はフラムに任せるしかないか――そう考えた時だった。


「主よ、どうやら勝ったようだな。見ていてハラハラしたぞ」


 あっけらかんとした様子でフラムが俺へと声を掛けてきた。

 フラムの右手には執行鬼の首から上がぶら下げられている。

 俺と吸血王女が戦っている間に執行鬼を仕留め、俺の戦いぶりを観戦していたようだ。


「ご覧の通りボロボロだけどね。魔力も空っぽだよ」


「怪我は後でディアに治してもらえばいい。それよりも――ほれ」


 フラムは手に持っていた執行鬼の首を俺へと放り投げてくる。

 俺は仰向けの体勢のまま、それをキャッチした。


「ええっと……これは一体どういうこと?」


 一瞬、新手の嫌がらせか何かかと思ったが、どうやら違ったようだ。


「この吸血鬼が持っていた『致命の一撃クリティカル・ブロー』は使えると思ったから、主への土産にとな」


 要するに『致命の一撃』をコピーしろということらしい。

 ありがたい配慮だとは思うが、生首を投げ渡すのはやめてもらいたいものだ。


「あー……ありがとう。コピーさせてもらうことにするよ」


 俺は執行鬼の首から滴り落ちる血液に触れ、『致命の一撃』をコピーしたのだった。




 その後、俺は何故かフラムにお姫様抱っこでディアの下まで運ばれ、恥ずかしい思いをさせられる羽目に。


「こうすけ、その怪我……」


 俺のボロボロになった姿を見たディアは呆気に取られた表情をした後、すぐに駆け寄ってきた。


「大丈夫、と言いたいところだけど……。ごめん。魔力が尽きて自分じゃ怪我を治せないから、ディアに治してもらおうかな……と」


「……わかった。でも、これからはあまり無理はしないで」


 ディアの感情は普段からわかりにくいが、怒っているということがはっきりと伝わってくる。


「……ごめん」


 素直に謝罪する。

 自分自身でもかなりの無茶をしてしまったと思っていたからだ。


「うん」




 こうして、この町にいた全ての吸血鬼の討伐が完了したのだった。

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