第127話 産業都市リシェス

 ラバール王国第二の都市――『産業都市リシェス』

 この都市は製造業、魔道具開発など多岐に渡ってラバール王国の産業を支えているらしい。

 王都であるプロスペリテとの違いは王城の有無程度であり、都市の規模や外観には大した差違はないように見える。


 そんな大都市リシェスに王都から馬車で四日かけ、ようやく到着した。


「はぁ……やっとリシェスに着いたのね。普段なら王都から三日程度で着くはずなんだけど、あれだけ魔物に襲われると流石に予定より遅れてしまうわね」


 レベッカは少しやつれ気味な表情で愚痴を溢しているが、愚痴を言いたくなる気持ちは十二分にわかる。


 主な原因は相次ぐ魔物の襲撃。

 日毎に魔物との遭遇回数が増えていき、俺たちの精神力と体力は大きく削られていた。

 さらに夜には盗賊や魔物から隊商キャラバンを守るための見張り番を行っていたこともあり、ろくに睡眠時間を確保できていなかったのだ。

 こういった事情から俺たち六人はリシェスで休息を取るため、一泊することに決めている。

 ちなみに隊商の護衛については最初からリシェスまでとなっていたらしく、休息を取っても問題はない。


「俺は早く寝てぇ。後、美味い飯も食いてぇ」


「兄さんの気持ちはわかるけど、まだ昼前。今寝たら買い物が出来ない」


 俺たちがリシェスに到着し、隊商の商人たちと別れた時間はおよそ午前十時。

 いくら睡眠不足で眠いと言っても、この時間から寝てしまえば起床する頃には日が沈んでしまっている時間になっているだろう。

 そうなれば、いくら大都市とはいえども店が閉まってしまい、食料やレベッカの矢を補充することが出来なくなってしまう恐れがある。


「ひとまずは宿を取ろう。風呂に入ってさっぱりしたいし」


 街の中でうだうだ話していても意味がないと考え、皆に提案を行う。


「わたしはこうすけの意見に賛成」


「私もだ。そしてその後は食事をしよう」


 ディアとフラムが俺の提案に賛成したことで、まずは宿を探すことになった。


「風呂付きの宿ってなると、そこそこいい宿ってことになるか。なら――あそこにするか」


『新緑の蕾』の三人はリシェスの地理に詳しいようで、ブレイズはここから五十メートルほど先にある大きな建物を指で差す。

 その建物は一目で高級な宿だとわかるほど、立派な外装をしていた。


「そうね。あそこにしましょう。街の中心に近いあの宿なら買い物をするにも移動が少なく済むし、便利だわ」




 俺たちは早速宿の中へと入り、フロントで一泊したいことを告げる。


「一泊ですね。かしこまりました。少々お待ち下さい」


 従業員の若い女性は名簿のような書類の束を取り出し、空き部屋の確認を行う。

 すぐに部屋へ案内されず、空き部屋の確認を行うということは、もしかしたら部屋があまり空いていないのかもしれない――そんな事を考えながら待っていると、見事に俺の予想が的中してしまう。


「お待たせいたしました。現在、三人部屋が二部屋と二人部屋が二部屋の空きしかございませんが、よろしいでしょうか? 空いているお部屋のグレードは全て最上級のスイートのみとなっております」


「……げ。普通の部屋の空きはねぇのか……。ちょっと待っててくれ。相談したい」


「かしこまりました」


 ブレイズは宿の従業員に待ってもらい、俺たちと相談を行う。

 もちろん相談内容は部屋割りについてだ。


「――さて、どうすっか。つか『紅』はこういう時どうしてんだ?」


「私たちは別に三人部屋で構わないぞ? 前にもそうしたことがあったから問題はない」


 あたかも代表者のようにフラムが『三人部屋で構わない』と答えるが、俺としては若干の気恥ずかしさがある。

 屋敷で一緒に暮らしているのに何を今さらと他人からは思われるだろうが、広い屋敷の別室で過ごすのと宿の同じ部屋にある別室で過ごすとでは訳が違う。

 四日ぶりに柔らかいベッドで寝ることが出来るにもかかわらず、緊張のあまり熟睡出来る気がしないが、空いていないのであれば仕方がないと割り切るしかない。


「『紅』……すげぇな。いや、この場合はディアちゃんとフラムちゃんがすげぇのか? 男の俺が言うのもあれだけどよ、よく男と同じ部屋で泊まれるな」


「わたしは平気。こうすけを信頼してるから」


 このディアの反応に喜ぶべきか、悲しむべきか……。いや、ここは素直に喜んでおこう。


「私たちじゃ考えられないわね。いつもブレイズだけは別の部屋にしてるし」


「けどよ、『紅』は一部屋でいいとして、俺たちは二部屋取るってのか? スイートしか空いてねぇみたいだし、結構金かかるぜ? 苦労した隊商の護衛代がパーになっちまう」


「うっ……! そう言われると考えものね……。なら私たちも同室でいいわよ。――但し、アンタの事は拘束させてもらうけど」


 ブレイズとレベッカが部屋割りについて頭を悩ましている中、ララはどちらでも構わないといった様子で二人を眺めていた。

 ララからしてみればブレイズは兄であり、レベッカは同性ということもあって、どちらに転んでもいいと思っているのだろう。


 すると従業員の女性が少し困った表情を浮かべながら二人の会話に割り込む。


「お話し中に申し訳ありませんが、この宿には各部屋に鍵もございますので……」


 続く言葉を女性従業員は口にはしなかったが、予想すると『気にしなくていいのでは?』といったところだろうか。後は『早く決めてほしい』という意味合いも含まれていそうだが。


「んじゃ、三人部屋を二部屋頼むわ。レベッカもそれでいいな?」


「……わかったわよ。でも手足は拘束させてもらうから」


 鍵があっても信用しないとは……。もしかしたらレベッカの反応が普通なのかもしれないけど。




 その後、ブレイズたち『新緑の蕾』と三時間後に宿のロビーで集合と決めてから、それぞれの部屋へと別れ、各々自由な時間を過ごしたのだった。


 そして三時間後、ロビーで再集合してからリシェスの街へと六人で繰り出した。


 街は王国第二の都市なだけあってかなりの賑わいを見せている。

 あちらこちらで客を呼び込む声が飛び交い、それに釣られて多くの人々が集まったりと王都に負けず劣らずの賑わいだ。

 その中で特に人を集めているのは魔道具専門店らしき商店。

 客層を見る限り、冒険者向けの魔道具店ではなく、庶民向けの所謂、生活魔道具を主に扱っている店のようだ。


「本日は新商品の大特価セールを行っております! 特にお勧めの商品はこちらの新型水道魔道具! 従来品に比べ、魔石消費効率が約三十%改善され、さらに温水、冷水の切り替えが自由自在! ぜひ、ご覧下さい!」


 ……欲しい。特に温水、冷水の切り替えが自由に出来るところがすごい。これは――買いだな!


 俺は皆に一言残し、商店の前に出来た人混みの中へと一人潜り込む。


「すいません! 新型水道魔道具を十個下さい!」


「――十個ですか!? 一つ銀貨50枚なので合計金貨5枚になりますが……」


 何故か動揺している様子の店員を無視し、俺はアイテムボックスから金貨を5枚取り出し、魔道具を購入したのだった。


「ありがとうございました!」


 購入した魔道具をアイテムボックスにしまい、少し浮かれ気分で皆の下へと戻る最中、商店に集まっていた客たちの声が耳に入ってくる。


「どこの金持ちだよ。そもそも十個も必要あるのか?」


「もしかしたら貴族の方かも知れないわね」


「それなら納得……か?」


 ……ん? 何かおかしいところなんてあったかな。


 一瞬そんな事を考え、足を止めかけたが、皆を待たせていることもあり、その場を後にした。


「ごめん。待たせた」


「いや、それはいいけどよ……十個もいるか? 普通」


 どうやら魔道具を買っている姿をブレイズに見られていたようで、何故か呆れた様子で俺にそう尋ねてきた。


「屋敷の水回りを全部交換したいと思ったんだよ。それと壊れた時のために予備も必要だし」


 王都では見たことがない魔道具だったので、つい予備まで購入したが、後悔はしていない。こんな便利な魔道具があるとは流石は産業都市といったところである。


「つか屋敷に住んでんのかよ。もしかして俺たちより金持ってんじゃねぇか?」


 屋敷はエドガー国王から褒美として貰った物なので、金は銅貨1枚すら払っていない。

 そんな経緯を知るわけがないブレイズからすれば、俺たちが金持ちだと勘違いしても無理はないだろう。


「色々あって屋敷を手に入れただけだから、お金自体はそんなに持ってないよ」


 金貨を2000枚近く持っているが、おそらくブレイズたちより金持ちということはないはずだ。

 Sランク冒険者ともなれば、一つの依頼で金貨数100枚を稼ぐこともあると聞いたことがあるので、ブレイズたちは相当金を持っているに違いない。


「嘘くせぇ……。まぁそんなことより、さっさと武器屋に行こうぜ。レベッカの矢を補充しなくちゃならねぇしな」


 レベッカ曰く、まだまだ矢のストックに余裕はあるが、この先も魔物との遭遇が多かった場合、ストックを切らす可能性があるとのことだ。そのため武器屋で矢の補充をすることになった。




 街中を歩くこと数分。

『新緑の蕾』が懇意にしているという武器屋に到着した。

 その武器屋はリシェスにある他の建物と比べると、幾分か古くさい外観をしている。


「目的の武器屋はここなのか? 随分とボロいぞ……」


「そうよ。確かに見た目はあれだけど、店主の腕は間違いなく優秀だから心配いらないわ。知る人ぞ知る名店ってとこかしらね」


 店主が確かな腕を持っているのであれば、店の外観でかなりの損をしていそうである。

 その証拠に外から店内を覗いてみても、誰一人として客がいる様子はない。


「誰も客がいないってことはレベッカの言葉通り、知る人ぞ知るってことなのかな」


 俺がそうポツリと呟くと、レベッカは店内に視線を向け、どういうわけか首を傾げる。


「……少しおかしいわね」


「おかしい? 店員は普通にいるみたいだけど……」


 ドワーフと思われる男性が店内を忙しなく動き回っている姿が外から窺える。


「そうじゃないわ。客が一人もいないってことがおかしいのよ。知る人ぞ知るなんて言ったけど、客が一人もいないなんて初めて見たわ。――とりあえず中に入ってみましょ」


 店に入るために扉を開けると、扉に取り付けられた鈴が『カランカラン』と音を奏で、その音を聞いたドワーフの店員がこちらに視線を向け、口を開いた。


「……誰だと思ったら新緑か。――悪いが、お前さん方に売れるものはないぞ」


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