第128話 買い占め
ドワーフの店員は俺たちが店に入るなり、『売れるものはない』と商品を売ることに拒絶を示す。
「売れるものはないってどういう意味よ。私たちが何かしたってわけ!?」
いきなりの拒絶の言葉に反発するようにレベッカは声を少し荒げながら鋭い視線を向ける。
すると、ドワーフの店員は首を左右に振ってから店の中をぐるりと見渡し、覇気のない声音で釈明した。
「すまぬな。勘違いをさせたようじゃ。ほれ、お前さん方なら店の商品を見ればわかるじゃろ」
店に並べられた商品を見てみると、そこには店の広さに対して商品の数が些か少ないように見える。
加えて、この店は名店だと先程レベッカは言っていたが、俺にはそうは思えない。何故なら質の良い武具は一つとして見当たらなかったからである。
おそらくどの武具も簡単に製造が出来る鋳造品だろう。
鋳造とは素材の金属を熱で溶かし、型に流し込むだけで作る製法のことだ。
大量生産が可能で安価というメリットはあるが、その代わりに鍛造品と比べると強度が低下してしまうことから、下級冒険者ならまだしも、上級冒険者が使用する代物ではない。
そしてレベッカも店の品揃えを見たことで納得したのか、鋭い視線を引っ込め、普段通りの態度に変わる。
「そういうことだったのね。私も早とちりをしてしまったわ。……ごめんなさい。それで一体どうしたってわけなの?」
レベッカは謝罪をしてからこの店の状況について尋ねると、ドワーフの店員は一度深いため息を吐き、事情の説明を始めた。
「先に結論から言えば、この店の商品のほとんどが買い叩かれてしまったんじゃよ。――このリシェスを統治する公爵様にな」
「……買い叩かれた? それは適正価格じゃなくてってこと?」
「その通りじゃよ。もちろん赤字になる程じゃないがな」
店が赤字にならない程度の価格で買い取ることで、過度な不満を抱かせないようにしたのだろうか。
仮に買い取りではなく、接収だったとしたら民の不満は爆発し、下手をすれば暴動が起きる可能性もあったかもしれないが、そこは上手くコントロールしているようだ。
しかし、一体何故領主がこの店の武具のほとんどを買い取ったのかといった疑問は残る。
そしてその疑問を抱いたのは俺だけではなかったようで、ブレイズが話に加わって疑問を問いかけた。
「要するに貴族様に商品を買い叩かれちまって、俺たちに売れるものがねぇってのはわかったんだけどよ、そもそも何でその貴族様はこの店の武具を買っていったんだ?」
「この店だけではない。リシェス中の武器店で武具を買い集めているようじゃ。理由については噂程度にしか知らぬが、最近魔物が増えていることと関係があると聞いたことはあるのじゃが……」
ドワーフの店員は顎髭を撫でながらそう答えるが、あまり自信がないのか言葉尻が小さくなっていた。
「ちょうど俺たちも王都からリシェスに来るまでの道中で多くの魔物に襲われちまって苦労したばっかだぜ」
ブレイズは冗談混じりにやれやれといった表情を浮かべながら肩を竦め、再び話を続ける。
「ジィさんに聞いてもわからねぇかもしれねぇが、リシェスの冒険者はどうしてるんだ? 普通、街の近くに魔物が大量発生してるってなりゃあ、貴族様より先に冒険者が動くだろ」
魔物の情報について冒険者ギルドの右に出る組織はない。
そのため、魔物の大量発生ともなれば、通常ならギルドが真っ先に対応をするはずだ。にもかかわらず、領主が真っ先に動きを見せるなどあり得るのだろうか。
「その事なら店の常連の冒険者に聞いたことがあるぞ。聞いた話によると、リシェスから少し離れた村などを優先して依頼を受けるようにと通達があったらしい。推測じゃが公爵様が冒険者ギルドにそうするよう指示をしたのではないかとも言っておったな」
「ならリシェスの守りはどうするのよ。それに冒険者ギルドが一貴族の言いなりになるなんて信じられないわ」
冒険者ギルドはどこの国にもある組織であることから、国から独立した組織だとされている。そのこともあって、基本的には国や領主の言いなりになることはない。
もし言いなりになってしまえば、ギルドに属している冒険者を強制徴用し、戦争の駒として利用される恐れがあるからだ。
「レベッカちゃん。リシェスのギルマスを思い出して」
突然ララが話に加わり、俺たち『紅』には意味がわからない言葉を告げると、レベッカは嫌そうな顔をすると共に大きなため息を吐く。
「……ああ。そう言えば、この街のギルマスはあの豚野郎だったわね。納得がいったわ」
「豚野郎って?」
あまりにも酷い単語が飛び出したため、ついレベッカに豚野郎ことギルドマスターについての話を聞いてしまう。
「リシェスのギルマスはとんだ屑野郎なのよ。賄賂に依頼料の横領、素材の買い叩き。私腹を肥やすためなら何でもする屑だから冒険者たちからは豚野郎って呼ばれているわ」
「普通そんな横暴をしてたらクビになったりするんじゃ?」
「普通はそうなるでしょうね。でもあの豚野郎は隠蔽することだけは得意みたいで、残念ながら今のところはクビになったりしてないわ。今回の件もおそらく領主から賄賂でも貰ったんじゃないかしら」
今の話が真実だとしたら、とんだ屑野郎だ。
この件については王都のギルドマスターであるアーデルさんにいつか報告をしようと心に決める。
「十分あり得る話だな。んで結局のところ、リシェスの守りはどうなってやがるんだ?」
「そこで噂話に戻るのじゃよ。要するに公爵様の私兵がリシェスを守るために武具を買い集めているとのことじゃ。なんでも、近々魔物の大規模討伐に乗り出すとか聞いたのぉ」
一見、筋が通っている話に思える。
己の領地であるリシェスを守るために私財をなげうって武具を買い集め、魔物の討伐を行う。
ここだけを切り取れば、領地とそこに住まう領民を守る素晴らしき統治者と言えるだろう。
しかし腑に落ちない点が一つ存在した。
それは――冒険者をリシェスから離れた地で活動させている点である。
しかもリシェスのギルドマスターに賄賂を渡してまで――だ。
確かにリシェスから離れた地に暮らす民を守ることは領主として正しい行為ではある。
しかし賄賂を渡してまでするような行為とも思えない。
そんなことをするくらいであれば冒険者と協力し、早急に魔物の討伐を順次行った方が得策だと言えよう。
そこで俺はドワーフの店員に一つ質問を行うことにした。
「いつ頃から武具の買い占めを始めたか覚えてますか?」
「……うーん。うろ覚えじゃが、一ヶ月は経っていないはずじゃ」
一ヶ月前から買い占めを始めているのだとしたら、未だに魔物の討伐に乗り出していないとはどういうことだろうか。
魔物の討伐が遅れれば遅れるほど被害が拡大していくことは間違いない。
こんなことは冒険者ではなくても容易に想像がつくはずだ。それにもかかわらず、未だに動きを見せないとはおかしな話である。
可能性があるとしたら、武具の調達が思うように進んでいない可能性くらいのものだが、それも考え難い。
なにせ、元々私兵を持っているのだ。領主が私兵に持たせる武具を全く所有していないわけがない。
「そうですか。参考になりました」
その後、俺たち六人は店を出てから各パーティーで別れて武器屋をそれぞれ回ってはみたものの、結局その日は矢の補充をすることは出来なかった。
そして宿の部屋に戻り、俺は以前紅蓮の試し切りに使った大木をアイテムボックスから取り出し、一人で黙々と『
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