第126話 商人の心配

 日が沈み、現在は街道から少し外れた森の中の開けた場所で商人たちは野営の準備を行っている最中だ。

 商人たちは野営に慣れているのか、各々の役割を手際よくこなしていた。

 ある者はテントを張り、またある者は火を起こす。

 瞬く間に野営地が完成していく様は目を引くものがある。


 そんな中、俺たち冒険者組は商人たちから少し離れた場所で話し合いを行っていた。

 話し合いの場を設けたのはブレイズ。

 焚き火を囲みながら、ブレイズの話に全員が耳を傾ける。


「――明らかにおかしいぜ。俺たちは依頼でちょくちょくこの街道を使うんだが、ここまで魔物に出くわしたことは一度もなかった」


 ブレイズの言葉に同意するようにララとレベッカの二人は首を縦に振る。


「やっぱりそうなんだ。流石に四回も魔物に襲われたとなると、俺でもおかしいと思ったくらいだし」


 街道から外れ、森の中を無作為に移動したとしたら十分にありえる遭遇回数かもしれない。

 しかし、今回は国が整備した街道を使って移動したにもかかわらず、四回という遭遇回数を記録している。これは明らかに異常事態だと言えるだろう。


「普通なら運が悪くて二回魔物に遭遇するかどうかってところだな。――チッ、これなら護衛料をもっとふんだくれば良かったぜ」


 どうやらブレイズは魔物に襲われたことよりも、商人から貰う護衛料が安すぎたことに苛立ちを覚えているようだ。

 そんなブレイズの言葉にレベッカはため息と共に呆れた表情を浮かべていた。


「はぁ……。まったくアンタってやつは……。それよりも夜の見張り番について話し合いましょ」


「そうするか。俺としては商人たちの人数も多いし、パーティー単位で見張りをした方が良いと思うんだが、どうだ?」


 商人の人数は詳しく把握していないが、見た限りでは二十人前後。

 この人数を魔物から守りながら警備をするとなると、一人では厳しいものがあるだろう。加えて、盗賊の警戒もしなければならない。

 そう考えるとブレイズの提案通り、パーティー単位で見張り番をするべきだ。但し、デメリットとして睡眠時間がかなり削られてしまうが仕方がない。


「俺はそれでいいと思う。ディアとフラムはどう?」


「わたしはそれで大丈夫。睡眠は移動の途中で取ってたから平気」


「私も問題ないぞ。好きに決めてくれ」


 俺もディアと同じく移動中の合間合間に睡眠を取っていたおかげで今のところ眠気はあまりない。

 それに例え睡眠不足に陥ったとしても、日が昇って移動を再開した時の空いた時間で寝てしまえば、さして問題はないだろう。


「――と言うわけで、俺たち『紅』はブレイズの提案に賛成するよ」


「なら四時間交代にすっか。細かく交代するよりはまとめて一度に寝た方がいいしな」


 見張り番についての話が一通り済んだところで、隊商キャラバンのリーダーである男性が俺たちに声を掛けてきた。

 ちなみにブレイズから聞いた話では彼の名前はヤニックというらしい。


「冒険者の皆様、本日はありがとうございました。まさかあれほど魔物に襲われるとは思いもしませんでしたが、皆様のおかげで全員が怪我なくいられたことに感謝致します」


「ああ。気にすんな。金も貰ってるしな。――だが、明日からの移動も気ぃ抜くなよ。王都から離れてきたし、魔物も強くなってくるからな」


「もちろんです。では、明日もよろしくお願い致します」


 ヤニックは俺たちに一礼をした後、商人たちの下へ戻っていった。


「あの人、わざわざお礼をするためだけに来たの?」


 ディアが不意にそう言葉を漏らすが、何か疑問に思うことがあったのだろうか。

 魔物から助けてもらったことに対し、お礼の言葉を述べる。

 ごく当たり前の行為で、特に疑問を覚える箇所はなかったはずだ。


「そうだと思うけど、どうかした?」


「何かを心配しているような目をしてた気がしたから」


 ……心配? そんな目をしていたかな? 俺にはさっぱりわからなかった。


 どう答えればいいか俺が悩んでいるとブレイズが口を挟む。


「――ああ。あれはな、俺たちに媚びを売りにきたんだ。後はまぁ……ご機嫌伺いってとこか」


「どうして?」


「今回の護衛は金こそもらっちゃいるが、冒険者ギルドを通してねぇ。だから俺たちが割に合わない仕事だと思ったらいつでも放棄出来るってわけだ。金はまだ貰ってないしな。そんなわけで商人たちは俺たちに逃げられるんじゃねぇかって不安に思ってんだろ」


 冒険者ギルドを通した依頼であれば、依頼を放棄した場合にはペナルティが課せられてしまう。けれども今回は個人的に護衛の依頼を引き受けているため、ペナルティが課せられることがない。

 そのため、割に合わない仕事だと俺たちに思われ、護衛の依頼を放棄されてしまえば、商人たちはこの先を護衛なしで進まなければならなくなってしまうというわけだ。

 だからこそ、隊商のリーダーであるヤニックは俺たちの顔色を伺いに来たのだろう。


 ブレイズの説明に納得したのか、ディアはコクりと頷いていた。

 だが、俺はその説明に一つの疑問を持つ。


「だったら護衛料を上乗せするって言ってくるんじゃ?」


 仮に俺が商人の立場であれば、護衛料に色を付けるといった方法で冒険者を囲おうと考えるが、何故ヤニックはそうしなかったのか疑問に思ったのだ。

 しかし、俺の考えは即座にブレイズに否定される。


「それはないな。あいつらは商人だ。金勘定にはうるせぇし、何より俺たち『新緑の蕾』はSランク冒険者だぜ? Sランクを適正料金で雇おうとすれば、かなりの金がかかっちまう。下手すりゃ商人たちが移動先で商品を卸したとしても赤字になるだろうな」


 だからこそヤニックは護衛料についての交渉はせず、顔色を伺うことしか出来なかったのだろう。だがそれは要らぬ心配だ。

 俺たちの主たる目的は隊商の護衛ではなく、あくまでも『吸血鬼の討伐』。

 そこへ向かうための足として隊商を利用させてもらっているにすぎないため、正直なところ護衛料などはさして重要ではない。

 しかし、その事をおそらくブレイズは商人たちに説明していないのだろう。故に商人たちは不安を抱いているのかもしれない。


「なるほどね――って、すっかり忘れてたけど、晩御飯はどうする? ブレイズがせっかくの商人たちからの誘いを断ったから自分たちで用意しないといけないし」


 野営の準備をする少し前に商人たちから晩御飯のお誘いがあったのだが、それをブレイズがあっさりと断ってしまっていたのだ。

 何故断ったのかを聞くとブレイズ曰く、『やつらの飯は不味い』とのことだった。

 基本的に商人は無駄遣いを嫌う傾向がある。そのため、大人数での食事では極力食費を削っていることもあって、誘いを断ったらしい。


「飯なんざ現地調達すりゃどうとでもなるぜ。――ってことでレベッカ、頼んだ」


「……はいはい。わかったわよ」


 このやり取りは毎度のことなのか、レベッカは呆れた表情をしながらも弓を片手に森の中へと一人進んでいった。


 俺のアイテムボックスに食料ならいくらでもあるとは今さら言えないし、黙っておこう……。まぁ時間が停止してるアイテムボックスのことを説明しなくちゃいけなくなるし、これで良かったと思う。……うん。


 そんな事を考えながら待つこと僅か五分。

 レベッカはトナカイに似た体長二メートルほどの魔物を引きずりながら戻ってきた。


「これだけで十分よね? 血抜きはしてないから、他の人に任せるわ」


「血抜きなら、俺がやるよ」


「助かるわ」


 血抜きは俺の特技と言っても過言ではない。

 何故なら『血の支配者ブラッド・ルーラー』の能力の一つに血流操作があるからだ。

 俺はトナカイもどきの矢傷に手をかざし、『血の支配者』を発動する。

 加減をしながら能力を使わないと、血が一気に飛び散ってしまうため、慎重に作業をこなしていく。


「そのスキルは何なんだ? すげぇ便利じゃねぇか」


「……血流操作? それとも何かのスキルの応用? ……わからない」


 ブレイズとララは俺のスキルに興味津々といった様子で、魔物から血が流れ出る光景には全く動じていない。


「これは血流操作だよ。小さな傷さえあれば血抜きが出来るから、納品する時に高値で買い取ってくれるし、便利なんだ」


 半分真実、半分嘘。

 あくまでも血流操作は『血の支配者』のおまけのような能力に過ぎないが、面倒事になる恐れがあるので、本当の能力を教えるつもりはない。


「――終了っと。後は捌いて、焼くなり煮るなりしようか。調味料は俺が持ってるし、調理の準備を始めよう」




 その後、食事を取った俺たちは夜の見張り番を四時間交代で行い、朝を迎えた。

 幸いなことに夜は魔物に襲撃されることはなかったが、幾度も魔物の気配を探知したことから、この先の移動でも魔物に襲われる可能性は高いだろう。




 そしてその予想は正しかった。

 次の日、また次の日と魔物の襲撃を受け、俺たちはその対応に追われる忙しい日々を送ることとなったのだ。


 夜の見張り番に移動中の魔物の襲撃。

 俺たちの疲労は日を増すごとに蓄積していき、王都を出発して四日後――


「ようやくリシェスに到着するようね」


 隊商の馬車が進む街道の先にある巨大な都市の姿を俺たちは視界に捉えたのだった。



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