第125話 異変

 俺たち『紅』の三人は荷馬車から身軽に飛び降り、すぐさま俺は隊商キャラバンの全員に馬車を止めるよう呼び掛ける。


「魔物が来る! 馬車を止めてくれ!」


 突然の呼び掛けに商人たちは驚きながらも、馬に繋がれた手綱を力一杯引く。


「魔物ですと!?」


「普段この辺りは安全だというのに!」


「皆、落ち着け! 冒険者の方々が護ってくれる!」


 驚きが徐々に伝播していくが、隊商のリーダーであろう商人の一言で落ち着きを取り戻す。

 馬車が全て停止したことを確認した俺は、ディアとフラムに指示を出し、魔物の襲撃に備える。


「ディアは商人たちの護衛を頼むよ。俺とフラムは直接魔物を叩きにいく」


「わかった。任せて」


 ディアは隊商を背にし、いつでも魔法が発動出来るように神経を研ぎ澄ましているようだ。その真剣な表情には恐れなどが一切見られない。


「主よ、私は好き勝手にやっていいのか?」


「う――」


 何とはなしに『うん』と頷きかけたが、咄嗟に口を閉じる。

 フラムに好き勝手を許してしまえば、魔物に襲われることよりも危険な事になりかねないと考えたためだ。

 さらに付け加えると、今回の俺たちの戦闘は『新緑の蕾』の三人に観察される。

 そんな中で下手にフラムが全力を出そうものなら、余計な詮索をされる可能性が否定できない。


「……う?」


 変に言葉を切ってしまったため、フラムは首を傾げながら俺に視線を向ける。


「いや、何でもないよ。とりあえずフラムには素手で戦ってほしい」


「うむ。任せるのだ」


「――あ、でもヤバそうな魔物だったら、臨機応変で」


「いや、問題はなさそうだぞ。ほれ」


 そう言いながらフラムは森の奥へ指を差す。

 俺はその指の先に視線を向けて目を凝らす。するとそこには複数のゴブリンの姿があった。


「ゴブリンか。なら素手で平気そうだね」


「むしろゴブリンだからこそ素手は嫌だぞ……。奴らは汚いからな」


 言われてみれば、俺でもゴブリンを相手に素手で戦うことには抵抗がある。

 ゴブリンは魔物の中では知能が高い方だが、身体の汚れを落とすなどといった行為をすることはない。そのため体臭はきつく、さらには血の臭いも強烈なので、もし血を浴びるようなことがあれば、悲惨なことになるだろう。


「なら、ナイフを渡そうか?」


「……頼む」


 アイテムボックスからミスリル製のナイフを取り出し、フラムに手渡す。

 フラムはナイフを数度握り込んで感触を確かめると一度頷き、準備が整ったことを俺に視線で伝えた。


「じゃあ行こうか」


 この言葉を開始の合図とし、俺とフラムは森の中へ飛び込んだ。

 一瞬でゴブリンとの距離を潰し、一匹目のゴブリンの喉笛をフラムがナイフで切り裂く。

 あまりの速さにゴブリンたちは狼狽え、こちらに攻撃を仕掛けるどころではない様子。

 そしてフラムは一度も足を止めることなくゴブリンの群れの中を駆け抜け、二匹目、三匹目と仕留めていく。

 俺も紅蓮を鞘から抜き、目の前で立ち往生していたゴブリンの胴を薙ぐ。


 ――腕力は必要ない。


 まるで撫でるかのように赤い刃を胴体に滑らせるだけでゴブリンの上半身と下半身は別れを告げた。


 紅蓮を使うのは二度目だけど、相変わらず手応えが全くなかったな……。まだ包丁で豆腐を切った方が感触があるんじゃないか? これ。


 切れ味の良さに少し呆然としている間に、フラムがほぼ全てのゴブリンを倒してしまっていたことに気付く。

 そして残るゴブリンは一匹。

 だが、その最後の一匹は他のゴブリンとは明らかに格が違った。


 ゴブリンキングか。懐かしいな。


 スキルで情報を見るまでもない。何せ、俺は過去にこいつと戦ったことがあるのだから。


「グゴォォォォ!!」


 丸太のような棍棒を振り回しながら、ゴブリンキングは雄叫びを上げた。

 しかし、ただ闇雲に棍棒を振り回すその姿は圧倒的強者を前にしたことで怯えているようにも見える。もしかしたらゴブリンという弱小種族の勘が働いているのかもしれない。


 フラムは振り回される棍棒を無視しながら、ゆっくりとした歩みでゴブリンキングとの距離を詰めていく。

 避けることなく歩みを進めたので当たり前のことだが、フラムの左側頭部へと棍棒が直撃する。


「グゴォッ!?」


 しかし僅かな痛痒さえ与えることは出来ていないようだ。

 ゴブリンキングは棍棒を握る腕にさらなる力を加えるが、フラムを吹き飛ばすことは疎か、一歩たりとも動かすことさえ叶わない。


「――終わりだ」


 その言葉と共に右手に握っていたナイフを放つ。

 ナイフは目にも留まらぬ速度でゴブリンキングの脳天を穿ち、そのまま後方にあった大木に突き刺さったのだった。




 ナイフとゴブリンの魔石を回収し、ゴブリンの死体を大地魔法を使って埋葬する。

 死体を放置してしまうと疫病や魔物が集まる原因になるため、処理する必要があった。

 その後、隊商のいる場所へと戻り、商人たちに魔物の討伐が完了した旨を伝える。


「片付きましたので、先に進みましょうか」


 商人たちの不安を和らげる意味も込めて、なるべく柔らかな口調で説明を行う。


「ありがとうございます。助かりました。――皆、移動を再開するぞ!」


 隊商のリーダーの言葉で各商人が準備を始める。

 その間に俺とフラムはディアと合流し、荷馬車へと戻った。


「お疲れさん。お前たちの戦いはしっかりと見てたぜ。つってもディアちゃんの出番は無かったけどな」


 荷馬車へ戻るや否やブレイズから声を掛けられる。

 俺とフラムがゴブリンと戦った場所は隊商の馬車からさほど距離が離れてなかったこともあってか、しっかりと見られていたようだ。


「まぁ相手はゴブリンだったから大した苦労は無かったよ」


 現に俺が倒したゴブリンは僅か一匹。

 十を超えていたゴブリンの群れはフラムが壊滅させたと言っても過言ではない。

 そんな働き者のフラムは今、荷馬車の空いたスペースに座り、大きな欠伸をしていた。

 おそらくゴブリン程度の魔物では満足出来なかったのだろう。


「んで、コースケとフラムちゃんの戦いの総評はと言えば……まだ何とも言えねぇな。ゴブリンなんかじゃ物差しにもなりゃしねぇし。ただ、フラムちゃんの防御力はどうなってんだ? ゴブリンキングに棍棒で殴られてびくともしないなんて俺でも無理だ」


 確かにあんな芸当は俺の知る限りでは、フラム以外には不可能だ。

 仮に俺があの攻撃を受けたとしたら、大した怪我はしないだろうが、微動だにせずに立ち続けるなど到底出来やしない。


「私の話をしているみたいだが、あの程度の攻撃で怪我をするほど柔ではないぞ」


 興味がないといった様子だったが、しっかりと話は聞いていたようだ。とはいえ、相変わらず退屈そうにはしているが。


「柔とかいう問題か? アレ」


 ブレイズは自分の考えが間違っていない事を確認するためか、レベッカに話を振る。


「私に聞かれてもわからないわよ。……まぁアンタの気持ちもわからないでもないけど」


「だろ? 一体どんなスキルを使えばあんな真似が出来るのかさえ、想像もつかねぇ。だが、フラムちゃんの防御力を知れたって点は収穫っちゃ収穫か。吸血鬼と殺り合う時の作戦も色々と考えられそうだな」


「アンタが作戦ねぇ……。どうせ作戦が成功することなんてないだろうし、お好きにどうぞ」


 そう言葉を残し、レベッカは座ったままの体勢で瞳を閉じる。どうやら睡眠を取るようだ。

 周りを見ると、いつの間にかにディアとフラムも瞳を閉じていた。

 野営の時には持ち回りで魔物の警戒をする必要があるため、夜はあまり睡眠を取ることが出来ない。そういった点を考慮すれば、手の空いている時間に睡眠を取ることは合理的と言えるだろう。


 俺も今のうちに寝ておく――


 そう考えた瞬間、再び『気配探知』が魔物の反応を捕捉する。


「――ん? また魔物が来やがったか。運が悪すぎだろ……この隊商」


 ブレイズは愚痴を溢しながらも戦闘準備に取りかかっていた。

 俺もブレイズに続くように荷馬車から立ち上がるが、ストップがかかる。


「『紅』は休んでていいぜ。次は俺たち『新緑の蕾』が魔物の相手をするからよ。ララ、レベッカ、準備はいいか?」


「問題ない。兄さん」


「私も大丈夫よ」


 流石はSランク冒険者といったところだろうか。

 僅かな時間で準備を整え、『新緑の蕾』の三人は魔物を狩りにいった。




 その後は日が沈むまで隊商は街道を進み、現在は野営の準備を行っている。

 しかし野営をするまでの僅か半日の移動だけで、俺たちは魔物の群れとの戦闘を四度行っていた。


 これは明らかに異常な遭遇率と言わざるを得ない――

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