第124話 北へ
依頼難易度Sランク――『吸血鬼の討伐』
この依頼を選んだのはブレイズだった。
何が決め手になったのか尋ねたところ、『吸血鬼を放置するとやべぇことになるし、せっかく一緒にやるんだから強ぇ魔物を選んだ』とのこと。
そのような理由をブレイズから聞いた時は正直余計な事をしてくれたと思ったが、レベッカから吸血鬼についての詳細を聞き、俺の考えは変わった。
吸血鬼とはエルフやドワーフとは違い、亜人族ではなく魔物に分類される。何故なら吸血鬼の体内には魔石が存在するからだ。
外見は人と見分けが一切つかず、当たり前のように会話をすることも可能で、知能も当然高い。
これだけを切り取れば、俺は吸血鬼を魔物ではなく人として認識してしまい、殺す事など出来ないだろう。
しかし吸血鬼と人族は決して共存することが出来ない理由があった。
それは――吸血鬼の主食が人族であること。
地球の物語に出てくるような吸血鬼とは違い、この世界の吸血鬼は血液だけを摂取する存在ではない。
血液だけでは飽き足りず、肉や臓物も喰らう恐ろしい魔物なのだ。
レベッカ曰く、稀に血液だけを摂取する吸血鬼もいるとのことだが、それは人族を殺さないように配慮しているわけではなく、ただ単に好き嫌いの問題らしい。
さらに吸血鬼の性格は残忍かつ狡猾であり、その強さは個体にもよって違うが、長年生きている吸血鬼ほど強い傾向があるとのことだ。
そんな話を聞かされたこともあり、俺の考えが変わったのだった。
依頼を決めた俺たちは依頼書をリディアさんに渡し、依頼を受注した。
ちなみに俺たち『紅』のメンバーは冒険者ランクがBに上がったにもかかわらず、冒険者カードの更新は行われなかった。
本来ならカードの色が変わったりするのだが、すぐにAランク昇級試験を受けることに決まったので、一旦保留となったのだ。
保留になった理由は単純で、『カードに使う素材がもったいない』それだけである。
依頼の受注が完了した後、俺たちはすぐさま王都を出発したのだった。
目的地はラバール王国の最北端。
王都はラバール王国のほぼ中心にあり、今回向かう場所は馬車を乗り継いで移動したとしても十日前後は掛かるらしい。
そして俺たち六人は現在、荷馬車に揺られながら北へと移動していた。
王都を出る際に、ブレイズが北へと向かう
しかも驚くことに護衛料としてお金まで貰えるというおまけ付き。
俺は移動中を無言で過ごすのもどうかと思い、隊商との交渉について聞いてみることにした。
「ブレイズに聞きたいんだけど、一体どんな交渉をしたら護衛料まで貰えるなんてことに? 普通ならお金を払う側になるはずなのにさ」
「……ん? 逆にコースケに聞きたいんだが、何で俺たちが金を払わなきゃならねぇんだ?」
どうやら俺とブレイズの思考回路には大きな違いがあるみたいだ。全く言ってる意味がわからない。
するとここで救いの手が差し伸べられる。その手の主はブレイズの妹であるララだった。
「兄さん。乗せてもらう側が料金を支払うのが普通。コースケ……さん? の方が常識人」
どうやら俺の呼び方を決めかねているようだ。
「俺の事は呼び捨てでいいよ。俺もララって呼んでいいかな?」
「うん。問題ない」
「んで、どういうことなんだ? 俺にはさっぱりわかんねぇ。だってよ、俺たちが乗れば隊商が安全に移動出来るんだぜ? それに商人のやつらも喜んでたしよ」
この言葉でブレイズの思考にようやく理解が及ぶ。それと同時にいかにSランク冒険者という肩書きが凄いのかも理解した。
「アンタ……どこまで馬鹿なの? 私たちがSランクだから護衛料をくれてるに決まってるでしょ? しかも昔は私たちもお金を払って乗ってたじゃない」
「そうだっけか? 覚えてねぇ……」
レベッカは大きなため息を吐きながら頭を抱えている。
誰がどうみても呆れたといった様子だ。
「もういいわ……」
これ以上不毛な会話をするつもりはないらしく、レベッカはブレイズから視線を外し、ララと楽しそうに話し始めていた。
「まぁいいか。そんなことより『紅』だっけか? お前らの得物と戦い方を教えてくれ。コースケは見たところ剣みたいなもんを使うみたいだが、後の二人は何なんだ?」
ディアとフラムは自分たちに話が振られた事をしっかりと把握したようで、ブレイズの質問に答える。
「わたしは魔法を使う」
「ディアちゃんは魔法か。なら、杖とかは持ってねぇのか? つかそもそも手ぶらみてぇだな……」
ディアとフラムは一切荷物を持っていない。全て俺に預けているからだ。
「杖とかの武器は持ってない。後、他の荷物は全部こうすけに預けてる」
「つーことはそれなりの容量があるアイテムボックスを持ってるってことか。確かお前たちはBランクになったばっかなんだよな? よくアイテムボックスを買えたな」
アイテムボックスはかなりの高額商品だ。Bランク冒険者程度の懐事情ではなかなか手が届かないほど。
だからこそブレイズは僅かに驚いた表情をしているのだろう。
「まぁ色々あって、お金はそれなりに持ってたからさ」
実は自分でいくらでも作れるなど言えるはずもなく、あたかも購入したかのような言い回しで答える。
「実は貴族の坊っちゃんだったり――はねぇか。そんな雰囲気をコースケから感じねぇしな」
俺からは品性のようなものを感じられないみたいだ。
貴族教育を受けたことがあるわけもないので当然と言えば当然なのだが、釈然としない気持ちになる。
「んで、フラムちゃんはどうなんだ?」
「私か? 基本は素手だぞ」
「なら俺と戦闘スタイルが近いな。俺は見ての通りナックルダスターとグリーブを着けて戦う近接型だ」
ブレイズの各指には指輪型のナックルダスターが装着されている。
ファッションで指輪を着けているのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
そして足には真っ黒な金属製のグリーブ。
これは防具としてではなく、武器としての役割を担っているらしい。
「――ほぅ。その指輪みたいなのが武器なのか。よし! 今度主に作ってもらおう」
どうやらフラムはナックルダスターを大層気に入ったようだが、そんなことよりも余計な事を言ってくれた。
「主? 作る? どういうことだ?」
やっぱこんな反応になるよねー……。さて、どう言い訳するか……。
「あ、主って言うのは俺が『紅』のリーダーだからそう呼ばれてるんだよ。うん」
少しどもってしまったが、冷静な対応が出来た自分を誉めてあげたい。とは言ってもブレイズの視線は明らかに疑っているといった様子なのだが。
「んじゃあ、作るってのはどういうことなんだ?」
「それはそのままの意味だよ。昔、鍛冶を齧ったことがあるからさ」
「くくっ……。主よ、鍛冶を齧るって……くくっ」
笑いを堪えるフラム。
誰のせいでこうなったと思ってるんだと言いたい気持ちをぐっと抑える。
そもそもの話、『鍛冶を齧る』という言葉のどこが面白いと言うのか。
フラムのツボが全くわからない。
「まぁ、要するに訳ありっつーことか」
話を掘り下げないでくれたことはありがたいが、どうやら俺の嘘はバレバレだったらしい。
「ははははは……。――!!」
この場を笑って誤魔化そうとした時だった。
俺の『気配探知』に魔物の反応が引っ掛かったのは。
魔物の反応はざっと数えて十は超えている。
「魔物が近付いて来てんな。まぁこの辺りは王都からまだそんなに離れてねぇし、雑魚だろうぜ」
ブレイズも『気配探知』系統のスキルを持っているようで、全員に魔物の襲来を告げる。
現在、隊商は街道を走ってはいるものの、左右は森に囲まれていて、魔物の反応は森の左側から近付いて来ていた。
「ブレイズ、それでどうするのよ。魔物を倒すなら倒すで早く動いた方がいいわ」
レベッカはいつの間にか片手に弓を持っており、迎撃の準備を終えていた。
「とりあえず『紅』の三人にやってもらうか。実際にどんな戦い方をするか見てみたいしな」
見られながら戦うのはやりづらいものがあるが、仕方ない。
「わかった。――ディア、フラム、行こうか」
「うん」「任せろ」
こうして依頼を受けてから初めての戦闘が始まろうとしていた。
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