第114話 新たな武器

 テーブルの上に置かれたフラムからのお土産である巨大な緋色の鉱石に手を伸ばし、触れてみる。

 炎が揺れているような輝きを放つ鉱石は見た目に反してひんやりとしていた。


「……フラム、これは一体?」


 金属や鉱石を扱う商店でもこんな鉱石は売られておらず、今まで見たことがない代物だった。

 もしかするとルビーなどの赤い宝石類の可能性もあるが、触れた感覚からして金属に分類されるものだろう。


「ん? だからこれは主へのお土産だぞ?」


「いや、そうじゃなくて……。この緋色の物体は何なのかって意味」


 的外れな事を言い出したフラムに若干の頭痛を覚えながらも、お土産の正体について問い掛ける。


「ああ、そういう意味か。これはだな――日緋色金ヒヒイロカネだ」


「……日緋色金? 聞いたことがないけど、これって鉄やミスリルみたいな金属類って認識であってる?」


 フラムからお土産の正体が日緋色金だと聞かされるまではアダマンタイトなのではないかと思ったが俺の勘違いであった。

 だが目の前にある日緋色金と呼ばれる物からは何か並々ならぬ存在感を抱く。


「あっているぞ。これは炎竜が住まう地の近くで稀に見つかる鉱石でよく武器などに使われているな。まぁ希少ということもあって日緋色金を使った武器を所持している者は少ないが、確かルミエールの槍は日緋色金で作られていたはずだ」


 言われてみればルミエールの槍は柄も槍頭も全てが赤く染まっていた。

 つまり、あの槍の赤色は塗装したわけではなく、鉱石そのものの色だったということになる。加えてあの槍の存在感も日緋色金から発せられたものだと考えればフラムの話にも合点がいく。


「……なるほどね。それで何でこれを俺へのお土産に?」


「ここ最近、主は『創成の鍛冶匠スミス・クリエート』の検証に熱心だったからな。そんな主に日緋色金はお土産にぴったりなのではと思ったのだ」


 フラムがいない間にスキルの検証はあらかた済んでいたが、このお土産は本当にありがたい。

 そしてお土産を用意してくれたフラムの思いやりについ頬が緩んでしまう。


「こうすけ、嬉しそう」


「主よ、可笑しな表情になっているぞ」


「コースケお兄ちゃんが面白い顔をしてるです!」


「皆でそんなことを言ったらコースケ君が照れてしまいますよ」


 緩んだ表情を四人はしっかりと見ていたようで、気恥ずかしくなった俺は下を向く。

 こうでもしなければ、緩んだ表情だけではなく、赤くなった顔まで見られる恐れがあったからだ。

 そして俺は赤くなった顔を下に向けたまま、感謝の言葉を口にする。


「……ありがとう、フラム。本当に嬉しいよ」


「気にするでないぞ、主よ。それよりも早く日緋色金を使った武器を作ってみてくれ。ちなみに不純物は全て取り除かれているから、余計な手間は掛からないぞ」


 不純物が取り除かれているのは助かる。

 一応、不純物が混じっていたとしてもスキルは問題なく発動出来るが、スキルのコントロールに乱れが生じると完成した武器の品質が僅かに低下してしまうこともあり、無いに越したことはない。

 さらに付け加えると、せっかくフラムからもらったお土産なのだ。今の自分が出来る最高の武器を作りたいという想いが強い。


「――やってみるよ。全力で」


 ――日緋色金の塊に手を乗せる。

 ――ひんやりとした感触を手のひらに感じる。

 ――目を閉じ、全神経を日緋色金に向ける。

 ――全てを斬り裂く一振りの日本刀を頭の中で思い浮かべる。


 そして『創成の鍛冶匠』を発動した――


 スキルの発動と共に日緋色金がまばゆい光を放つ。

 あまりの眩しさにマリーの驚いた声が聞こえた気がしたが、武器の作製に集中力の全てを割いていたため、本当に声が聞こえたかは定かではない。


 徐々に食堂内を包み込んでいた光が収まりをみせる。


「……完成だ」


 俺の額にはうっすらと汗が浮かび上がっていた。

 これはスキルを使ったからではなく、極度の集中から現れたもの。

 それほどまでに全身全霊で取り組んだのだった。


 そして――俺の右手には一振りの紅色に輝く日本刀が握られていた。


「綺麗……」


 ポツリとディアがそう呟く。


 刀身は鮮やかな紅に染まり、等間隔で波打つ刃文は見た者の視線を引き寄せるほどに美しい。

 つばと柄は刀身の鮮やかな紅とは対照的な漆黒色をしているが、その二色のコントラストがよりこの日本刀を美しいと思わせている。


「つい目で追ってしまいそうになるぞ……。主よ、この武器の名前は決めたのか?」


 袖で額の汗を拭いながらフラムの質問に答える。


「……名前? 特に考えてなかったけど、そもそも武器に名前って必要?」


 神話や伝承などではよく武器に名前が付けられたりしているが、この刀は今さっき俺が作ったもので、いわくや伝説を残したりしているはずもない。


「自身が手掛けた最高の一振りに鍛冶職人が名前をつけることはよくあることだぞ?」


 それは竜族限定の話なのではないかと半ばフラムを疑ったが、ナタリーさんがその話に頷いている姿を見て、それが事実だと理解する。


「最高の一振りに名前をつける、か……。なら俺もつけることにするよ」


 俺は名前を考えるべく、思考の海へと潜り込む。


 名前……名前……。『紅』の一文字は必ず入れるとして……。後はこの日本刀に抱いた最初のイメージを……。


 この刀を最初に見た時の印象はディアと同じ『綺麗』の一言。

 それと同時に頭に思い浮かんだのは月明かりに照らされ、水面に佇む紅色の蓮の花。


 だから俺はこの刀にこう名付けよう――


「……『紅蓮ぐれん』。この刀の名前は『紅蓮』だ」


「うん。いいと思う」


「『紅蓮』か。良い響きだ」


 ディアとフラムの反応が良く、一安心する。

 紅蓮に使用した日緋色金は一振りの日本刀を作るにしては量がありすぎたのか、未だにテーブルの上に残っていた。


「それにしてもこの日緋色金って他の金属に比べるとずいぶんと軽い気がするけど耐久性は大丈夫なのかな?」


「問題ないぞ。私の知る限り日緋色金より硬い物は見たことも聞いたこともないくらいだからな。まぁ物は試しだ。庭で少し『紅蓮』を振ってみればいい」




 フラムに言われた通り、俺はディアとフラムを連れて庭に来ていた。ナタリーさんとマリーは食後の片付けがあるため、ここには来ていない。


「主よ、とりあえずは裏庭にある木でも斬ってみてはどうか?」


 確かにこの屋敷には雑木林に生えている木くらいしか試し斬りが出来そうなものはない。

 本来なら魔物を相手にしたいところだが、時間が掛かってしまうこともあり、それはまた別の機会にすることに。


 裏庭にある雑木林に到着した俺たちは一本の木を見繕い、その木の前に立った俺は紅蓮を構える。

 俺は人生で日本刀を扱ったことは一度としてないが、『剣鬼』のスキルは日本刀も剣として認識するようで、問題なく『紅蓮』を扱えそうだった。


「じゃあいくよ」


 そう一言残し、俺は横薙ぎに『紅蓮』を一閃――したが、まるで手応えがなかった。


「……あれ? 空振りしたのかな?」


「――違う」


 ディアが否定の言葉を発すると共に目の前の木が突如として地に倒れ込んだ。


「……は?」


 驚きのあまり、開いた口が塞がらない。

 何せ、まるで斬った手応えがなかったのだ。

 空振りをしてしまったと勘違いしても仕方がないだろう。


 倒れた木の切り口を見ると、そこには機械で切断されたかのような綺麗な切り口が顔を覗かせていた。


「凄い切れ味だな。私でもここまで綺麗に切断することは出来そうもないぞ」


「斬った俺が一番驚いてるよ……。まるで感触がなかったからさ」


「こうすけ、この木どうするの?」


 流石にこのまま放置することは景観的にもやめた方がいいだろう。

 とりあえずはアイテムボックスに投げ入れるかしか――と考えたが、未だに右手に握られている紅蓮の存在を思い出す。


「その木で鞘を作ってみるよ。でもこんなに木材はいらないし、鞘に使う分以外はアイテムボックスかな」


 ひとまず、倒れた木に向かって再び紅蓮を一閃し、適度な大きなに切断。

 そして切断した木材に『創成の鍛冶匠』を使用し、黒塗りの鞘が完成する。


「よし、完成っと」


「こうすけのスキルで色をつけたの?」


 ディアが疑問を持つのも無理はないが、『創成の鍛冶匠』の能力には素材を補完してくれる副次効果がある。

 但し、何もかも補完してくれるわけではなく、元の素材と同価値かそれ以下の物のみ適用されるのだった。

 加えて、他の素材を補完するためには通常よりも素材の変換効率が落ちてしまい、少し多目に素材が必要となってしまうというデメリットも存在する。


「そうだよ。少し多目に木材が必要になっちゃったけど、塗装したかったからね」


 完成した鞘を左腰に差し、そこに紅蓮を納刀する。


「我ながら上手くいったみたいで、サイズもピッタ――」


 そう口にした時だった。

 俺の左腰辺りから『ピキッ』と謎の音が鳴ると共に鞘が割れ、紅蓮が地面に落ちてしまったのだ。


「「……」」


 何とも言えない空気が漂う。

 俺に関して言えば、自画自賛した瞬間に起きた出来事だ。

 恥ずかしさのあまり、何も言えなくなってしまうのも仕方がないというもの。


「主よ、おそらく『紅蓮』の切れ味が良すぎたのが原因だろうな。まぁ日緋色金はまだ余っているし、それで鞘を作ればいい」


「……あ、うん」




 その後、すぐさま屋敷の中に戻り、日緋色金で鞘を作製したのだった。

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