第106話 不要な報酬

 今日で三日連続王城に訪れたことになる。

 初めて王城に来た時には驚きや緊張など、複数の感情を持ち合わせていたが三日連続ともなれば、慣れたものだ。


 昨日はルミエールの正体を『銀の月光』に明かした後、全員で雑談を小一時間程交わし、オリヴィアから「いつか共に依頼でも受けよう」などと言われたりと友好的な関係を築いた後に帰宅の流れとなった。


 そして現在は老執事に案内され、昨日使っていた部屋の扉の前にいる。

 慰労会に出席するために王城を訪れたはずなのだが、慰労会とは関係のない部屋の前に案内されたことに疑問を覚えながらも、大人しくしていた。


 老執事が部屋の扉を二回ノックすると、扉越しから入室の許可が出される。もちろん声の主はエドガー国王だ。


 俺たち三人が部屋に入るとエドガー国王からすぐに椅子へ座るように勧められ、腰を降ろした。


 連日国王様と会ってるけど、実はこの人って結構暇だったりするんだろうか? いや、それはないか。呼び出された時は大抵面倒な用件を押し付けてくるし。今回もまた面倒な事にならなきゃいいけど……。


 面倒だと考えていたのが、顔に出ていたのだろう。


「コースケ、そんな嫌そうな顔をするな。今日は面倒な話を持ってきた訳じゃないから安心しろ」


 エドガー国王は苦笑いをしながら肩を竦めるなか、俺は少し警戒を解く。


「では、わざわざ俺たち三人を慰労会の前に呼んだ理由はなんでしょうか?」


「ルミエールとフラムの件でヴィドー大公と会談をしたからその報告をしようと思ってな。一応、国家機密扱いの話だから詳細は省くが、ブルチャーレ公国と軍事同盟を結ぶことになった。とはいってもまだ正式に書面に起こしたわけじゃないが」


 その後、同盟の内容について詳細は省くとは言いつつも、軽く教えてもらった。


 昨日、フラムから条件付きでルミエールの正体をヴィドー大公に話す許可をもらったエドガー国王は、その日の内にヴィドー大公と話し合いの場を設けたらしい。


 その結果がより強固な軍事同盟の締結。


 両国共に竜族と交流を持っていることは他国に知られるわけにはいかない。仮に何処からか情報が漏れてしまい、他国から侵略をされた際には互いに兵を出し合い、防衛を助け合うといった内容だ。それに加え、シュタルク帝国から攻められた場合でもそれは適用されるとのこと。


 エドガー国王曰く、今回の同盟のメインはどちらかというと対シュタルク帝国の方らしい。

 ラバール王国もブルチャーレ公国もそれなりに大国ではあるが、一対一でシュタルク帝国を相手取ることは難しく、今回の軍事同盟を機に二対一での対応が可能性となった。


 この同盟を結べたことはラバール王国にとって、大きな恩恵をもたらすらしい。無論、ブルチャーレ公国にとってもそれなりに有益な同盟とも言える。


 では何故、今まで両国がシュタルク帝国に対しての軍事同盟を結んでいなかったかのかというと、それはヴィドー大公が首を縦に振らなかったからに他ならない。


 慎重な性格の持ち主であるヴィドー大公からすれば、ルミエールの件がなければ同盟は結ばなかったとのこと。

 その理由としてはシュタルク帝国の動向を察するに次のターゲットはラバール王国の可能性が高いことが原因。

 その為、ヴィドー大公は軍事同盟を結んだ場合の恩恵がラバール王国と比べて少ないことから今までは同盟を結ぶことを渋っていたようだ。


 しかし、ルミエールの件で半ば脅しのような格好ではあるが、エドガー国王との会談の末、同盟の締結に至ったのだと言う。


「ルミエールの正体を教えてやった時のヴィドー大公の表情といったら中々のもんだったな。人間、あそこまで顔が白くなるとは思いもしなかった」


 笑いながらそう話すが、ヴィドー大公からしたら笑えない話だっただろうことは想像に難くない。

 自身が知らぬ間に竜族と交流を持ってしまってしまい、挙げ句の果てにエドガー国王からその事実を突きつけられ、軍事同盟まで結ばされたのだ。

 ヴィドー大公とは話したこともないが、あまりにも不運過ぎて同情してしまう。


「まぁ何にせよ、丸く収まったようで何よりです。魔武道会も無事勝てましたし、特別講師の依頼ももうすぐ終わるのでようやく一息つけます」


 特別講師の依頼も残すところ一週間を切っている。

 王都に来てからというもの、エドガー国王に振り回されてばかりだったが、ついに終わりが見えてきた。

 今の依頼が全て片付いたら、しばらくは休もうと俺は心に決める。


「そうだった。『紅』の三人に――」


 エドガー国王が何かを言おうとしていたが、嫌な予感がしたのでそれを遮る。


「少し休みたいので依頼でしたらお断りします!」


 国王が相手だというのにもかかわらず、物怖じせずにそう言い切った。それほどまでに俺は休みと何者にも縛られない自由を欲しているのだ。

 けれど、休みといっても何もしないでいたいというわけではない。

 理想としては自由気ままに冒険者ギルドで簡単な依頼を受けながら身体を動かしつつ、家に帰ったらナタリーさんとマリーの手料理を食べたり、全員で買い物したりとそんな日々を送りたいのである。


 だからこそ、俺はエドガー国王に断固たる意思を告げたのだったが、どうやら早とちりだったようだ。


「そうじゃない。勘違いだ。新しく依頼を受けてもらうつもりはないから安心しろ。つっても俺が色々と押し付けちまってたから、勘違いされるのも無理ないな」


「早とちりしてしまってすいません。話の続きをお願いします」


「依頼の報酬についてだ。魔武道会の件な」


 言われてみれば、代表になってくれれば報酬を支払うと言っていた覚えがある。だが、その時には報酬について詳しい話はなかったはず。


「確か報酬を貰えるって話でしたけど、どんな報酬なのですか?」


「逆にそれを聞こうと思ってたんだ。何が欲しい? 領地か? それとも爵位か?」


「領地も爵位もいらないです……」


「――冗談だ。そんなのを上げたら仮面で顔を隠していた意味がなくなるしな」


 エドガー国王の言うとおり、偽名を名乗りつつ、仮面を着けていた意味がなくなってしまう。それに加えて爵位などをもらい、貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは御免被りたい。

 では何が欲しいのかと問われれば、それはそれで特に思い付かないのだが。


「ディアとフラムは何が欲しいものとかある?」


 いくら考えても埒が明かないこともあり、二人に報酬の内容を任せることにした。決して考えるのが面倒になったなんてことはないと言っておく。


「わたしは何もしてないから」


「私もこれといって欲しいものはないぞ。強いていうなら美味い肉くらいだ」


 ディアは遠慮し、フラムは肉。


 報酬で肉なんてくれるのかな? そもそも肉なんて自分で買えば済む話だけど。


「要望には答えてやりたいが、肉だけじゃ報酬として少なすぎる。もし報酬に肉を渡したなんて貴族共に知られたら俺の面子にも関わるしな。それならやっぱ金か?」


 金に関してはあるに越したことはないが、現時点でも金貨2000枚(約2億円)近く持っている。さらに特別講師の依頼報酬で屋敷の税金が完全に免除されることもあり、当面は金に困ることはないため、嬉しいことには嬉しいのだが、そこまで欲してはいない。


「んー……。お金よりは何か変わった物とかの方が嬉しいですね」


 俺が別の物を要求したところで、何か良い案が浮かんだのか、エドガー国王は両手でテーブルを叩き、立ち上がる。


「なら、あれがいいな! 冒険者であるなら誰もが喜ぶはずだ。ちょっと待ってろ。すぐ取ってくる」




 颯爽と部屋から出ていったかと思うと、僅か一、二分で戻ってきたのだった。


「これだ」


 冒険者なら誰もが喜ぶといっていた物をテーブルの上にドンっと置く。

 一体何なのかと気になり、視線を向けるとすぐにその正体が判明した。


叡智の書スキルブック


 確かにこれなら冒険者であれば誰もが喜ぶだろう。何せ、買うとなったら王都に屋敷が買えるほどの金が必要となる。しかしそれでも購入者は数多く存在するのだ。

 いくらランダムだとはいえ、簡単にスキルを手に入れることが出来るというのは人によっては金にも勝る価値がある。

 特に強さを求める者であればなおさらだろう。


 しかし、俺だけは例外的に話が変わってくる。

 他者のスキルをコピーすることが出来る俺にとっては然程価値を感じる物ではない。

 もちろんギャンブル精神で『叡智の書』を使いたいといった気持ちがないといえば嘘になるが、流石に屋敷が買えるほどの価値があるものでギャンブルをするほど馬鹿ではないつもりだ。


 だからといってエドガー国王に「コピー能力を持っているので『叡智の書』はいりません」とは口が裂けても言えない。


血の支配者ブラッド・ルーラー』というスキルの存在を知られるわけにはいかないのだ。


 ここは穏便に断りを入れることにしよう。


「そんな高価な者は貰えませんよ! それ一冊でとんでもない価値がありますし!」


 報酬が良すぎるために遠慮してしまうという体裁で、遠回しながらも断る。


「いや、確かに報酬としては破格かもしれんが、フラムへのお礼も兼ねている。受け取ってくれ」


 こうまで言われてしまえば受け取らないわけにはいかない。

 脳裏に売り払えばいいかと過ったが、国王陛下から下賜されたものを売ることは不敬にあたる可能性があるため、考え直す。


 結局、自分の顔に無理矢理笑みを貼り付けながらも、エドガー国王から『叡智の書』を報酬としていただいたのだった。


「ありがたく頂戴致します」


「おう。コースケたちから受けた利益から考えれば安いもんだ。魔武道会の勝利に軍事同盟……まさに今、俺に良い風が吹いている。これから忙しくなりそうだ」


 今のエドガー国王の表情は希望に満ち溢れている。

 魔武道会での勝利によって反王派貴族を黙らせつつ、勢力の拡大を防ぐことに成功し、さらにブルチャーレ公国との軍事同盟。


 俺は国政や貴族の事など何もわからないが、エドガー国王の浮かれた表情を見ると、依頼を引き受けた価値があったのかもしれないと思ったのだった。


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