第105話 揺れ動く心
「今日呼び出した理由はこれで終わりだ――っと、言い忘れてたことが一つあったな。明日は魔武道会の慰労会が開かれる。もちろん主役は代表者たちだが、ぶっちゃけるとこれも社交界の一部みたいなもんだ。出席なんてしたくないだろうが、空けといてくれ。夕刻に迎えを出す」
エドガー国王は先の真剣な雰囲気から打って変わって気軽な様子で重要事項をさらりと告げてくる。
「欠席するという選択肢はありますか?」
「ない」
ダメ元で聞いてはみたものの、僅か二文字で言い切られてしまう。やはり欠席することはできないようだ。
慰労会とは名ばかりの社交界に参加しなくてはならない俺のテンションはガクッと下降していく。
魔武道会の前日に行われた晩餐会では会場の隅に隠れながら時間を潰すことが出来たが、今回の慰労会ではそれは難しいだろう。
ラバール王国側からすれば、慰労会ではなく祝勝会みたいなものだ。それも四年ぶりの勝利ともなれば、王派貴族の喜びは計り知れない。
そして自分自身で言うのもあれだが、ラバール王国を勝利に導いた俺とフラムに接触してくる貴族は多いだろうことは簡単に想像出来る。
……面倒だ。いっその事、オリヴィアかノーラとの戦いで大怪我でもしてれば欠席する口実が出来たのに。あ、治癒魔法で治されるだけか。
そんな間抜けな事を考えている途中にエドガー国王は椅子から立ち上がった。
「悪いが、俺はそろそろ行かせてもらう。すぐにでもヴィドー大公と話さなくちゃいけないからな。それと『銀の月光』の二人にはこの部屋に来るように言っておく。すまんが後は任せた」
言葉を残し、エドガー国王は部屋から退出。残された俺たちは若干疲労を滲ませながらもオリヴィアとノーラを待つこととなった。
俺は二人を待っている間、無言で過ごすのはどうかと考え、時間を潰すためにフラムに話を振る。
「さっきフラムは条件を破ったら国を滅ぼすとかいってたけど本気?」
「あれはただの脅しで、実際は報復など考えていないぞ。ただそう言っておけば人間たちは約束を
確かにあのように脅しておけばラバール王国もブルチャーレ公国も全力で約束を守ろうとするはず。
何せ
「そもそもだ。いくらルミエールが私に比べて弱いとはいえ、そこらの人間に殺せるわけがない。もちろん主は別だぞ」
フラムの意見に激しく同意を示すようにルミエールは首を大きく縦に振っている。そして俺もフラムの意見には同意せざるを得ない。
何故なら魔武道会の代表者でさえ、その実力はたかが知れていたからだ。
オリヴィアとノーラはSランク冒険者なだけあってそれなりの実力者だったが、あくまでもそれなりでしかない。
もし何の制約も無しに俺が全力で戦えば、十秒もかからずに二人を倒す自信がある。負ける可能性に限ってはゼロといっても過言ではない。
しかし相手がルミエールだったとしたら、なかなか難しいだろう。
フラムとの戦いを見る限り、速さは俺に軍配が上がるが、力ではとてもじゃないが太刀打ち出来ない。それに加え、ルミエールが竜の姿になった場合の強さは予測不可能だ。
そんな強さを持ったルミエールを殺すことはラバール王国とブルチャーレ公国の騎士程度ではおそらく無理だろう。
その後、雑談をしながら時間を潰していると、フラムの反対側の隣に座るディアに腕をつつかれる。
「どうしたの?」
「仮面はどうすればいいの?」
言われてみれば今までオリヴィアとノーラには素顔を見せていない。それどころか名前さえ偽っていたことを思い出す。
「んー。もうルミエールには顔を見せたことだし、仮面は着けなくてもいいかな」
「うん。わかった」
すると、俺とディアの会話が終わったのを見計らったかのようなタイミングで部屋の扉がノックされ、老執事がオリヴィアとノーラを連れて入室。
一瞬、王城の使用人に顔を見られてしまったと後悔しかけたが、その老執事はよくエドガー国王の側で使えている人物で、過去に何度も顔を合わせていたこともあり、問題はないと判断した。
もしかしたらエドガー国王が気を利かせてくれたのかもしれない。
「すぐに飲み物を用意致しますので、どうぞ椅子に座ってお待ち下さい」
そう言葉を残し、老執事は部屋を出ていった。
部屋に案内されたオリヴィアとノーラは何がどうなっているのか理解出来ないといった様子で室内を見渡していたが、すぐに冷静さを取り戻し、ルミエール側の空いている席に腰を降ろす。
「……」
室内は静寂に包まれる。
全員、口を開く機を伺っているのだろう。
俺としてはとりあえず飲み物が用意されるまでは口を開くつもりはない。使用人が入室することによって会話が中断してしまうのを避けたいからだ。
数分の沈黙の後、扉がノックされ、先程の老執事が全員分の飲み物を用意して退出していった。
既にアイスティーを二杯飲んでいたこともあり、おかわりは必要ないとは思いつつも、断るのも失礼かと思い、大人しく三杯目のアイスティーをいただく。
三杯目にもかかわらず、ディアは用意されたアイスティーに手を伸ばしていた。
そして老執事が出ていったところで最初にオリヴィアが現状の把握に取り掛かる。
「すまないが、私とノーラはいまいち現状を把握出来ていない。まず聞きたいのだが、三人はトムとラム様とフィアなのか?」
俺たち三人がこれまで認識阻害の効果が付与された仮面を着けていたこともあってか、確信を持てていないようだ。
そして何故かフラムのことだけを様付けしていた。
オリヴィアの問いに答えるのはもちろん俺。
ディアとフラムがこの手の状況で発言することはないとわかっているからだ。
「そうだ――って言いたいところだけど、最初に謝らなくちゃいけないことがある。その……トム、ラム、フィアって名前は偽名なんだ、ごめんっ!」
正体を隠すためとはいえ、騙していたことには変わりない。
一度椅子から立ち上がり『銀の月光』の三人に頭を下げる。
「やはりそうだったか。では、これを機会に名前を聞いてもいいだろうか?」
「俺はコースケ。ラムがフラムでフィアがディアっていうのか本当の名前だ」
流石にフロディアというディアの本名は明かせない。邪神と信じられてしまっている神の名だ。今後もどんな相手であれ、俺の中では一切明かすつもりはない秘密事項となっている。
「驚いた……。こんなに若いなんて……。それに美女と美少女……」
いや、ノーラの方がどう見ても若いし、俺の容姿にだけ触れられないのは少しだけ悲しくなる……。まぁ確かにディアとフラムの容姿は飛び抜けてるけどさ。
「三人は晩餐会の時に冒険者だと言っていたが、私の知識に三人の名前はない。もしや冒険者というのも偽りなんだろうか?」
「いや、本当に冒険者をやってるよ。『紅』っていう名前でパーティーを組んでる」
オリヴィアは脳内で『紅』という名前を検索しているようだが、やはり知らないようで、首を左右に振る。
「すまない。聞き及んでないようだ。あれほどの実力を持っているというのに知らないとは自分が情けない」
「仕方ないと思うよ。俺たちの冒険者ランクはCだしね」
俺の言葉に驚きの表情を浮かべるかと思いきや、何故か声を出して笑われてしまう。
「はははっ。コースケは嘘だけではなく、冗談も上手いようだ」
冗談じゃないし、嘘が上手いと思われるのも微妙な気持ちにさせられる……。
「こうすけが言ってることは本当。こうすけもわたしもフラムも個人ランクだってC」
珍しくディアが会話に加わって、俺が嘘をついていないと援護。
ディアの横顔を見てみるとほんの僅かにだが、ムスッとしているように見えた。
「……本当なのか?」
俺だけではなく、ディアも同じ事を口にしたことでようやくオリヴィアは半信半疑ながらも信じ始める。
「本当だよ。ほら」
そう言って俺がアイテムボックスから取り出したのは黒い冒険者カード。黒いカードはCランク冒険者だという証明だ。
「確かにCランクで間違いないな……。しかし何故Cランクで留まっているんだ? なろうと思えばSランクになれるだろう?」
「色々あってあまり依頼を受けてないからなぁ。それにあんまり冒険者ランクに拘りとかないから。――ってそれより本題に移らないと」
流石に自己紹介が長くなりすぎた。本題はルミエールの正体についてだというのに、このままではいつまで経っても話が終わらない。
「本題とはルミエールのことだろうか?」
どうやらある程度、本題について予想出来ていたらしい。
最初にルミエールと部屋を分けられた時点で何かを感じ取っていたのかもしれない。
「我の事だ。二人には今まで黙っていたが、真実を話す。今から話すことは全てが事実であり、信じられんかも知れないが、最後まで聞いてくれ」
――――――――――――――――――
それからルミエールは正体が竜族であること、そして竜族はそれぞれ四大元素のいずれかを司っていて、自身は火であることなどを話していく。
最後にフラムが炎竜王であるため、魔武道会で降参に至ったという話で全てを終えたのだった。
驚愕すべき事実を伝えられたオリヴィアとノーラだったが、二人の表情は穏やかで、ルミエールの話を全て信じたようだ。
「……驚かぬか?」
すんなりと信じられてしまったことで、逆にルミエールの不安は募っていく。
ルミエールは、例え二人に自身の正体を明かしたとしても受け入れてもらえると確信
だが、先程までのエドガー国王とフラムの会話を聞いてからというもの、その確信は揺らいでしまっていたのだ。
人間とはここまで竜族を恐れるものなのか、と。
だからこそ、ルミエールは人間である二人が竜族である自身の話を聞き終えた時の穏やかな表情をどこか不気味に感じてしまっていた。
そこに恐れなどまるでなかったから。
しかし――
「いや、驚かなかったといえば嘘になる。だが、それよりもルミエールの強さに納得がいった気持ちの方が大きいな」
「同じく……。それよりも『銀の月光』に竜族がいるなんて凄い……。これからはルミエールも実力を隠す必要もないし、私が楽出来そう……」
「ノーラ。それでは私たち二人が強くなれない。むしろこれからはルミエールに鍛えてもらい、さらなる高みを目指すぞ」
「オリヴィアが熱血すぎてルミエールが嫌になるかもよ……?」
「そんなことはないさ。なぁそうだろう? ルミエール」
「休憩も必要だと説得してほしい……。ルミエール……」
二人の視線がルミエールへ。
オリヴィアは笑みを浮かべながら。
ノーラは助けを求めながら。
それぞれ違う表情の中で、唯一の共通点はルミエールが必要だと瞳で語っているということだけ。
例えルミエールが人間にとって災厄だと恐れられている竜であっても構わない。
数々の冒険を共にした仲間であり、親友だから。
『銀の月光』はこの三人で『銀の月光』なのだから。
「――全て我に任せるのだ!」
そう宣言したルミエールは大輪の笑顔を咲かせながらも、その瞳からは大粒のダイヤモンドのような光輝く涙が零れ落ちていた。
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