第104話 提案
「――と言うわけだ」
「……なるほどな」
ルミエールが説明を終え、エドガー国王は何かを考えるように顎に手をつき、目を閉じる。
正体が炎竜であること、どういった経緯で『銀の月光』に入ったか、他に正体を知る者がいないか、といった話を十分程度の時間で短く簡潔に話していた。
「他に何か我に聞きたいことはあるか? 人の王よ」
「いや、さっきの話で十分だ。それより提案がある。聞いてもらえるか?」
エドガー国王は視線をルミエールへと向け、真剣な表情で話しかけたのに対し、ルミエールはやれやれといった雰囲気を出しながらアイスティーで喉を潤す。
「聞くだけなら異存はない。ただし提案に乗るかどうかは聞いてみなければな」
「俺からの提案は二つ。一つはルミエールの正体を『銀の月光』の二人にも明かしてほしいということ。もう一つはブルチャーレ公国の大公であるヴィドー大公にもさっきの話を聞かせてやってほしいということだ」
提案を受けたルミエールは即座に返答を行う。まるで最初からどんな提案をされるのかをわかっていたかのように。
「我の一存ではその提案を受けることは出来ない。フラム様の許可が必要だ」
この言葉で全員の視線がフラムへと向けられる。
エドガー国王が行った提案はルミエールの裁量権を越えていた。事前にフラムが正体を明かすことを禁止したことも要因の一つだと思うが、おそらく禁止をしていなくともフラムがいる場所で軽率な判断を下しはしなかっただろう。
「ならフラムに聞くが、今の提案を受けては――」
全てを口にする前に突如『ドンッ!』という大きな音が室内に響き渡る。
音の発生源に視線を向けると、テーブルに拳を叩きつけたルミエールの姿があった。
「――人の王よ。我のいる前でフラム様を呼び捨てにするなどいい度胸をしているな」
ルミエールが下を向いているため、前髪で隠れて顔色こそ伺えないが、激怒していることは明らか。その証拠に拳が僅かながらに震えていた。
あまりの気迫にエドガー国王は身体を硬直させてしまっているが、竜であるルミエールがその気になればエドガー国王の命は簡単に消し飛ばされてしまうのだから仕方がないことである。例えここに護衛の騎士がいたとしても、だ。
この場を収められるのはフラムしかいないため、俺は隣に座るフラムに小声でどうにかするようにとお願いする。
「ルミエール。エドガーには私を呼び捨てにしてもいいと言ったのだ。問題はないぞ」
これでどうにかなったかと安堵したところで、意外なことにルミエールは反論した。
「いくら我が王であるフラム様の許可があろうと、それだけは許すことは出来ません。例えフラム様に我が殺されようともです。これは他の炎竜でも同じであると我は考えます」
確固たる意思を持っての反論。
フラムから不興を買い、殺される可能性を考慮しつつも、曲げるつもりはないようだ。
流石のフラムもこの反論にはお手上げの様子。
俺に向かって首を左右に振り、自分ではどうにも出来ないといった飽きれ混じりの表情を浮かべている。
俺は現状を打破すべく、行動に移ろうと思ったが、その前に一つ気になったことがあったため、小声でフラムに話し掛ける。
「……もしかしてフラムって暴君だったの? ルミエールはフラムに殺されるかもって思ってそうだし」
「主には私が暴君に見えるとでもいうのか!? そもそも私は同族殺しなどしないぞ。ルミエールが勝手に勘違いしているだけだ」
見えなくもないと言いそうになったが、その言葉を何とか飲み込む。
確かにフラムは温厚な性格とまでは言わないが、すぐに暴力に出るような性格ではないことを俺は知っている。けれどもルミエールが殺される覚悟を持っているということは過去に何かしらの原因があるのかもしれない。
そんなことを頭の中で考えていたが、それどころではないと思い直す。ひとまずはこの場を何とかしなければ話が進まないこともあり、俺はルミエールに話し掛けることにした。
「ちょっといいかな? 俺もフラムのことを呼び捨てにしてるけど、それも駄目だったりする?」
エドガー国王への怒りの感情を抑えるべく、怒りの矛先を俺に向けようと試みる。
「フラム様が主と認めた方や主の仲間であれば何も問題はない。しかしそこにいる人の王はフラム様の仲間ではないだろう」
俺の試みは失敗に終わるが、収穫もあった。
ルミエールの線引きとしてはフラムが主と認めるか、もしくは対等の仲間と認めさえすれば敬称を付けなくてもいいようだ。
それなら何とか出来そうだと考えた俺はフラムに耳打ちする。
「国王様と対等な協力関係だとルミエールに言ってみてほしい」
「了解した」
小声での打ち合わせが終わり、フラムはルミエールの説得に取りかかる。
「ルミエール。私とエドガーは対等な協力関係を結んでいるのだ。だからこそ互いに敬称はいらないということになった。だから何も問題はない」
「……わかりました。フラム様がそうまで言うのであれば我は黙認しましょう」
渋々といったところだが、ルミエールは納得してくれたようだ。
これでようやく話を進めることが出来るとエドガー国王は判断したのか、口を開く。
「これからは他の竜族の前で俺がフラムと呼ぶのはやめた方が良さそうだな。まあこれ以上他の竜族に出会うことはないとは思うが」
「俺もやめた方がいいと思います。想像以上にフラムは竜族に敬意を向けられているようですし。それとフラムが迷惑を掛けてすいません」
エドガー国王の意見に同意を示しながらも俺はついでとばかりに謝罪する。
「ちょっと待ってくれ、主よ! 今回は私のせいではないぞ!そもそも――」
ギャーギャーと横でフラムが反論するが、聞き流す。
正直、今回はフラムが悪いとは思っていないが、場を和ませるための人柱ならぬ、竜柱になってもらったのだった。
数分後、場も和んだところでエドガー国王が話を続ける。
「それで話を戻すが、ルミエールの正体を明かすっていう俺の提案を受けてはくれないか?」
この提案に対してフラムはあっさりと快諾するかと思いきや、頭を悩ませる様子をみせ、逆にエドガー国王へと質問を始めた。
「私としてはルミエールの仲間である『銀の月光』の二人には明かしても問題はないと考えているが、ヴィドーといったか? そやつに正体を明かす意味はなんなのだ?」
「前にも話したが、ラバール王国とブルチャーレ公国はシュタルク帝国に対抗するために同盟を組んでいるんだが、その同盟をさらに強固なものにするためだ」
まだ俺には話が見えてこない。
ルミエールの正体を明かすことが同盟の強化にどう繋がるのかが理解出来なかったのだ。
そしてそれは他の皆も同様らしく、ディアに限っては首を傾げてからすぐに思考を放棄したのか、アイスティーに手を伸ばし始める始末。
対してフラムは深く考えるようなことはせず、すぐさまエドガー国王に質問を行う。
「同盟を強固なものにしたいというのはわかった。しかしそれとルミエールの正体を明かすことがどう繋がるのだ?」
「竜と国が交流をしているのことが他国に知られた場合、侵略の意思ありと周辺国家から考えられ、批難されることになる。いや、批難だけじゃないな。侵略される前に周辺国家と手を組み、滅ぼそうとしてくるはずだ。それほどまでに竜は人にとって脅威なんだよ。仮に他国が竜と交流し、その力を軍事利用しようものならラバール王国も黙っていられなくなるほどに、だ」
「人の世のことはわからないが、エドガーがそう言うのならそうなのだろうな。だが、竜族が人の国に手を貸すことはないと思うぞ。ましてや軍事利用されるとわかりながらとなると、なおさらだ」
例えるなら人間が虫や動物の縄張り争いに手を貸すかといったところか。そう考えてしまえばフラムの言うとおり、手を貸すことなどありえないだろう。
しかし虫や動物とは違い、人間は領土や金銀財宝を持っている。
可能性があるとしたら領土拡大への野心や財宝を目当てに竜が人間に利用されたふりをして手を貸すことくらいか。
「竜が人の国家に手を貸さないだろうことは頭の中ではわかってはいるが、可能性がゼロではない限り安心出来ないのも事実なんだよ。――で、だ。現状俺はフラムとこうして少なからず交流を持っている。これが他国に知られたとしたらまずいことになるっていうのは理解したよな? だから俺は当初、フラムに魔武道会の代表の打診をしなかった。バレたら終わりだからな」
しかし結果的には代表者が一人欠けてしまったことでフラムが出場することになった。もちろん、エドガー国王としてはフラムの正体がバレる恐れのあることはしたくなかったはずだ。
しかし反王派のこともあり、魔武道会で負けるわけにはいかず、苦渋の決断の末、フラムを代表に選出して無事に魔武道会でラバール王国は勝利することが出来た。
ここまではエドガー国王が思い描いていた理想の展開となっていた。だが、唯一の誤算があり、それがルミエールの存在ということだろう。
ルミエール自体が竜族ということもあり、フラムの正体に気付かれてしまった。これはエドガー国王にとっては痛恨の極みとなったはず。
「――魔武道会を勝利することは出来たが、フラムの正体がルミエール殿にバレてしまったってわけだ。ここまではいいか?」
「問題はないぞ。しかし私がルミエールに口止めすれば済む話だろう? いくら同盟を強化したいからといって何故わざわざヴィドーなる人物に正体を明かす必要があるのだ?」
「口止めだけでは意味がないと俺は思ってる。言っとくが、二人が漏らすとは考えないからな。問題は魔武道会の観客だ。他国の諜報員が少なからず観客に混ざっていただろうよ。その諜報員がフラムやルミエール殿の正体に気付いた可能性はゼロじゃない。ルミエール殿が急に変な行動を取った末、降参したことに引っ掛かりを覚えたの者は多くいるはずだしな。そしてヴィドー大公も引っ掛かっていた様子だった」
俺は何故エドガー国王がヴィドー大公に二人の正体を明かしたいのかが見えてきた。
ルミエールの行動に引っ掛かりを覚えたヴィドー大公はその行動の意味を調べようとするだろう。何せ、その行動が敗北の原因なのだから。
しかし竜族の謝罪行為だということを掴めるかどうかは難しいが、万が一情報を掴んでしまえば、エドガー国王はいくら友好国かつ同盟国であるブルチャーレ公国からでさえ、批難を受けることになってしまう。
それを回避するためにエドガー国王自らルミエールの情報を渡し、両国共に竜族と交流を持ってしまっているという事実を共有することで同盟の強化を打診するつもりなのだろう。
ヴィドー大公及び、ブルチャーレ公国としては半ば脅迫されるような形となってしまうが、気付かなかったとはいえ既にルミエールを魔武道会の代表にしてしまった手前、竜族との交流をなかったことにすることは出来ない。
そんな展開をエドガー国王は狙っているといるのだろうと俺は推測をたてていたところ、どうやら正解だったようで、ほとんど同じ内容をこの場にいる全員に話した。
「――ってところだ。流石に話し疲れたな。三人共、悪いが一度仮面を着けてくれ。飲み物をもう一度用意させる」
ほとんど全員のグラスが空になっていたこともあり、その申し出を了承し、エドガー国王はハンドベルを鳴らしてメイドを呼び出すと、飲み物のおかわりを用意させる。僅か二分前後で再びアイスティーを用意する手際の良さは驚くものがあった。
その後、全員がアイスティーで喉を潤しながら一旦休憩し、再び話は最初に戻る。
「それでフラム、この提案を実行する許可がほしい」
「ふむ……。正直に言わせてもらえば私としては『銀の月光』に話すことは問題ないと考えている。だが、ヴィドーに話すというのは反対だ」
フラムの表情は真剣そのもの。しっかりと考えた上での結論なのだろう。しかしエドガー国王は簡単に諦めることは出来ないらしい。
「……理由を聞いてもいいか?」
「私の正体を明かす分には特に問題はないが、ルミエールとなれば話は変わる。もしヴィドーとやらが、ルミエールの抹殺を考えたとしたらどうする? 私であれば返り討ちにしてやるところだが、ルミエールは私ほど強くはない。万が一ルミエールを害される可能性があるならば許可することは出来ない。同族を危険にさらさないようにすることは炎竜たちの王である私の責務だ」
フラムがそこまで考えていたことに俺は驚きを隠せない。自由奔放な普段の振る舞いから、簡単に許可すると思いきや、しっかりと王としての立場で物事を考えるとは思いもしなかったからだ。
だが、フラムの話はこれで終わりではなかった。
「しかし条件付きなら許可することも考えなくはない」
「条件? それは一体どんなものだ?」
「条件は二つある。一つはルミエールを害さないこと。何もルミエールを守れとまでは言わないぞ。今までのように自由に行動し、その結果ルミエールが怪我を負ったりする分には自己責任だからな。だが、ルミエールに過失がないにもかかわらず、暗殺者や兵士を差し向けて害することは許さない」
「俺としてはその条件に何も問題はないな。そもそもフラムの基準ではルミエール殿は弱いかもしれないが、俺ら人間からすれば到底太刀打ち出来ないだろうよ。それに勝てないとわかっていながら暗殺者を差し向けるような真似を慎重な性格であるヴィドー大公なら絶対にしないと言いきれる。それで二つ目の条件は?」
「二つ目は条件というよりは一つ目の条件を破った場合の話になる。もしルミエールを害した場合には罰を受けてもらうつもりだ。これはラバール王国とブルチャーレ公国が対象となる」
「……罰?」
不吉な予感がしたのか、エドガー国王は椅子に深く座り直し、真剣な眼差しをフラムに向ける。
それに対してフラムはニヤリと口角を上げた。
「ああ。罰だ。もし条件を破れば両国には滅んでもらう。私の配下のもの全てを率いて必ず報復する」
フラムの言葉を聞いた瞬間にエドガー国王はテーブルに両手を叩きつけながら椅子から立ち上がる。
「――待ってくれ。それは例えブルチャーレ公国が単独で動いたとしてもなのか?」
「もちろんだぞ。今回はエドガーから持ち込んだ話なのだからな。責任はラバール王国にはないとは言わせない。そもそも今回の話は竜族にとっては何のメリットもない話だ。いや、それどころかデメリットしかない。そんな話を持ち込んだのだ。それ相応の覚悟はしてもらうぞ」
確かにフラムの言った通りだ。
ルミエールの正体を明かすことによるメリットは竜族にはない。メリットがあるのは人間だけ。それに対して竜族にあるのはデメリットのみ。
要するにエドガー国王の提案はあくまでもフラムの善意にすがったものだ。言い換えてしまえば竜族を一方的に利用しようとしているに過ぎない。それにもかかわらず、条件付きだがフラムは最大限の譲歩をしている。
フラムからしてみれば竜族にメリットがない提案をしたからにはそれ相応の覚悟を見せろといったところだろう。
そしてフラムの善意にエドガー国王も気付いたようだ。
両手で頭を抱え、そのまま数秒間動かなくなったと思いきや、突然フラムに頭を下げた。
「――その条件で頼む。そして感謝する。ありがとうフラム」
こうしてリスクを負ったことでエドガー国王の提案はフラムに承諾されたのだった。
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