第103話 呼び出し
俺たち『紅』と『銀の月光』の計六人はアリシアの手引きによって王城へと向かう馬車に案内された。
馬車は闘技場近くの人目の少ない裏通りにとめてあり、目立たないように配慮しているのだろう。
それもそのはず、今や俺とフラムと『銀の月光』の三人はちょっとした有名人となっているに違いないからである。
馬が二頭繋がれた大きな馬車の御者台には王城で見たことのある一人の老執事が座っていた。
「皆様、この馬車にお乗りください」
そういいながら馬車に取り付けられた扉をアリシアが開ける。
普通であれば王女であるアリシアにこのようなことをさせるのは失礼を通り越して不敬にあたるが、当の本人は何も気にしていない様子。
しかしそんな中、オリヴィアはそれを良しとしなかった。
「王女殿下にこのような真似をさせる訳には――」
もしこの光景を他者に見られればまずいことになるのは間違いない。俺たち三人ならば咎められることはないと思うため、それほど気にしてはいなかったが、アリシアと知己ではないこともあり、オリヴィアは焦りを見せたのだろう。
「気になさらないで下さい。それよりもここはいくら人通りが少ないとはいえ、このままではいずれ騒ぎとなってしまいます。早く御乗車を」
もっともな話だったこともあり、オリヴィアはアリシアに一礼をした後に馬車へと乗り込む。
全員が馬車に乗ったことを確認するとアリシアが老執事に声を掛け、馬車を走らせた。
闘技場から王城へは十分ほどの時間で到着するのだが、移動中の車内は誰も口を開かなかったこともあり、なんとも気まずい雰囲気に感じる。もしかしたら俺だけがそう感じているのかもしれないが。
そんな雰囲気にむず痒くなった俺は話題を提供することに。
「アリシア王女殿下、何故護衛の者がいないのでしょうか?」
ずっと気になっていたのだ。
何故王女であるにもかかわらず、護衛を連れていないのかを。
もしかしたら護衛が周囲に隠れ潜んでいるのかとも思ったが『気配探知』にはそれらしき反応はない。
いくら王都の治安が良いとはいっても犯罪を犯す者はそれなりにおり、王女に護衛をつけないというのは信じがたいものがある。
「……」
「……アリシア王女殿下?」
俺の質問が耳に届いてないのかと思い、再度呼び掛けてみるとアリシアはハッとした表情を一瞬浮かべ、質問に答えてくれた。
「すいません。少し考え事をしていました。護衛の件でしたら問題はありません」
考え事をしていたと言ったが、おそらくは俺が王女殿下と敬称をつけたことに違和感を覚えたことで、咄嗟に言葉が出なかったのだろう。
「問題がないとは?」
わざわざ真実を追求する必要もないため、話を続ける。
「ここには魔武道会の代表者である皆様がいらっしゃいますから」
確かに例え賊に襲われたとしても、このメンバーならいとも容易く制圧出来ることは間違いないはずだ。
下手をしたら今この国で最も安全な場所はこの馬車の中といっても過言ではない。
だが、アリシアに護衛がついていない本当の理由は自信過剰かもしれないが、俺たち『紅』をエドガー国王が信用してくれているからだと俺は考えたのだった。
王城へと到着し、アリシアを先頭に城内を進む。
そしてある扉の前に到着するとアリシアが口を開く。
「オリヴィア様とノーラ様はこちらの部屋でお待ち下さい。後程使用人が参りますので何かあればその者にお願い致します。他の皆様は別の部屋に案内しますので私についてきて下さい」
あれ? ルミエールは別なんだろうか?
そう俺が思っていると、どうやらオリヴィアも疑問に思ったようだ。
「ルミエールは別室ということでしょうか?」
「申し訳ありません。私にも詳細はわからないのですが、その様にするようにと言伝がありましたので」
アリシアの言葉でこの場にいる全員が理解する。
それは誰がこの様な部屋割りにしたのかということを。
少なくともアリシアが主導で動いているわけではないことはわかる。もちろん嘘を吐いていないという前提の話になるが。
言伝をアリシアに頼める人物でありながら『銀の月光』を王城に招こうとする者。それはエドガー国王に他ならない。
では一体何故『銀の月光』のメンバーでルミエールだけ部屋割りが違うのかという点についてだが、おそらくエドガー国王はルミエールと俺たちに用事があるのだろう。
面倒事になりそうな嫌な予感がしながらも、その後アリシアに別の部屋に案内されたのだった。
目的の部屋であろう扉にアリシアがノックすると、扉越しに入室を許可される。
案の定、入室を許可した声の主はエドガー国王であった。
「急に呼び出して悪いな。とりあえず、そこらの椅子に掛けてくれ。それとアリシア、ご苦労だった。後は自分の部屋でゆっくりと休むといい」
アリシアは一礼し、その場を後にする。どうやらアリシアに話を聞かせるつもりはないようだ。
ひとまず全員が席に着く。
軽く部屋を見渡してみると、比較的質素な部屋だった。
調度品などは最低限であり、家具も椅子とテーブルを除くとガラス棚が一つ置かれているだけ。
どうやら客室というよりは応接室に近い部屋のようだ。
「話をする前に飲み物を用意させるか」
テーブルに置いてあったハンドベルを鳴らす。
すると一分もかからずメイドが現れ、人数分のアイスティーを配ると、すぐさま退出していく。手際が良すぎる辺り、おそらく最初から用意してあったのだろう。
少し喉が渇いていたこともあり、アイスティーへと手を伸ばしたところで自分が仮面を着けていることを思い出す。そして残念なことにストローがないため仮面を外さなければ飲むことが叶わない。
この世界にはストローがないことはない。
無論、プラスチック製のストローなど存在するわけもなく、素材は何かの植物の茎を乾燥させたものである。
俺がアイスティーへと手を伸ばしたまま固まっていることに気付いたエドガー国王は「あぁ」と口にした後に俺たち三人に提案をしてきた。
「三人共、仮面を外してもいいんじゃないか? この部屋は俺の許可なしに誰かが入ってくることはないしな」
隣に座るディアが顔をこちらに向け、どうするべきかと視線で訴えてくる。
この部屋で俺たちの顔を知らないのはルミエールのみ。だが、そのルミエールはフラムを知っているということもあり、仮面を外しても問題はないと判断し、ディアに軽く頷く。
「そうさせてもらいます。このままでは飲み物も飲めませんし」
そして俺たち三人は仮面を外してからテーブルの上に置き、アイスティーへと口をつけた。
「それじゃあさっそく本題に移らせてもらおうか。薄々勘づいてるとは思うが、ルミエール殿についてだ」
やはりエドガー国王はルミエールの正体に気付いていたらしい。その証拠に『ルミエール殿』と敬称をつけて呼んでいる。他国の客人ということで敬称をつけているだけという可能性もあるが、おそらくは竜であるルミエールを無闇に刺激したくないためだろう。
「我についてか? 一体何の話だ?」
ルミエールの表情は一切変わっていない。そこには驚きも怒りの表情もなく、ただその瞳をまっすぐとエドガー国王に向けていた。
「ルミエール殿、貴女の正体は竜だろうか?」
エドガー国王らしくない丁寧な口調で尋ねる。これはルミエールに対して配慮したということだ。下手に刺激でもしてしまえば危険なことになると考えたのだろう。
人間の国の王という立場は竜にとっては何の意味も価値もないということをエドガー国王は理解しているようだ。
その問いに対してルミエールは視線を厳しいものへと変化させる。決して国王に向けるようなものではなく、不敬罪に問われてもおかしくはないほど。
しかしルミエールが不敬罪などを恐れるわけがない。人の法律に縛られることなど竜にとってはあり得ないことだ。
かなり険悪な雰囲気となる。下手をしたらルミエールがエドガー国王に手を出しかねない。そんな雰囲気の中、口を開いたのはルミエールではなく、フラムだった。
「ルミエール」
この一言だけでルミエールの雰囲気はがらりと変化し、険悪な雰囲気は霧散する。
「――はい!」
ルミエールのフラムへの態度だけで正体を明かしているようなものだが、誰もそのことに言及はしない。
「エドガーは私の正体を知っている数少ない者の一人だ。話すことを許可する」
「かしこまりました。我が王」
フラムからの許可を得たことでルミエールは口を開いた――
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