第102話 閉会式

「……土下座?」


 俺は意外すぎる光景を見てしまったことでつい声に出してしまう。


 この世界にも土下座なんて文化が存在するのかな? などと思っている間にルミエールが降参し、試合が終了。


 あまりにもあっけない結末に思考がついていけず、ボケッとしているとフラムが試合を終え、いつの間にか俺の隣の席に腰をおろしていた。


 フラムの姿を見る限り、怪我をしている様子はない。その事に少しの安堵を覚えながらも、いつもとは違う髪型になっていることに今さらになり、気付く。


「フラムお疲れ様。髪止めはどうしたの?」


「燃え尽きてどこかにいってしまった。まぁ主のアイテムボックスに予備はあるから問題はないぞ」


 そう言われ、アイテムボックスを漁り、フラムから預かっていた鞄を取り出して渡す。その鞄からフラムは一本の紐を取り出すと器用に髪を束ねて普段のポニーテールの姿に戻る。


「どうもこの髪型ではないと髪が鬱陶しくて仕方ない。そんなことよりも主に報告することがあったのを忘れていたぞ」


「……報告?」


 フラムがわざわざ俺に何かを報告するということは珍しい。事前に何かを頼んでいれば特段気にすることではないが、自ら報告してくるということは緊急の用件があると見て間違いないだろう。


 若干、嫌な予感を覚えながらも話の続きを促す。


「あまり大きな声では話せないことだ。耳を貸してほしい」


 言われた通りに耳を寄せると、衝撃の事実がフラムから伝えられる。


 簡単に要約してしまえば、フラムの対戦相手であったルミエールの正体が竜であるということだった。ちなみに土下座についても説明はもらった。


 フラム曰く、晩餐会の時点でルミエールが竜族であることには気付いていたのだが、調子づいていたルミエールにお灸を据えるべく、試合が終わるまで黙っていたとのこと。


 正直、かなり頭が痛くなる話である。

 とりあえずはフラムに次からはホウレンソウ(報告・連絡・相談)を心掛けるようにと告げておき、今後の対処をどうするか検討する必要があった。


「それでフラムの正体が他の人にバレる可能性は?」


「ルミエールには口止めをしておいたから問題はないと思うぞ。それにルミエールは私と同じ炎竜だ。私の命令には背かないだろう」


 確かにフラムの言うとおり、同族である王の命令を無視することは出来ないだろう。しかも同じ火を司る竜となればなおさらのはず。

 そうとなればフラムの正体が漏れる可能性は限りなく小さい。しかし念のためエドガー国王には報告をした方がいいとも俺は考える。


「やっぱり国王様に報告した方がいいかな? 正直気乗りしないけど……。あ、そういえばもう一つ聞きたいことがあるんだけど、フラムとルミエールって元々知り合いだったりするの?」


 フラムがどうやってルミエールの正体に気づいたのかが気になったのだ。知り合いであれば顔を見ただけで判断がつくだろうが、もしかしたら竜か人かの見分け方があるのかもしれないと考えたのだ。


「知り合いだぞ。あれは私の部下の娘なんだ。何度も顔を合わせたこともあるし、遊んでやったこともあるぞ」


「そうだったんだ。もしかしたら竜族の見分け方とかがあるのかなと思ったんだよね」


「人間では見分けることは不可能だな。私であれば顔見知りではなくとも見分けることは出来るぞ。それと主ならある程度は見分けられるはずだ」


 そうは言われても俺の『神眼リヴィール・アイ』ではフラムの情報を見ることが出来ないことからも見分けることは不可能に思える。加えて、仮に情報を見ることが出来たとしても種族までは表示されないため、どのみち意味がない。


「俺のスキルじゃ種族までは表示されないから無理だと思うよ」


「主よ、種族は見えずともスキルを見ることが出来るのならば問題はないぞ。人の姿になれる竜は全員『竜人化』というスキルを持っているからな。ただ、私などの竜王ともなれば主のスキルよりも強力な情報隠蔽スキルを持っていることからその方法は通じないが」


「……なるほどね。ありがとう。参考になったよ」


 今後、竜族と出会うことなどそうそうないとは思うが、有力な情報を得ることが出来た。竜王には通じない方法だが、問題はないだろう。

 仮にフラム以外の竜王と敵対してしまった場合、俺では正体を知ったところで勝てるビジョンが見えないことからも深く考えても意味はない。それにいざとなったら情けないがフラムに頼ればいいだけだ。




 フラムとの会話が一段落し、少し経ったところで一人の騎士が俺とフラムのもとへとやってきた。

 その騎士は魔武道会が始まる前に案内をしてくれた人物で、どうやら連絡があるとのこと。


「今から五分後に閉会式が行われますが、その際に勝利を収めたお二人には観客の皆様に何か一言お願い致します。――では後程、私が案内を致しますので今しばらくお待ち下さい」


 それだけを言い残し、颯爽と騎士はこの場から消えていく。


「ちょっ――」


 呼び止めることが出来ず、俺は騎士へと手を伸ばした状態で固まってしまう。

 人前に立つことすら苦手だというのに、それに加えてスピーチを行えというのは無理難題である。しかもタイムリミットは僅か五分。

 人によっては五分もあると考えるかもしれないが、俺にとっては一日あっても時間が足りないだろう。


 焦りで頭の中が真っ白に染まっていく。そして――


「うん。無理だ。諦めよう」


「主よ、潔い決断だが、そこまで深く考える必要はないだろうに。既に観客席の熱気は凄い。簡単な一言で勝手に盛り上がってくれるはずだ」


 フラムのおかげもあり、俺は冷静さを取り戻す。もちろん完全にとはいかないが、五分という少ない時間でそれなりにスピーチの内容を固めたのだった。




 その後、再び騎士が俺たちのもとを訪れると闘技場の中央へと案内され、閉会式が始まった。


 閉会式に参加したのは俺とフラムに『銀の月光』の三人を合わせた計五名。他の代表者は怪我もあり、閉会式の参加を見送ったようだ。


 そしてエドガー国王とヴィドー大公が魔武道会を締めくくる言葉を述べて椅子に座ると、俺とフラムに騎士から魔道具を手渡され、スピーチを行う時が訪れた。


 最初にスピーチを行ったのはフラム。


「中々に相手が手強く苦戦したが、皆の声援で勝つことが出来た。応援感謝する」


 短いながらもフラムの言葉で観客は大いに盛り上がりを見せる。しかしそんな中、俺だけは最悪の気分でこの時間を過ごしていた。


 緊張のせいではない。

 では何故かといえば、考えていたスピーチの内容がフラムと丸かぶりしていたことが原因である。

 そしてフラムに愚痴を言うとしたら「苦戦なんてしてないだろ」と言いたい。


 そして俺の順番となり、口を開く――




 気が付けば俺は闘技場の控え室で椅子に座りながらディアに肩を揺すられていた。


「――あれ? 閉会式は?」


「もう終わったよ。それよりトムは大丈夫? 控え室に戻ってから急に動かなくなって心配した」


「……?」


 現状が理解出来ない。

 フラムがスピーチを終えた後からの記憶が飛んでいた。

 ひとまず周囲を見渡してみると、控え室には俺とディアとフラムに加えて『銀の月光』の三人がいることを把握する。


 なるほど。だからトムって呼ばれたのか。ってそれどころじゃない! スピーチはどうなったんだ!?


「一つの聞きたいんだけど、俺は閉会式で観客にちゃんと話せてた……?」


「大丈夫。少し感情が抜け落ちてた感じがしたくらいで後は何も問題はなかった」


 ディアにそう説明され、安堵すると共にあの場を乗り切った過去の自分によくやった、と誉めてやりたい気持ちになる。


「頭が真っ白になってて記憶が抜け落ちてたけど、それならよかったよ。……それで、この状況はどうなってるの?」


「わたしにもわからない」


 この状況とはフラムの状況を示していた。

 フラムは現在進行形で椅子に座りながらルミエールに肩を揉まれている。いや、揉ませているといった方が正しい表現なのかもしれない。

 そしてそれを眺めているオリヴィアとノーラ。

 二人にとって衝撃的な光景なのかハイライトが消えた瞳で呆然と眺めているのだった。


 このまま眺めているわけにもいかないと考えた俺はフラムへと近寄り、声を掛ける。


「……ラム。一体何してるの?」


 俺がそう聞くと、何故かフラムではなくルミエールが俺に反応し、そしてそのまま急に頭を下げられた。


「我の王である御方の主とは知らずに暴言を吐いてしまい、申し訳ありませんでした!」


 まるで意味がわからない。っていうかこの子は本当にルミエールなのだろうか。


 そんなことを思っていたが、一つ聞き逃せない単語をルミエールが口にしていたことに気付く。

 ルミエールはフラムのことを「我の王」と呼んでいた。つまるところフラムの正体を『銀の月光』は知っているのかもしれないのだ。

 フラムが口止めをしたことで問題はないと考えていたが、どうやら甘い考えだったのかもしれないと思い直す。


「ちょっとラムを借りるね」


 フラムの腕を掴み、控え室の隅に連れていく。


「ルミエールがフラムのことを『王』って呼んでたけど、まさか『銀の月光』に正体がバレたってこと?」


「いや、問題はないぞ。どうやら――」


 フラムによると、ルミエールは自身の正体は明かさずにフラムのことを故郷の国の王だとオリヴィアとノーラに説明したとのことだった。


 しかし、安心は到底出来ない。

 竜だということはバレていないらしいが、フラムがどこかの国の王ということになっているのは問題である。

 この世界にどれほどの数の国があるのかはわからないが、調べようと思えばフラムが人間の国の王ではないということなど簡単に調べることが出来るだろう。これは由々しき問題だ。


 どうするべきかと思考を巡らせていると、控え室の扉がノックされた音が耳に入る。


 一旦思考を破棄し、ノックの主を確認すべく視線を扉へと向けると、そこに現れたのはラバール王国の王女であるアリシアであった。


「失礼致します。私はラバール王国第一王女、アリシア・ド・ラバールと申します。お疲れだとは思いますが、ここにいる皆様を今から王城に案内させていただきます。よろしいでしょうか?」


 自身を王女だと名乗ったということは王女としての用件だということなのだろう。だとすれば断ることは難しい。とはいえ、元々断るつもりはないのだが。


 断れないのは『銀の月光』も同じようだ。オリヴィアが首肯で返答する。




 そして俺たち『紅』と『銀の月光』はアリシアの案内で闘技場を後にしてから馬車へと乗り、王城へと向かったのだった。

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