第107話 出産祝い

 慰労会の会場は魔武道会の前日に催された晩餐会と同じだった。


 しかし、前回と比較すると貴族の参加者は前回より人数が減っている。ブルチャーレ公国の貴族の参加者はあまり変わってはいないが、ラバール王国の貴族の参加者が二割程減っていた。


 これは俺の推測でしかないが、反王派貴族が慰労会への参加を見送ったのだろう。彼らからすれば、ラバール王国が敗れることを期待していたのだ。だが、結果はラバール王国が勝利したこともあり、慰労会に参加したとしても気分が良いものではない。そのため、欠席したのだと思われる。


 その代わりと言っては何だが、魔武道会の代表者たちは全員参加がしていた。怪我の治療も終わって半日ほど安静にしていたこともあり、元気な姿を見せている。




 そして現在、俺たち三人は貴族たちの対応に追われている真っ只中。

 慰労会が始まってからというもの、ひっきりなしに貴族が俺たちの所へと訪れている。


 もちろん当初は目立ちたくないため、会場の隅で息を殺しながら大人しくしていた。何せ俺たちは仮面を着けていることもあって隠れながらでなければ、せっかくの豪勢な料理を食べることさえ叶わないからだ。


 しかし無情にも乾杯の合図と共に続々と貴族たちが俺たちの下へと来てしまった。


 公爵から始まり、次に辺境伯、侯爵、伯爵と爵位の高い順から話し掛けられる。

 只でさえ、自分より身分が高い者との会話は精神的にかなり疲労するのだが、それに加えて彼らの話が長いのだ。

 話の長さに比例して内容が伴っているのならば、まだ我慢が出来るが、むしろ反比例していた。


 どの貴族も例外なく、最初は簡単な挨拶から始まり、次に自身の身の上話。さらに最近起きた面白くも何ともない自慢話を聞かされてから、ようやく本題へと移るのだ。


 そしてその本題も全員が全員、同じ内容なのも殊更苦痛だった。

 要約してしまえば、「私兵にならないか」とのこと。

 ラバール王国を勝利に導いた立役者である俺とフラムをお抱えにすれば、自身の領地を守る最高の戦力となり、なおかつ貴族としてのステータスにもなる。まさに一石二鳥。


 経歴不明、素性不明でありながら、俺たちを破格の金で雇おうとする心意気だけは尊敬出来なくもないが、勘弁願いたい。


 既に何人目かは忘れたが、一人の貴族との会話を終えて、ようやく一息吐けるかと思ったが、また次の貴族がこちらへと近付いてくるのが遠くから見える。


 まさに地獄。

 慰労会ではなく、疲労会だといっても間違いではない。

 何故、本来最も労われるはずの俺たちが一番疲労しなければいけないのかと何度思ったことか。


 ディアとフラムを見れば二人は既に我関せずといった態度。

 ディアはすぐ近くの窓から見える夜空を一人でぼんやりと眺めていて、フラムはというと慰労会は立食形式のため椅子はどこにも置いていなかったはずなのに、何処からともなく椅子を用意し、腕を組ながら座って――いや、寝ていた。


 二人の自由人っぷりに大きなため息を吐きたくなるが、グッとこらえて既にこちらに近付いていた貴族に視線を向ける。


 するとそこには見知った二人がいた。


「お疲れだろうが、申し訳ない。私は伯爵位を王より戴いているシモン・ド・シャレットと申します。隣にいるのは娘のエリス。貴方はトム殿で間違いないだろうか?」


 商業都市リーブルの領主であるシャレット伯爵とエリス嬢に会うのは約一ヶ月ぶりくらいだろうか。

 エリス嬢の護衛をする依頼が完了してから会うのは初めてだ。


「……はい。そうです」


 認識阻害が付与されている仮面のせいでシャレット伯爵は俺のことに気付いていない様子。

 正直、シャレット伯爵に偽名を名乗るのは申し訳ない気持ちになるが、大多数の視線がある中で正体を明かすわけにはいかず、歯切れが悪い返事をしてしまう。


 そんな時だった。

 エリス嬢がいつの間にかシャレット伯爵から離れ、窓辺にいたディアに近付いていき、その肩を叩く。


「……ディアさん?」


 確信はないのだろう。エリス嬢は小さな声でディアにそう問いかけた。

 声に気付いたディアは振り向くと、エリス嬢に顔を向けてコクりと頷く。


「久しぶりだね」


「……はい!」


 感極まったのかエリス嬢はディアの胸元に強く抱き付き、ディアはその頭を優しく撫でている。


 どうして認識阻害の仮面を着けているディアに気付いたのかはわからない。後ろ姿の雰囲気か何かで勘が働いたのだろうか。


 俺がそんな事を考えていると、シャレット伯爵もエリスの様子で俺たちの正体に気付いたようだ。


「……なるほど、そういうことか。ハハハッ! 私は全く気付かなかった。どうやら自己紹介は必要なかったかな? それと元気にしていたか?」


 シャレット伯爵は頭が切れる。

 俺たちが正体を隠したがっていることを察し、名前を出さずに挨拶をしてくれた。

 その気遣いに俺は嬉しくなり、仮面の下で笑みをこぼしてしまう。


「はい。おかげさまで元気にやっています。そういえばシャレット伯爵は晩餐会にはいなかったみたいですけど、どうして今日は参加したのですか?」


「実は息子が一週間ほど前に産まれてね。それで魔武道会の観戦に間に合わず、今日ようやく王都に着いたのだよ」


「本当ですか!? おめでとうございます!」


「ありがとう。妻が頑張ってくれたおかげだ。だが、魔武道会を見られなかったのは残念だがね。聞いた話によるとずいぶん活躍したようではないか」


 エリス嬢は中学生になる手前くらいの年齢。そう考えるとシャレット伯爵の奥さんはその言葉の通り、頑張ったのだろう。


 でもこの世界じゃ十代で結婚することは珍しくないみたいだし、奥さんもまだまだ若いのかもしれないな。実際、シャレット伯爵も三十歳を少し越えたくらいの年齢だと思うし。それより、何か出産祝いを渡した方がいいかな?


 この世界で数少ない知り合いであり、俺たちに良くしてくれた人だ。そんなシャレット伯爵の跡継ぎが産まれたとなれば、やはり何かプレゼントしたいという気持ちが湧き上がっていく。


「いえいえ、大したことはしてません。それより魔武道会の事なんかは置いといて、何か出産祝いをプレゼントしたいのですが、受け取ってもらえますか?」


「念のために言っておくが、魔武道会で勝利を収めるというのはとても栄誉あることなんだが……。まぁ君らしいか。それでプレゼントだったか? 君からのプレゼントなら喜んでいただこう」


「では少し待ってください。何か良いものがあるか探すので」


「……探す?」


 俺はアイテムボックスの中に何かプレゼントに相応しい物があるか探す。


 魔物の魔石や食料などはかなりの数を持っているが、プレゼントとなるとそれらは相応しくない。


 何か良いもの……。おっ! これだったらプレゼントしても喜ばれるかもしれないな。でもこれを渡すとなると口止めをしないといけなくなるしなぁ……。だからといって他にプレゼント出来そうな物もないし……。


 悩みに悩みだ末、ある物をプレゼントすることに決める。


「シャレット伯爵、ちょっと付いて来て下さい。ここでは渡せないので」


「わかった」


 俺は慰労会の会場からバルコニーへとシャレット伯爵を連れて移動した。

 バルコニーには他の人はおらず、俺とシャレット伯爵だけとなる。


「何故バルコニーに?」


 わざわざここまで連れてこられた理由がわからないといった様子で、首を傾げていた。


「他の人にはプレゼントする物を知られたくないので。それとプレゼントのことは他言無用でお願いします。絶対に面倒な事になりますし、下手をしたらシャレット伯爵が狙われるかもしれません」


「危険な物なら遠慮したくなるのだが……」


 どうやら言葉のチョイスを間違えたようだ。これでは出産祝いのプレゼントではなく、危険物を押し付けるように聞こえてしまう。


「すいません。誤解させてしまいました。危ない物ではないので安心して下さい。――ではこれをどうぞ」


 アイテムボックスであるウエストポーチから取り出したのは黒い革製のハンドバッグ。鞄から鞄を取り出す光景は少しおかしなものだが、気にせずにそれを手渡す。


「おぉ! これはとても良い革を使っているようだ。ありがとう」


 一見、ただのハンドバッグに見えることもあり、鞄の品質だけを確認したシャレット伯爵は嬉しそうにしている。だが、それはただの鞄ではない。


「それはアイテムボックスですので盗難には気を付けて下さい」


「なっ! ……良いのか? アイテムボックスともなれば、貴族でもそう易々と購入できるほど安い物ではないが」


「大丈夫ですよ。俺が作った物ですから鞄代くらいしか掛かっていません」


「……作った?」


 シャレット伯爵は驚きを通り越して呆然としていた。

 それもそのはず、アイテムボックスを作るためにはエリス嬢が狙われた原因となった『空間魔法』のスキルが必要になり、誰しもが簡単に作れるようなものではないのだ。


「はい。俺がアイテムボックスを作れることを知っているのは仲間以外にはいないので、秘密にして下さい」


 俺がアイテムボックスを作れることは信頼している者以外には教えるつもりはない。もちろん売ったりもしないつもりだ。


 エリス嬢が『空間魔法』を使えるが故に狙われたこともあり、もし俺がアイテムボックスを作れると知られてしまえば面倒な事になることは目に見えている。

 そしてそれは愛娘を狙われた張本人であるシャレット伯爵も同様のはず。だからこそシャレット伯爵には俺がアイテムボックスを作ることが出来ることを教えてもいいと思ったのだった。


「――ああ。シャレット家当主として他言しないことを約束しよう」


 必ず約束を守るといった真剣な眼差しと共に誓いを立てる。


「ありがとうございます。――あ、それとそのアイテムボックスは内部の時間が停止しているので食料品を入れても腐ることはありません。なので、お子さんの口に入れる物を買った時などに使うと便利だと思います。それと内容量ですが、たぶん荷馬車十台分くらいは入るかと」


「ほう。それは便利だ――な!?」


 サラッと言えば驚かせずに済むかと思ったが、無理があったようだ。あまり大声を出されれば、会場内にいる他の人たちに聞かれる可能性があるため、落ち着かせるように呼び掛ける。


「落ち着いてください。他の人に気付かれてしまいますから」


「――取り乱してしまったようだ。すまない。それにしてもアイテムボックスの容量も驚きだが、時間が停止したアイテムボックスなど聞いたこともない」


 俺のスキル『空間操者スペース・オペレイト』は『空間魔法』とは違い、空間の拡張だけではなく、空間を創造することが可能。それにより鞄内に時間が停止した空間を創造したのだ。


「俺のアイテムボックスも時間が停止してますので、試しにこれを食べてみて下さい」


 そう言って取り出したのは、以前ナタリーさんに作ってもらった自家製のパン。焼き立ての状態でアイテムボックスに入れたため、焼き立てで温かい。


 シャレット伯爵は手渡されたパンにかじりつく。


「焼き立てのようだ。……本当に時間が停止しているのだな。未だに信じられんが、分かることが一つだけある。このアイテムボックスの価値は計り知れないものということだ。金貨1万枚……。いや、それどころか国宝級か。確かにこれは誰にも話せないな。もし私が持っていることが知られれば、殺してまでも奪ってくる者が現れるだろう」


 今の俺であればシャレット伯爵にプレゼントしたアイテムボックスであれば一日数十個は作れるが、それは黙っておこう。


 ちなみに俺が使用しているアイテムボックスは一品物だ。

 そもそも便宜上はアイテムボックスと呼んでいるが、その実は全くの別物で俺の擬似アイテムボックスには容量に制限はない。仕組みとしては鞄の中に異空間を繋げているだけ。

 そのため、仮に俺の鞄が盗難されたとしても、俺が異空間との接続を切ってしまえばただのウエストポーチに成り下がるため、防犯性が高いのだ。


「そうですね。なので気を付けて下さい。それとこの事は国王様も知りませんので内密に」


「承知した。それにしてもとんでもないプレゼントをもらってしまったようだ。便利な物だが、使うかどうか悩むほどにな」


「鞄なので使わないと意味がないですよ。俺としては例え紛失されたとしても製作者が知られなければ別に問題はないので」


「なら大切に使わせてもらおう。ありがとう、コースケ君」




 その後会場へと戻り、シャレット伯爵とエリス嬢は俺たちに別れの挨拶をしてから別の場所へと向かっていく。


 エリス嬢としてはディアと離れたくない様子だったのだが、シャレット伯爵が何とか宥めてこの場を後にしたのだった。



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