第101話 困惑

 ルミエールによる突然の降参宣言によって試合が終了し、闘技場は困惑に包まれる。

 一体何が起こったのかが観客には理解できなかったのだ。


 観戦していたほとんどの観客からすれば、戦況は圧倒的にルミエールが有利だと見ていた。

 それもそのはず、信じられないほどの威力を持った炎でフラムにかなりのダメージを与えたと考えていたからだ。


 無論、炎が舞い上がる中からフラムが平然と現れたこともあり、試合が決着したとまでは考えていない。だが、もう一度あの業炎をフラムに叩き込めば、ルミエールの勝利は間違いないはずだと考えてしまうのは不思議な話ではなかった。


 しかしルミエールは次の攻撃を行うどころか、突如謎の体勢になり、降参宣言をしたのだ。観客が困惑してしまうのも無理はない。


 そんな困惑に包まれた中、未だにルミエールはフラムに土下座をしていた。


「ルミエール。もう頭を上げていいぞ」


 手に持っていた竜王剣をいつの間にかどこかへと消し、腕を組ながらルミエールへそう告げる。その態度は他者から見れば傲慢なものだと思われるが、ルミエールからしてみれば微塵も傲慢な態度だとは思わない。


 いや、思えない。

 それほどまでにフラムとルミエールには身分の差が存在するのだ。


「ありがとうございます! それでは失礼しま――」


 フラムからの許しを得て、土下座の姿勢を解いたルミエールは二本の足で立ち上がり、その場からいち早く退散を試みるが、失敗に終わる。


「待つのだ。ちょっと耳を貸せ」


 呼び止められたことでルミエールは恐怖と緊張のあまり、ピクリと身体を硬直させた後に大人しくフラムへ耳を貸す。


「竜族であることは誰にも話すではないぞ。主から正体を明かすことは禁じられているのだ」


 声こそ小さいが、その言葉には有無を言わせぬ力があった。


「もちろんです」


 フラムから言われずともルミエールは誰にも正体を明かすつもりはない。現に『銀の月光』のメンバーにすら正体を告げたことはなかったのだ。


 ルミエールは我が儘で細かいことを気にしない性格ではあるが、馬鹿ではない。自身の正体を明かせば、大事になってしまうことくらいは理解している。


「うむ。では行って良いぞ」


 ようやくフラムからのお許しを頂戴し、ルミエールはそそくさとオリヴィアとノーラのもとへと戻ったのだった。


――――――――――


「ルミエール、一体何が起きたんだ?」


「どうしたの……?」


 ルミエールが代表者観客席へと戻ると、オリヴィアとノーラがすぐさま駆け寄り、事態を把握したいという一心で話し掛ける。


「あ、いや、そのだな……」


 フラムからの口止めもあり、何と説明すれば良いのかがわからず、言葉に詰まってしまう。


 しかしオリヴィアはそんなルミエールの悩みを知るはずもなく、矢継ぎ早に質問をしていく。


「それと、ルミエールは槍を使いなのか? 後、降参をした時にしていた謎の行動は一体何なんだ?」


 今までルミエールは『銀の月光』で活動していた際、炎竜槍を使ったことはなかった。

 基本的には素手で戦い、稀にそこらで売っているような剣を使って戦っていたこともあり、槍使いであったことを二人は知らずにいたのだ。

 そういった経緯もあり、ルミエールへの質問が次々と湧いていくのは仕方ないことだった。


「……私たちにも話せない理由が何かあるのか?」


 ルミエールが口を開く気配がなかったため、何か秘密があるのかとオリヴィアは考え、そう口にする。そしてそれと同時にオリヴィアの表情が悲しみで歪んでいく。

 心から信頼している仲間であり、親友であるルミエールが何も話してくれないことに悲しみを覚えたのだ。


 誰にも秘密の一つや二つあるものだということはオリヴィアも理解はしている。しかし理解はしていても感情は納得できない。それほどまでに『銀の月光』の仲間を大切に思っているのだ。


 またその想いはルミエールも同じだった。


 本来、竜族は人との関わりを持つものは少ない。竜族にとって人間とは虫けらとまでは言わないが格下の存在であり、興味を持たないのだ。

 だからこそ竜族は人の前に現れることは滅多になく、人間と交流を持つ竜は変わり者とさえ同族に思われる始末。


 そしてルミエールは人間に興味を持つ変わり者だった。だからこそ竜族の住む地から飛び出して人間の国を訪れた結果、オリヴィアとノーラに出会い、今では種族を越えた親友だと思っている。


 オリヴィアの悲しげな表情を見てしまい、ルミエールはどうすればいいのかと頭を悩ます。

 おそらく正体を明かしたとしてもオリヴィアとノーラなら必ず受け止めてくれると確信している。しかしフラムにより口止めされてしまい八方塞がりとなっていた。


(正体を明かせばフラム様に殺される……。どうすればいい……)


 ルミエールはそう考えているが、仮に正体を明かしたとしてもフラムの性格上、怒りはするが殺したりはしない。けれどもルミエールはそれほどまでにフラムを恐れているため誤解をしているのだ。


 数秒間、頭を悩ませてから口を開く。


「……すまん。詳しくは話せないが、少しだけ話そう。もちろん他言無用で頼む」


 結果的にルミエールは全てを語ることはせず、話せる範囲で説明することにしたのだった。

 オリヴィアとノーラはその言葉に対して軽く頷き、続きを促す。


「我が対戦した御方なんだが……」


 話すと決心したにもかかわらず、再び言葉に詰まってしまう。


「確かラムとかいったか?」


 間を持たせようとオリヴィアが軽い相槌を入れる中、ノーラはある言葉に引っ掛かりを覚える。


「御方……?」


 敬称である『御方』という言葉をルミエールが使うところなどノーラは過去に耳にしたことがなかった。それどころか、そもそもルミエールは敬語すらまともに使えないと思っていたこともあり、引っ掛かりを覚えたのだ。


「あの御方は我の生まれ故郷の王だ。戦っている途中で気付いてな……」


 言葉に詰まっていたルミエールが話を再開し、ようやく二人は降参した理由に合点がいく。

 ルミエールの故郷がどこの国なのかは二人にはわからないが、仮に生まれ故郷の王が相手であれば、自身も勝敗はともあれルミエールと同様に矛を収めてしまうだろう。


「……なるほど。つまりラム――ラム様が故郷の国の女王だからルミエールは降参したのか。それであれば仕方がない」


 ラムと言い掛けたがその正体を女王と知った今、敬称をつけるべきだと考え、言い直す。


「勝てるとしても相手が女王様だったら降参するのは仕方がない……。私だって降参すると思う……」


 二人に慰めの言葉をもらうが、ルミエールは二人の勘違いを正す。


「二人は本来なら我が勝てたのに相手が王であるから降参したと思っているようだが、勘違いをしている。あの御方が本気を出せば戦いにもならない……。一瞬で殺されるだろう」


「……まさか。いや、いくらなんでも言い過ぎではないか?」


「ルミエールは強い……。あり得ない……」


 共に冒険をしてきたからこそ、その言葉を信じることが出来ない。二人の想像力ではルミエールを瞬殺できる者など想像すること自体不可能だった。

 只でさえルミエールは人間の範疇を越えた実力を持っているのだ。信じろという方が無理な話である。


「確かに我は強い。だが、あの御方には絶対に勝てないのが現実だ。それと二人に忠告をしておく。死にたくなければあの御方とその仲間には手を出さない方がいい」


 真剣な表情で語ったルミエールの忠告は二人の心に刻み込まれたのだった。


――――――――――


 全ての観客が困惑している中、エドガー国王とヴィドー大公、そしてアリシアがいる貴賓席でさえも困惑に包まれていた。


「勝っ……たのか?」


 困惑の中、エドガー国王が口を開く。

 審判が勝利宣言をしたにもかかわらず、フラムが勝利したことに実感を覚えることが出来ない。


 いくら炎竜王ファイア・ロードであるとはいえ、フラムが炎に焼かれる様子を見て、一度は敗北を覚悟した。しかし最終的には相手が降参したことによって勝利を収めたが、何故突然相手が降参をしたのか疑問を持たずにはいられなかった。


(フラムの対戦相手のあの行動はなんだ? そしてその後すぐに降参ときた。まるで意味がわからん)


 何かしらの魔法で相手の身動きを取れなくしたのかとも考えたが、ルミエールの雰囲気からしてそれはないだろうとエドガー国王は頭を振る。


 そしてヴィドー大公も敗北したことをようやく理解したのか、落ち着いた声音で口を開く。


「……そのようだな。今年はブルチャーレ公国の負けか。それにしても最後のルミエールはどうしたというのだ」


「俺にもさっぱりだ。ダミアーノなら何か知ってるかとも思ったがどうやら知らなそうだな」


「エドガーの言うとおり、私にもわからない。ただ、頭を下げているようにも見えたが、あれが謝罪だとしてもあの様な作法は聞いたことも見たこともない」


 ヴィドー大公は推測を軽く語っただけであったが、自覚なしに正解へと辿り着いていた。

 しかし、いくら国を統治している人間とはいえ、竜との交流などあるわけもなく、竜族の作法を知らないがために確信には至らない。


 それはエドガー国王も同様であり、未だに頭の中で様々な推測が浮かんでは消えてを繰り返していた。


(あぁ、くそ! いくら考えても埒が明かない。……まぁフラムが竜だとバレなかったし、良しとす――)


 その時、頭の中である推測が思い浮かぶ。


(……竜。そうだ。フラムは竜だ。もしかしたらルミエールの行動は竜ならではの作法か何かなんじゃ……? ダミアーノの言うとおり、あれは頭を下げている様に見えた。ってことはまさか……)


 エドガー国王は二つの推測を立てる。


 一つは人間であるにもかかわらず、ルミエールが何らかの経緯でフラムの正体を知り、そして竜の作法を知っていたという可能性。

 もしあの行動が謝罪や敬意を示すような行為だと仮定した場合、その後の降参宣言にも納得がいく。


 この推測が正しいとすれば、エドガー国王は窮地に追い込まれる。考えうる限りの最悪の事態になってしまう。

 何故ならば、竜と交流を持っていることが露呈してしまうためだ。この事が露呈してしまえば他国からの批難は免れない。それは友好国であるブルチャーレ公国でさえ例外ではないだろう。


 もう一つの推測はルミエールもフラム同様、竜である可能性。

 エドガー国王の中では最有力の可能性がこれである。

 国王である自分でさえ、竜の作法など知らないというのにルミエールが人間だった場合、それを知っているということは到底考えられないからだ。


(もしルミエールが竜だったとしたら何とかなるか? 知らなかったとはいえ、ダミアーノも竜と交流を持ったという事実は変わらないしな。何はともあれ、後でフラムから話を聞くしかなさそうだ)


 ヴィドー大公を巻き込む。

 腹黒いと思われようが、エドガー国王には他に選択肢が思い浮かばないのが現実だった。


 魔武道会が終わったこともあり、ひとまずは思考を切り替える。観客に向けて魔武道会の終了を宣言する必要があるからだ。


「ダミアーノ、とりあえず終了宣言をしなくちゃな」


「ああ、そうだな」


 ヴィドー大公としては腑に落ちないところはあるが、務めを果たすべく席から立ち上がったのだった。

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