第100話 強者と強者

 魔法陣から現れた槍は柄も槍頭も全てが赤く染まっており、武器に対して何の知識がない者が見ても一級品だと感じさせる程のもの。さらにその槍はどこか異様な雰囲気を醸し出していた。


「我が武器を使うことになるとはな。だが――遊びは終わりだ!」


 槍を手に持ったルミエールはフラムとの距離を詰めると、槍の間合いから強烈な突きを繰り出す。


 神速の一撃。

 並の冒険者では視認することも叶わないのはもちろん、Sランク冒険者でさえ視認出来ない者も少なからずいるだろう。


 狙いは左肩。

 これは相手を殺さないための手加減などではなく、ルミエール自身が先ほど左肩を狙われた事に対する意趣返しなのだが、もはや激情に駆られたルミエールにとって、魔武道会における不殺のルールなど最早どうでもよくなっていた。


 フラムはその一撃を紙一重で回避するが、ルミエールの槍は止まることをしらない。

 左肩が駄目なら胸部を。それも駄目なら太腿を。

 次々と繰り出される突きにフラムは後退を余儀なくされる。


 槍と素手ではリーチがまるで違い、フラムは防戦一方とならざるを得ない状況に陥っていく。

 神速の突きを回避することに関しては今のところ問題ないが、攻撃に移れない以上、現状を打破することが出来ない。


「我の槍をここまで避けるとはな!」


 自身が優位に立てたことでルミエールの怒りの感情は鎮まっていくが、手を緩めるなどということは一切なく、むしろ冷静さを取り戻したことで動きにキレが戻っていく。


 また一歩、二歩と後ろに下がりながらもフラムは口を開いた。


「さて、どうしたものか。避けるだけなら簡単だが――」


 回避するのは簡単だと言われ、また怒りの感情が沸々と湧き上がりかけるが、笑みを浮かべて塗り潰す。


「その余裕をいつまで保っていられるか見ものだな!」


 ルミエールは大きく一歩踏み出し、突きから薙ぎ払いへと攻撃を変化させた。

 急激な変化で相手に隙を作る意図を込めた攻撃。しかし、フラムはその薙ぎ払いに対して見事に対応をしてみせる。

 ほんの僅かな予備動作を見逃さず、ルミエールの薙ぎ払いを察知。そしてそれと同時に槍の柄に蹴りを叩きつけたのだ。


 槍と蹴りがぶつかり合ったにもかかわらず、金属と金属がぶつかって打ち鳴らしたかのような甲高い音が鳴り響く。

 その結果、ルミエールは槍こそ手放す真似はしなかったが、上体を大きく仰け反らせてしまう。

 ルミエールの腕力とフラムの脚力ではフラムに軍配が上がったためだ。


 そこからフラムは追い打ちをかける。

 がら空きとなったルミエールの胴体めがけ、回し蹴りをお見舞いしたのだ。


 ルミエールは直感でフラムの回し蹴りをもらうのは不味いと危機感を覚え、胴体と蹴りの間に槍の柄を何とか滑り込ませる。

 再び甲高い金属が鳴り響くと、ルミエールは直撃こそ免れたものの、大きく後退させられることに。


 二人の距離が二十メートルほど開く。

 ルミエールが後退を余儀なくされている間にフラムは追撃を行いたかったが、相手が後退しながらもしっかりと武器を構えていたこともあり、難しいと判断したのだった。


「認めよう。お前の強さは我をもってしても異常だと思える。この大会が終わったら我の仲間になれ」


 観客の大歓声もあり、この呼び掛けはフラムにしか聞こえてはいない。仮にルミエールが大声で今の言葉を告げていた場合、観客は大騒ぎしたことだろう。


 そしてフラムが返答する。


「何故貴様より強い私が仲間にならなければいけないんだ? そもそも私には既に主がいるぞ」


 言葉と共に顔を観客席にいる紅介に向ける。


「もう一人の仮面の男が赤髪の主なのか? だが、あの男は私よりも弱い。赤髪の主として、我の方が相応しいはずだ。――まぁいい。だったら赤髪も仮面の男も倒して認めさせてやるだけだ!」


 その言葉を合図にルミエールは槍頭を地面へと突き刺す。


「ある程度加減はしてやるつもりだが、死んでくれるなよ?」


 突き刺した地点から赤い稲妻が地面を這うようにフラムの足下に高速で向かう。そして――


 フラムを中心に業炎が巻き起こり、辺り一面を赤く染め上げていった。


 あまりの出来事に観客の誰もが言葉をなくす。

 このような激しく燃え上がる炎にさらされては誰もが死に絶えるだろう。そう観客に思わせるほどの威力。


 そしてそれは審判も同じだったようで、慌ててルミエールのもとへ向かい、叱責する。


「ルミエール殿! 相手を死に至らす攻撃は禁止されています! 何故このような真似を! ただちにこの炎を消してください!」


 審判の注意を受け、仕方なしに地面に突き刺した槍を引き抜く。すると徐々にだが、炎の勢いが失われていく。


「そう慌てるな。この程度では死にはしないはずだ。ただ早く治癒魔法で回復させた方が――」


 そう言い掛けた時だった。

 未だ炎が舞い上がる場所から足音が聞こえてきたのだ。しかしその事に審判は気付かない。常人離れしたルミエールの聴覚だからこそその足音をとらえることができた。


「――なっ!」


(あり得ない。いくら加減をしたとはいえ、立っていられるはずが――)


 そして炎の中からフラムの声が発せられる。


「ルミエール。よくも私の主を愚弄してくれたな」


 炎の中から現れたフラムの手には黒い大剣が握られており、さらにポニーテールにしていた髪止めが切れたのか、真紅の長髪は後ろに垂れ下がっていた。そして真紅の長髪は見る見るうちに炎に似たグラデーションとなり、その長髪からは次々と赤い粒子が発生していく。


 ゆっくりと一歩一歩、ルミエールへとフラムは近付いていき、その表情は仮面で見ることは出来ないが、確実に怒りを浮かべているだろうことは想像に難くない。


 そしてフラムとの距離が二メートルを切ると、ルミエールの身体は恐怖で震えていた。


「ま、まさか、フラム様……?」


「今さら気付いたのか? ルミエール」


 フラムの怒気を含んだ声が耳に届くと共にルミエールは驚きの行動に出たのだった。


「も、申し訳ございませんでした!」


 その行動とは土下座。

 額を地面へと擦り付け、ひたすらにフラムからの許しを乞う。


 闘技場内はルミエールの突然の行動にざわめき出す。何故なら土下座の意味がわからなかったからだ。

 この世界の人間には土下座という謝罪方法は存在せず、その行動の意味するところが人間では理解ができない。


 だが、土下座は竜族では最上位の謝罪方法であるため、ルミエールは土下座を行っていた。


 つまるところ、ルミエールの正体はドラゴン


 そして何故竜族に土下座が存在するのかといえば、ドラゴンの姿では四足歩行が基本であるため、両手両足をついた状態で頭を下げると土下座に似た姿になることから、人の姿を取った場合でも竜の姿の時と同じ形で謝罪をした場合、土下座の形になるためだった。


「ルミエール」


「――は、はい!」


「この落とし前をどうつけるのだ? それともまだ私と戦うか?」


 フラムの言葉でさらにルミエールの身体は恐怖で震える。


 ルミエールは人化が出来ることからも竜族の中でも上位に位置する存在だ。しかし炎竜王ファイア・ロードであるフラムとは比にならないのが現実だった。それに加えてルミエールはフラムと同じ火を司る炎竜ということもあり、なおさら頭が上がらない。


「滅相もありません! 降参致します! いや、降参させて下さい!」


「本来なら私に貴様の武器である炎竜槍を向けた時点で許されない行為だが、今回は武を争う大会だからな。それは許そう。だが、私の主を雑魚と言った事に関しては許せないぞ」


(弱いとは言ったが、雑魚とまでは言ってない! それより降参しているんだ。早く試合を止めてくれ……)


 そう内心は思ったが、それを口に出すほどルミエールは愚かではない。もし口に出してしまえば半殺しにされるのは火を見るよりも明らかだ。


「後程フラム様の主様にも謝罪させていただきますので、ご容赦下さい」


「……まぁそれで許すことにするぞ」


「本当にありがとうございます。――審判!」


 降参をしているにもかかわらず、試合を止めない審判に痺れを切らしたルミエールは土下座の体勢から顔を上げ、睨み付ける。


「――は、はい! 勝者! ラム殿!」


 審判の男性はルミエールの威圧に腰を抜かしかけるが、何とか勝敗を観客に伝えることに成功し、魔武道会はラバール王国の勝利という形で幕を閉じることになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る