第97話 練習の成果

「……すまない」


 オリヴィアはブルチャーレ公国側の代表者観客席に戻ると、仲間であるノーラとルミエールに開口一番、謝罪した。


「気にしないで……。でもオリヴィアが負けるなんて思わなかった……。トム? だっけ……? あの男の人は何者……?」


 空気が重くならないようにノーラはすぐさま話題を変えながらも、あまり得意ではない治癒魔法でオリヴィアの怪我を治療する。


「ノーラ、助かる。負けた私が言っても言い訳にしか聞こえないかもしれないが、脚への攻撃を貰ったのがまずかった。最初から『多重幻影』を使っていればまた違った展開になったかもしれないが、心のどこかに慢心があったようだ」


 慢心、油断。

 自身の敗北の原因を考えれば考えるほど、そういった心構えの問題だったのではないかと言い訳じみた事ばかりが頭に浮かぶ。


(脚に怪我を負ったことで幻影と実体との動きに違いが生まれ、そこを突かれて負けてしまった。しかし……)


 最初の怪我が無ければ本当に勝てたのだろうか、といった疑問がオリヴィアの頭を駆け巡る。


 剣の扱いはほとんど同レベル。けれどもそこに身体能力と動体視力、その他所持スキルを比べてしまうと明らかに自身が劣っていたように思えてならなかった。

 何より仮面の男の底の知れなさが不気味でならない。本当にあれがあの男の本気だったのかと思わずにはいられないほどの何かをオリヴィアは感じたのだった。


「確かにあの怪我は致命的だったな。我もすぐにどれが実体なのか見当がついた。しかし本当にこの大会に出て正解だったようだな! 赤髪だけではなく、男の方まで我を楽しませてくれそうだ」


 ルミエールはオリヴィアの敗北について思うところは何もなく、それどころか獲物が増えた喜びで気分が高揚する。


「そういえば次は私の番になるんだっけ……? どっちが出て来るだろう……」


 ノーラの本音としてはどちらとも戦いたくはない。

 一番の理由としては面倒臭いというものだが、自分があの仮面の二人組に勝てるイメージがあまり湧いてこないことも理由の一つ。

 魔法の撃ち合いとなれば負ける気はしないが、今までの試合を見る限り、仮面の二人組はどちらも近接戦闘を得意としていた。


「ノーラとの相性的には仮面の男の方が良いと思うが、対戦相手を決める権利は向こうにあることから、こればかりはわからない」


 オリヴィアはそう言ったものの、実際は仮面の女が出場するのではないかと踏んでいる。インターバルがあるとはいえ、その時間は僅か五分間。それだけの時間では魔力は大して回復せず、体力面でも厳しいものがあるからだ。


 しかしその考えをルミエールが否定する。


「間違いなく仮面の男が出る」


 確信を持ったルミエールの発言にオリヴィアとノーラは首を傾げざるを得ない。


「何故そう思う?」


「勘、というのが本当のところだが、我の勘を信じろ。何より赤髪の女も我との戦いを楽しみにしているはずだしな」


 常に自信に満ち溢れているルミエールだが、彼女の勘が大体的中することをパーティーを組んできた二人は知っている。もちろん必ず的中する訳ではないが。


「わかった……。ルミエールの勘が当たってくれた方が私としても都合がいいから信じる……」


「そろそろ時間のようだ。ノーラ、頑張ってくれ」


 審判からのアナウンスが聞こえ、オリヴィアはノーラの肩を軽く叩いて送り出す。


「行ってくる……」


 ノーラは一試合目では使わなかった椅子に立て掛けてある銀色の杖を持ち、闘技場の中央へと向かっていった。


 本来魔法の発動に杖は必要がない。特に魔法を使うことに長けている者ほどその必要性がなくなっていく。

 杖を使うことのメリットは魔力のコントロールを補助し、魔法の発動速度を上昇してくれるといった効果があるのだが、魔力を杖に通す際に魔法使用時の魔力効率が低下してしまうというデメリットも存在するため、上級者ほど杖を使うメリットよりデメリットの方が上回ってしまう。


 しかしノーラが手にした銀色の杖は純度百パーセントのミスリルで出来ていた。

 ミスリルの特徴として鉄等の金属と比較にならない程の硬度を持つことが挙げられるが、その他にも魔力伝導率が極めて高いという特徴を持っており、ミスリルの純度が百パーセントとなると杖を使う際のデメリットがほぼ無くなり、メリットだけを享受することが出来る。

 もちろん純度百パーセントのミスリルの杖となるとその値段は信じられないものとなるが、Sランク冒険者であるノーラは当たり前のように所持していたのだった。


 そのような杖をノーラが使用するという意味は油断も慢心もなく、全力を出すということを示していた。


―――――――――――――――――――


 ノーラが闘技場の中央へと現れ、俺が連続で試合に出場しなければならないことが判明する。


「やっぱり連戦になるか。仕方ないけど行ってくるよ」


「別に私が変わってもいいのだぞ?」


「気持ちはありがたいけど、遠慮しとくよ。フラムばっかり目立つような事態は避けたいからね。それに体力的にも魔力的にもまだ余裕があるから大丈夫。たぶん」


「了解した。だが主よ、私も早く試合をしたいぞ。だから早く終わらせて来てくれ」


 なんて無茶ぶりを……。いや、無理ではないと思うけどさ。


「善処するよ。それじゃあ行ってくるよ」




 フラムに軽く手を振り、観客席を後にする。そしてノーラの対面へと立ち、試合の合図を待つ。


 観客は俺が二試合連続で出場することに驚いているようで、様々な場所から驚きの声が聞こえてくるが、雑音をシャットアウトして試合に集中する。そして開始の合図が宣言された。


「――始めッ!」


 ノーラの装備は銀色に輝く杖にローブ。そして前の試合での戦いを見る限り、近接戦闘はせずに遠距離から魔法を主体とした戦い方をするだろう。


 試合開始の合図と共にノーラは後方へと下がっていき、予想通りの展開となりそうだった。


 俺はその間に毎度お馴染みの『神眼リヴィール・アイ』を使用。


英雄級ヒーロースキル:魔導究明Lv3』

上級アドバンススキル:火炎魔法Lv7』

『上級スキル:水氷魔法Lv6』

『上級スキル:大地魔法Lv6』

『上級スキル:暴風魔法Lv8』……


 この他にも各種耐性や補助魔法、治癒魔法などを所持していて魔法のスペシャリストのようだが、オリヴィアに比べるとやや弱く思えてしまう。

 何しろ英雄級スキルを一つしか所持していないのだ。しかし、それは大きな勘違いだとすぐに判明する。


 ノーラの英雄級スキル『魔導究明』は伝説級レジェンドに匹敵する効果を持っていた。

 その効果は全魔法系スキルの魔力効率、魔法威力、効果、発動速度の上昇。加えて、魔力量上昇・特大という信じられないもの。


 攻撃スキルとしての効果はないが、多くの魔法系スキルを所持している者にしてみれば喉から手が出るほど欲しいスキルであり、もちろんそれは俺も例外ではない。


 どうにかしてあのスキルをコピー出来ないかな……。無理をしてでも手に入れる価値がありそうだし、少し頑張るか。あと、せっかくだし今朝練習した魔法を試してみよう。


 俺は今朝早起きをして魔法の練習していたのだが、ノーラに対してその魔法を使うことに決めた。


 ノーラは俺から距離を取ると、直径二メートル程の火球をかなりの速度で十、二十と次々と生み出して自身の上空に浮かべ、俺に向かって一斉に全てを放つ。


 火球に対して俺は一歩も動かずにその場で留まり、今朝練習した魔法を使用した。

 その魔法とは相手の攻撃魔法に対する防御魔法。

 暴風魔法で自身を中心に球体状に風を高速回転させ、相手の魔法を弾き飛ばすといったものだ。

 俺はこの防御魔法を『暴風結界』と名付け、今回初めて実戦で使用したが、思惑通りノーラの火球を防ぐことに成功する。


 この暴風結界のメリットは全方位に対して防御が可能であり、魔法で魔法を迎撃するよりも確実性があることだ。


 しかしデメリットも存在する。とにかく燃費が悪いのだ。

 常に魔力を消費し続けなければ結界を維持することができないため、常時展開することは困難。

 もちろんオン・オフを上手く切り替えればマシにはなるが、俺のように膨大な魔力量が無ければ、すぐに魔力が枯渇してしまうこともあり、他人におすすめできるようなものではない。

 それに加え、大地魔法などで巨大な質量を持った岩石などをぶつけられればおそらく暴風結界では防ぎきれないだろう。


 正直、一対一の戦闘ではデメリットがメリットを上回ってしまっている気がしないでもないが、今回は実験的な意味合いが強いので良しとした。


 ノーラの火球を暴風結界で全て防ぎきると観客から大きな歓声が上がる。その場から一切動かずに、全ての火球を防ぐ光景に魅せられるのも不思議ではない。

 そしてその光景に魅せられたのはノーラも例外ではなかったのか、普段の眠たげな表情はそこにはなく、目を大きく開いていた。


 だが、ノーラはSランク冒険者なだけあり、思考を切り替えるのも早い。暴風結界の弱点を即座に見抜いたのか、大地魔法で直径五メートルほどの巨石を作り出す。


 流石に実験のために暴風結界で巨石を受ける訳にもいかず、暴風結界を解除。そして素早く大地魔法と暴風魔法を組み合わせ、砂嵐を発生させた。


 砂嵐によってノーラだけではなく観客全ての視界を遮り、その隙に異空間からナイフを一本取り出してから『空間操者スペース・オペレイト』を使用。


 ノーラは持っていないが、観客の誰かが『気配探知』を持っている可能性があるため、安易に自分自身を転移させることはせず、ナイフを持った右手をノーラの側に空間接続し、大怪我をさせないように気を付けながら右腕に切り傷を与え、ほんの僅かにナイフに付着したノーラの血液に触れて『魔導究明』をコピーしたのであった。


 よし、何とかコピー出来た。傷が浅すぎてもナイフに血が付かないし、加減が難しいんだよね。


 俺が『魔導究明』をコピーしてからナイフを異空間へと仕舞うのとほぼ同時にノーラが暴風魔法を使い、砂嵐を吹き飛ばす。

 どうやら砂嵐を吹き飛ばすことを優先したようで、巨石の姿は消え去っていた。


 そして俺はフラムに急かされていたこともあり、そろそろ試合を決めにかかろうかと剣に手を伸ばそうとしたその時――


「私の負け……。降参……」


「――へ?」


 突然ノーラの口から降参宣言が発せられ、何かの聞き間違いかと思い、つい間の抜けた声を出してしまう。


「……しょ、勝者、トム殿!」


 審判も俺と同じ思いだったのだろうか、何とも歯切れの悪い勝利宣言を行っていた。さらに観客でさえも、突然の出来事についていけていないのか、まばらな拍手を送るだけとなっている。


 俺は剣に伸ばしていた手を引っ込めてノーラへと近付き、降参した理由を聞いてみることに。


「……えっと、どうして降参を?」


 ノーラは怪我をした右腕に視線を向けながら答える。


「これ……」


「まさか怪我をしたからったこと?」


 要領を得ないノーラの返答に困惑しながらも、何とかその意図を汲み取ったつもりだったがどうやら違うらしく、首を左右に振っていた。


「違う……。どうやってこの傷をつけられたのか、わからなかったから勝てないと思った……。これは魔法じゃないはず……。どうやったの……?」


 砂嵐で視界を遮っていたとはいえ、流石に刃物で傷をつけられたことには気付いている様子。けれど俺は正直に種明かしをするつもりはない。


「まあ砂嵐で視界が悪いときに色々とね」


 眠たげな瞳で見つめられたが、俺が視線を反らして誤魔化していると諦めがついたのか、ノーラはその場で軽く一礼をしてから代表者観客席へと戻っていったのだった。


 なんかつかみどころがない人だったな……。俺も戻ろうっと。




 こうして俺は勝利を収め、残るはルミエール一人となった。

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