第96話 深まる謎

 観客からの喝采を浴び、若干の照れ臭さを感じながら俺は代表者観客席へと戻り、椅子に腰を掛けた。


「主よ、結構苦戦していたな」


 フラムから話し掛けられた俺は『自己再生』を使って怪我を一瞬で治し、服装の乱れを確認しながら答える。


「なかなか幻影を見破るのが難しくてさ、色々と試しながら戦ってたんだよ」


「魔法で一網打尽に出来たであろうに。まぁ手の内を明かしたくないのであれば仕方がないか」


「まあね。ただノーラとの試合ではある程度魔法系スキルを使うつもりだよ」


 そんな会話をしていると、俺とフラムがいる観客席へと何者かが近付いてくる反応があり、階段の方へ視線を向けると一人の純白の神官服を来た二十代と思われる女性がやって来た。


「……えっと? どうかしましたか?」


 知らない女性に対し、何を話したらいいのかがわからず、当たり障りのない質問をすることに。


「トム様でいらっしゃいますね? 私は魔武道会に出場された方の怪我を治療する治癒魔法士でございます。先程の試合で怪我をされていたご様子だったので治療に参りました。患部を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 神官服を着ている時点でそんな予感はしていたけど、どうして異世界では治癒魔法=教会という構図なのだろう? お約束ってやつなのかな? ってか既に怪我治しちゃったんだけど。


「それでしたら問題ありません。既に治療は済みましたから」


 怪我をしていた箇所を指しながら治療が必要ないことを伝える。


「そうでございましたか。トム様は戦うだけではなく治癒魔法までお使いになられるとは。でしたら私はこれで失礼致します」


 頭を下げ、神官服を着た女性はこの場から立ち去る。

 完全に距離が離れたところでフラムに疑問をぶつけてみることにした。


「何で治癒魔法士の人が神官服着ていたか、フラムにはわかる?」


 正直、フラムに人間界の話を聞いても無駄な気がしないでもないが、この場には他の人間がいないこともあり、仕方がない。


「治癒魔法のスキル持ちは教会に多いのだぞ。いや、これだと少し語弊があるな。教会がそういった人材を集めているというのが正しいか」


 まさかフラムにしっかりとした説明をされるとは露程も思っておらず、仮面の下で驚きの表情をしてしまう。


「……」


「ん? 主よ、聞いているのか?」


 唖然としてしまっていたために返事が遅れる。


「――う、うん。それで何で教会が集めてるの? 別に信仰心のあるなしで治癒魔法の効果が変わったりするわけがないだろうし」


「簡単な話だぞ。昔から人間は怪我などをした場合、教会で治療していたようだ。そしてそれが教会の主な収入源でもあるのだ」


「教会が人材を集めてるのは理解したけど、治療魔法が使える人がわざわざ教会に入ろうとする意味がわからないな。個人で診療所を作った方がよっぽど稼げると思うけど。それに冒険者になれば色々なパーティーから引っ張りだこじゃない?」


「実は私もこの話はナタリーからの受け売りだからそこまで詳しくはないのだ。ただ、治癒魔法だけしか使えないのだとしたら冒険者にはなろうとは思わないのではないか?」


 いつの間にナタリーさんからそんな話を聞いていたんだろう? まぁそれは置いといて、確かに治癒魔法だけしか使えないのであれば魔物と戦う術がないから難しいか。


 人々から邪神だと信じ込まれているディアのこともあり、教会との関わりは極力控えたい。

 そのためこれ以上教会のことを知ったところで意味はさほどないこともあり、フラムとの話は自然とどうでもいい雑談へと変わっていったのだった。


――――――――――――――――――


 紅介がフラムと雑談に興じている頃、エドガー国王にヴィドー大公、そしてアリシアが観戦している貴賓席では何とも形容しがたい空気が流れていた。原因は言うまでもなく紅介対オリヴィアの試合結果。


 ヴィドー大公の肝入りである『銀の月光』。そのリーダーであるオリヴィアがまさか敗北を喫するなど、ヴィドー大公の想定を外れた出来事であった。


「……エドガーよ。今一度聞くが、あやつは何者だ?」


 もう一度聞かずにはいられない。それほどまでにヴィドー大公はオリヴィアの敗北を受け入れることが出来なかった。


 Sランク冒険者とは人間の枠組みを越えた強さを持つ。さらに『銀の月光』は数少ないSランク冒険者パーティーの中でも上位に食い込む程の実力を兼ね備えているのだ。

 そんな『銀の月光』のリーダーであるオリヴィアに勝利するということは、仮面の男の実力はSランク冒険者の中の頂点に位置してもおかしくはない実力を持つということになるとヴィドー大公は考えた。


 そのような実力を持つ者がどういった経緯でラバール王国の代表になったのか、その仮面の下の正体は一体どんな人物なのか、とエドガー国王に聞きたいことは山のように積み上がっていく。


 そんな中、ヴィドー大公にわかることは仮面の男はラバール王国の騎士ではないということくらいである。

 いくら友好国同士とはいえども、他国の戦力調査・分析は必要不可欠。あれほどの実力者がラバール王国の騎士となれば、自身に情報が届かないはずがない。

 そうなると仮面の男は一体何者なのかという話に戻るのであった。


「……いや、むしろそれは俺が聞きたいくらいだ」


 ヴィドー大公がエドガー国王の横顔を覗くと、その顔には驚きと興奮を必死に抑え込んでいるような、複雑な表情を浮かべていることに気付く。


「何をそんなに驚いているのだ? 実力を知っているからこそ代表にしたのではないか?」


 試合結果に驚いたのはむしろ私の方だ、と言いたいところだったがエドガー国王の表情から鑑みるに仮面の男がオリヴィアに勝利したのは予想外の出来事なのかもしれないとヴィドー大公は察する。


「そうなんだが想像を越えてたんだよ。正直トムがここまで強いとは思っていなかったのが本音だ」


 エドガー国王のこの言葉は偽らざる本心だった。

 商業都市リーブルで冒険者となり、僅か数ヶ月でCランク冒険者となったコースケという人間。

 その実力はCランク冒険者でありながらアーデル・ベルナール男爵のお墨付きであり、仲間には炎竜王ファイア・ロードであるフラムと容姿端麗なディアという少女がいる異色のパーティーということだけしかエドガー国王にはわからない。


(会いたくはないが、今度ベルナール男爵に話を聞いてみた方がいいか? 教えてくれるとは思えんがな……)


「なるほどな。それよりも仮面の男は貴族や騎士ではないだろう? だとしたら勿体ないぞ。ブルチャーレ公国であれば爵位に領地付きで引き入れる」


「出来ればそうしたいのは山々なんだが、拒否されるのがおちだ。あいつらは爵位に興味はないだろうしな。それに何よりラバール王国はブルチャーレと違って実力があるからと爵位を渡せば、貴族たちから反発されることが目に見えてるんだよ。本当に面倒ったらありゃしねえ」


「実力のある者を評価せず、過去の栄光と血筋だけを求める在り方はラバール王国の貴族たちの悪いところだな」


「全くだ。嫌になる」




 エドガー国王とヴィドー大公が紅介の実力について話しているのをほんの少し離れた席でアリシアは聞いていた。


(先程の試合、コースケ先生は全く本気を出していなかった。お父様たちは気付いていないみたいですが……)


 フラムとディアを除く、試合を観戦している人たちの中でアリシアだけが全力で紅介が戦っていないということに気付いていた。

 それもそのはず、アリシアは紅介との放課後の訓練に加え、実地訓練でその戦いぶりを間近で見てきていたからだ。


 怪我をしても瞬時に治癒できるスキル、ナイフを転移させることが出来るスキルなどを持っていることをアリシアは知っていた。


 それらを知っているが故に、アリシアはSランク冒険者であるオリヴィアに紅介が勝利したことに驚きは全くない。むしろ逆に、何故あそこまで苦戦を演じていたのかという疑問を持っているほど。


(考えられるとしたら、コースケ先生はご自身の実力を知られたくないのでしょう。それにコースケ先生は私の知っている以上の強さを持っている気がしてなりません)


 紅介はほとんど手の内を明かさずにオリヴィアと戦い、勝利した。すなわち実力を大衆に知られたくないと紅介が考えていることは明白。

 となるとアリシアは、今まで見てきた紅介の戦いぶりでさえも全て見せてもらってはいないような気がしてならないのだった。


(コースケ先生は一体どれ程の強さを……。本当に同じ人間なのでしょうか)


 強さを追い求めるアリシアは考えても埒が明かないとはわかりつつも、考えずにはいられないのであった。


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