第98話 ルミエールとの出会い

 あまりにも呆気ない終わり方に釈然としない気持ちで代表者観客席へと戻った俺はフラムから労いの言葉を貰う。


「主よ、何か複雑な表情をしているが、勝ったのだから良かったではないか。連戦で疲れたであろう? 後は私に任せるがよい」


「体力的にはまだ大丈夫だけど、精神的に疲れたかな。やっぱ大勢の人たちの前で戦うっていうのはどうもね」


 肉体的疲労や魔力の残量的にはまだまだ余裕はあるが、慣れない環境での戦闘ということもあり、精神的に疲労していた。

 自分自身ではあまり感じていないつもりだったが、やはり大観衆に見られる環境にストレスがたまっていったのかもしれない。


「主は戦闘技術よりも精神を鍛えた方が良いのかもしれないぞ?」


 冗談なのかはわからないがフラムは笑いながら俺にアドバイスを送ってきた。しかしメンタルを一体どうやって鍛えればいいのか見当もつかない。

 滝にでも打たれればいいのだろうか、などとぼんやり考える。


「そう言えば先程の試合で主が使った魔法はなかなか面白い発想だったぞ。まるで魔法を弾く結界のようだ」


「使ってみた感じ、一対一だとあんまりかな。魔力の消費量に見合ってないや」


「主の魔力量なら大した問題でもないだろうに。まぁいい。――さて私はそろそろ試合に行くとしよう」


 インターバルが終わるまで時間があるにもかかわらず、そう言ってフラムは席から立ち上がり、その場で腕を十字に組んで軽いストレッチを始めた。


「少し早くない? インターバルも終わってないし、相手の選手もまだ出て来てないけど?」


「なぁに、どうせ残りは一人。そしてこの大会も次の試合で終了だ。私から登場しても問題はないだろう」


 自分が負けるなど微塵も思っていないのだろう。フラムの言葉からは勝つ自信があるというよりも、勝つ確信があるように感じる。

 俺自身もフラムが負けるとは思っていないが、間違いなくルミエールはダニエル副隊長との試合を見る限り、オリヴィアやノーラよりも格段に強い。

 もし俺とルミエールが戦ったとしたら持ち得る全てのスキルを総動員しなければ、勝てないと思えるほどに。


「フラムにこれを聞くのは馬鹿馬鹿しいけど、勝算はどう? もしかして既にルミエールの情報を見た?」


「もちろん見てないぞ。私からしてみれば見る必要すらない相手だな。さて、あやつの鼻っ柱をへし折ってくるとしよう」


 そう一言残し、フラムは闘技場の中央へ相手よりも先に向かっていったのだった。


―――――――――――――――――――


「ノーラ、一体どうしたんだ?」


 試合が終わり、ノーラが代表者観客席へと戻るとオリヴィアが心配したような声音で尋ねる。その声音には責めるような感情は一切なく、心の底から心配しているといったものだった。


 ノーラは普段から面倒くさがりで何事にもやる気がない。けれども責任感がないという訳ではなかった。

 一度やると決められたことに対しては彼女なりに真剣に取り組み、無責任に放棄するような性格ではないことをオリヴィアは知っているため、ノーラが突然降参を宣言したのには何か大きな理由があるのだと思い、心配したのだ。


「負けちゃった……。ごめん……」


 席に座る前にノーラは謝罪の言葉を二人に告げる。心底申し訳ないと思っていることもあり、その表情は曇っていた。


「いや、私も負けた身だ。謝る必要はない。それよりも一体何があったんだ?」


 ノーラが降参を宣言する直前、紅介が巻き起こした砂嵐によって戦う二人の姿が遮られていたため、その間に何が起きたのかをオリヴィアは視認することが出来なかった。


「これを見て欲しい……」


 そう言ってノーラが見せたのは右腕に未だに残された切り傷。

 治癒魔法を使えばすぐに治療することが出来たのだが、降参をした理由を説明する必要があると考え、あえて治療せずに残していた。


「……切り傷? あの砂嵐の中でやられたのか? だが、その切り傷がどうしたというんだ?」


 切り傷を見せられただけでは何を言いたいのかが理解できず、そのためにオリヴィアが重ねて質問せざるを得ない。


「うん……。この傷、魔法でやられた傷じゃない……。刃物で斬られた感触があった……」


 今の話でようやくオリヴィアはノーラが言いたいことを理解する。ノーラが砂嵐を吹き飛ばした際に、相手の立ち位置が一切変わっていなかったことをオリヴィアは思い出したからだ。

 しかしノーラの言っていることが本当だとした場合、ある一つの疑問が浮かび上がる。


「あの砂嵐の中、どうやって刃物で傷をつけることが……」


 考えれば考えるほどありえない。

 砂嵐が起きた際にノーラはその場から移動をしなかったこともあり、視界が悪いだけならばナイフを投擲して命中させることは可能だろう。だが、砂嵐が吹き荒ぶ中でノーラに命中させることには無理がある。風により投擲したナイフの軌道を安定させることができないからだ。

 それに加えて仮にナイフを投擲してノーラに命中させることが出来たとしても、ナイフがどこかに落ちていなければおかしいのだが、落ちていたということはなかった。


 他に考えるとすればノーラに切り傷を与えられる方法は直接接近するしかないが、砂嵐が発生した前後で立ち位置が変わっていなかったことを考えればそれもありえない。


「私にもわからない……。わからなかったことが何より怖かった……」


 ノーラが降参した理由。それは恐怖。

 理解の及ばない方法により、傷をつけられたことでノーラの心は恐怖に染まり、戦うことへの勇気と戦意を失ってしまったのだ。

 そして自身が勝つビジョンさえも。


 常日頃から魔物相手に命のやり取りをしている時でさえ、ノーラはここまでの恐怖を覚えたことはなかった。

 何故ならば魔物の攻撃で怪我をした場合、どういった攻撃で怪我をしてしまったのかが理解できたからである。理解してしまえば対処方法をいくらでも考えることが出来るが、今回の試合ではそれが出来なかった。

 それが何よりも怖く、ルール上殺されないとはわかっていたが、そのまま試合を続けたらどうなってしまうのかと考えた結果、心が折れてしまったのだ。


 切り傷の説明が終わったこともあり、治癒魔法でノーラ自ら治療を行う。


「……なるほど。確かに不気味だ。ルミエールは何かわからなかったか?」


 探知系スキルを持っているルミエールなら何かしらわかるのではないかという期待を込めてオリヴィアが声をかける。


「我にもわからん! ただあの男は砂嵐が吹き荒れていた時はその場から全く動いていなかった」


 ルミエールからもたらされた情報により、余計と謎が深まるだけであった。


「これ以上考えても仕方がないか……。次の試合に思考を切り替えよう。とは言ってもルミエールに任せるだけとなってしまったのだが」


「後のことは任せ――」


 言葉が最後まで紡がれる直前、闘技場内が騒がしくなる。

 何が起きたのかと原因を探るべく視線を二人から外したルミエールは闘技場の中央に現れたフラムを見つけ、自然と笑みがこぼれた。


「まさか我よりも先に出て来るとはな。本当に愉快だ! こうしてはいられない。我も向かうとしよう!」


 テンションが上がりきったルミエールを止めることは不可能。

 オリヴィアとノーラは話を途中で切られた形にはなったが、潔く諦めてルミエールを送り出す。


「負けたらブルチャーレ公国の敗北が決まってしまう。私たちが負けたことで負担を掛けることになってしまったが、後は頼む」


「頑張って……」


「我が負けると思うか? 気楽に観戦していればいい」


 そう言葉を残し、ルミエールはフラムのもとへと向かっていった。




「行ったか……。ノーラ、ルミエールは勝てると思うか?」


「負けるはずがない……」


 既に後が無くなったブルチャーレ公国。

 まだ相手が二人残っているとはいえ、敗北が決まったわけではなく、全てはルミエールに掛かっている。

 そしてルミエールが残っているという事実はオリヴィアとノーラに安心を与えていた。


 それは同じ『銀の月光』の仲間であるから信頼しているということではない。仮に最後に残っていたのがルミエール以外の人物だったとしたら安心など出来なかっただろう。


 では何故ルミエールしか残っていないこの危機的状況で二人が冷静かつ安心をしていられるのかといわれれば理由はただ一つ。


 ルミエールが誰よりも強いからに他ならない。




 元々『銀の月光』はオリヴィアとノーラの二人だけで構成されたパーティーであった。

 オリヴィアの圧倒的な剣技に加え、ノーラの魔法の才能で瞬く間にAランク冒険者へと駆け上がったのだ。


 しかしそれが限界でもあった。上のランクの依頼ほどパーティー人数に制限が掛かることが多く、いくら腕が立つとはいえ、二人だけしかいない『銀の月光』では受けられない依頼ばかりとなってしまったのだ。

 もちろん全く依頼がないわけではない。しかしAランクの依頼ともなるとどうしても二人だけでは厳しい局面に陥ることが多々あり、次第に依頼を失敗することが増えてしまっていた。

 そして依頼に失敗すれば、貢献度の低下と罰金が課せられてしまう。三回に一回、依頼を失敗してしまえば報酬はトータルでマイナスとなり、最終的には依頼を受ければ受けるほど赤字になるという悪循環にすらなってしまった。


 そこで二人は一度依頼を受けるのをやめ、パーティーメンバーの募集を行い、そして新たに加わったのがルミエール。


 ルミエールとの出会いは偶然。

 ある日、二人がブルチャーレのとある冒険者ギルドで軽い食事をしていると、喧嘩騒ぎが発生した。

 冒険者ギルドでの喧嘩など日常茶飯事だったため、特段気に止めていなかった二人だったが、軽く視線を向けてみると喧嘩をしていたのは何かと問題をおこすと有名なBランク冒険者の男と褐色の肌に薄紅色の髪をツインテールにした見知らぬ少女。


 流石にBランク冒険者に絡まれている少女を同じ女性として見過ごすことが出来なかったオリヴィアは席を立ち、助けに入ろうとしたその時だった。


 目にも止まらぬ速さで少女が蹴りを放ち、一撃でBランク冒険者を吹き飛ばし、倒してしまったのだ。


 あまりの出来事にギルド内が静まり返る中、オリヴィアがその見知らぬ少女に話し掛けた後、紆余曲折の末、新たに『銀の月光』に加わったのがルミエールだった。


 当時のルミエールは冒険者登録すらしてなく、Fランクからのスタートとなったが、僅か三ヶ月という記録的なスピードでAランク冒険者となり、そこから共に様々な依頼を達成しSランク冒険者パーティーとなる。

 その後も未踏破ダンジョンの攻略などを繰り返し、現在の地位へと登り詰めた。


 ちなみにオリヴィアの『多重幻影』やノーラの『魔導究明』はダンジョンで手に入れた叡智の書スキルブックを使用し、発現したスキルである。


 未踏破ダンジョンの攻略はもちろん全員の実力があったからこそなし得た偉業だったが、その中でも際立った活躍を見せたのがルミエール。


 どんな凶悪な魔物さえものともしない強さで撃滅していく姿はオリヴィアとノーラから見ても人間離れしたもので、今日に至るまでルミエールの強さの底を知ることが出来ていない程。


 そんなルミエールがブルチャーレの代表として残っていることに二人は安堵していたのだ。

 そして今までパーティーを組んで来たからこそ、ルミエールが未だに本気で戦ったことがないということを知っている。


「もしかしたらルミエールの本気を初めて見ることが出来るかも知れないな」


「そうかもね……」


 ルミエールが闘技場の中央へと進む後ろ姿を眺めながら二人はそう呟いた。


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