第92話 惨敗

「――そこまで! 勝者、ノーラ殿!」


 審判から終了の合図が宣言され、闘技場内には大歓声が鳴り響く。

 ノーラが勝利したことによって第四試合は終わり、両国共に二勝二敗。残る代表の人数も同じく三人となった。




 第三試合ではブルチャーレ公国はオリヴィアが出場し、それに対してダニエル副隊長はラウルを選出。

 両者共に一流の剣の使い手であり、観客は二人による剣技の応酬を期待したことだろう。しかし、試合は時間にして僅か二十秒と掛からず終わりを迎える。


 ラウルはダニエル副隊長が代表に指名したこともあり、高い実力を持つ冒険者であった。だが、相手が悪すぎたのだ。

 オリヴィアとラウルの剣の腕前にはあまり差はなく、剣だけの打ち合いであればそれなりに良い勝負ができただろう。けれども二人の間には決定的な差があった。


 それは戦闘経験の差。

 ラウルは冒険者になったばかりであり、実戦経験がオリヴィアに比べると数段劣る。

 正々堂々と真正面からの戦いだけが強くても意味はない。実力者同士の戦闘では駆け引きなどが重要となり、それがラウルには不足していた。


 数度剣を交えるとオリヴィアは視線でフェイントを入れ、それにラウルは簡単に引っ掛かってしまい、呆気なく剣で肩口を斬られ試合は終了したのだった。




 第四試合はロックとノーラという組み合わせ。

 ロックの武器はナックルダスターということもあり、近接戦闘を得意としていた。


 ノーラが第四試合に出場すると判明した際にはダニエル副隊長とロックのどちらが試合に出場するのかを二人で話し合いで決めた結果、ロックが出場することに。


 両者共に近接戦闘が得意であり、逆に魔法を苦手としているため、魔法主体だと思われるノーラとの相性は良いとは言えない。

 もちろんノーラに魔法を使わせる前に近接戦闘に持ち込めば勝機は十二分にあった。

 そのため、鎧で全身を固めているダニエル副隊長より、革鎧とナックルダスターのみを装備しているロックが速さに長けていると判断し、ノーラの相手をすることになったのだ。


 そして試合結果は第三試合に続いて惨敗。

 ロックはノーラ相手に三十秒も持ちこたえることさえ出来ずに敗れたのだった。


 無論、ロックの作戦や行動にミスはなかった。ただ単にノーラの実力が想像を越えていただけである。


 開始の合図がされるとロックは筋骨隆々の見た目に反して素早い動きでノーラとの距離を一息で詰め、ナックルダスターを装備した拳でノーラに打撃を与えようとした。だが、ロックの拳がノーラに届くことはない。


 原因はノーラの魔法の発動速度にあった。

 魔法の発動速度は使用者のイメージと魔力をコントロールする能力で左右される。単純に魔力量が多ければ発動速度が上がるということではないのだ。

 これは魔法に関する技術であり、剣や槍などを扱うのにも技術が必要なのと同様に魔法を上手く扱うには技術が必要となる。

 その技術がノーラは長けており、並の魔法系スキルの使用者とは比較できないほどのものを持っていた。


 ロックが拳を繰り出す前に風系統魔法で突風を生み出し、ロックとの距離を離したノーラはそのまま突風をロックに浴びせたまま、火系統魔法をその突風に纏わせる。

 これにより、風で渦巻く火炎がロックの全身を革鎧ごと焼き焦がす。もちろんロックもただじっと焼かれている訳ではなく、その渦巻く火炎から逃れようとしたが、それさえノーラに許されなかった。

 ロックが魔法の範囲外に逃れようとした瞬間、水平方向に放たれていた突風が突如、風向きを変えてロックを上空へと吹き飛ばしたのだ。

 上空へ飛ばされた結果、ロックはノーラの魔法から逃れる術がなくなり、全身に多くの火傷を負わされ敗北。


 下手をしたら死んだのではと観客は思っただろうが、ノーラはその様なミスは犯しておらず、ロックは見た目ほど酷い火傷はなく、命に別状はないとのことを後になって観客は知ることとなる。




 現在は第五試合が行われるまでのインターバル。

 ラバール王国の代表者観客席には俺とフラム、そして次の試合に出場するダニエル副隊長のみとなっている。

 俺たち三人だけとなったこともあり、ダニエル副隊長の言葉遣いは以前のものに戻っていた。


「次は私の出番になりますが、残念ながら私では勝てないでしょう……。後のことを二人に任せることになる不甲斐ない私をお許し下さい」


 ダニエル副隊長は真剣な表情でそう告げ、頭を下げる。


「気になさらないで下さい。それが国王様から俺たち二人への依頼ですから」


 重くなった雰囲気を和らげるため、軽く笑みを浮かべながら俺はダニエル副隊長の両肩を押し、頭を上げさせた。


「ありがとうございます。ですが、私もただで負けてやるつもりはありません。ルミエール殿の手の内を少しでも明かせて見せましょう」


 腰に装備した剣を叩きながらダニエル副隊長も俺に習って笑みを浮かべる。


 正直なところダニエル副隊長ではルミエールには勝てないだろう。『銀の月光』のオリヴィアとノーラの実力は本物だが、俺の勘ではルミエールはそのさらに上を行くと感じている。


 しかしダニエル副隊長が負けた場合、次にルミエールの相手をするのはフラム。ルミエールとフラムが戦えば勝つのはまず間違いなくフラムになるため、俺が不安を覚えることはない。


 残る問題はオリヴィアとノーラだ。例え俺がその二人のどちらかに負けたところでフラムがいる限り、最終的にはラバール王国側が勝利する。

 けれどもフラム一人が『銀の月光』の全員に勝利することはあまり好ましい状況ではない。目立ちすぎるためだ。


 ドラゴンであるフラムが目立ちすぎてしまえば、いくら仮面を着けて変装をしたところで詮索してくる者が必ず出て来てしまうはず。

 そのため俺はフラムが『銀の月光』の全員を倒すという展開だけは避けなければならないと考えている。いや、俺だけではなくエドガー国王も同様に考えているだろう。

 そうはならないようにするには俺がオリヴィアとノーラを相手に勝利し、フラムへの注目を分散させる必要がある。


 ここまで俺は『銀の月光』のメンバーに対して『神眼リヴィール・アイ』を使用していないため、真の実力は測りきれてはいない。

 何故使用していないのかと言えば、ルール上は問題ないとは思うが事前にスキルを使用して情報を探るのはフェアではないと考えているためだ。加えて、楽しみがなくなってしまうという理由もあるが。


 しかし試合が始まれば間違いなく使用し、油断なく戦ううもりだ。

 そして『空間操者スペース・オペレイト』を使わずに勝つことが俺の目標となる。

 何故ならこのスキルを衆目に晒せば『空間魔法』の上位スキルであることからも面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだからだ。

 それほどまでに秘匿しなければいけないスキルだと俺は思っている。




 そうこうしているうちにインターバルが終わり、第五試合が開始された。


 そして試合は一瞬で終わったのだった。ダニエル副隊長の敗北という形で――

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