第91話 インターバル

 ここまで二試合を終え、前評判を覆してラバール王国が二勝するという番狂わせが起こり、観客席は大いに賑わっていた。ただしラバール王国民と、賭場でラバール王国の勝利に賭けた者たちに限るが。


 もちろん賑わいを見せたのは一般席だけではなく、貴賓席も例外ではない。


 観戦に訪れているラバール王国の貴族かつ王派の人間たちはここまでの二試合について熱く語り合う。

 一人の王派の貴族が「このままいけば陛下の面子が潰れずに済む」と安堵の表情と笑みを浮かべながら語れば、隣に座る王派の貴族は「それもそうだが、先の試合に出ていた仮面の者たちは一体何者なのだ?」と疑問を声にしたりと様々な会話が飛び交う。


 そんな様子を大半の観客が見せる中、とある観客席では賑わう様子は一切なく、むしろ静まり返っていた。


 その席は他の観客席に比べ、広々とゆとりのある空間に豪華な椅子が設置され、そこに座っているのは三人のみ。

 エドガー国王とヴィドー大公、アリシアの三人だ。


 今は第三試合が始まるまでのインターバル。

 通常であれば五分間しかインターバルは取られないが、フラムがボニートのプレートを砕いたことによって破片が地面に散らばってしまったことで片付けをする必要があり、インターバルは五分を越えることとなった。


 この空いた数分間でエドガー国王とヴィドー大公は互いにそれぞれ考え事をしていたために二人の間で会話はなく沈黙していたが、ヴィドー大公が一度椅子に背を預け、沈黙を破る。


「どうやらラバール王国の代表を侮っていたようだ。まさかジーノとボニートがああも容易く敗れるとは」


 ヴィドー大公の言葉の中には多少の驚きこそあるが、そこには呆れや失望などといった感情は含まれてはいない。


「ダミアーノ、晩餐会で言っただろう? 今年はブルチャーレに負けるわけにはいかないってな」


 エドガー国王は顔だけをヴィドー大公に向け、冗談めかす様に軽く肩をすくめながらそう答えるが、その態度に反して頭の中は真面目に様々な思考を巡らせていた。


(コースケとフラムが勝利したことは計算通りだ。問題はこの後に出てくる『銀の月光』だな……。フラムなら負けないだろうが、あの戦い方はあまりにも目立ちすぎる。……まぁ仕方ない。コースケが『銀の月光』の誰かしらに勝てればフラムへの注目も分散されるんだが、コースケが勝てるのかは未知数――)


 未だに紅介の実力をエドガー国王は把握しきれてはいない。

 しかし先の試合を見る限りはブルチャーレの代表ジーノに対し、かなりの余力を持って戦っていた様に見えたこともあり、エドガー国王の想像を越える実力を秘めている可能性が高く、嬉しい誤算であった。


「確かに言っていたな。だが、あの仮面の二人は何者だ? 情報官に調べてさせたが何も情報が見つからなかった」


 あまりにも率直にヴィドー大公は聞いてくるが、二人の仲を考えれば珍しいことでもなく、エドガー国王が不快などと思うことはない。


「秘密だ。まぁ少し話すとしたら俺にもよくわからん」


 これは半分嘘で半分は本当のことだった。

 フラムの正体は把握している。しかし紅介についてはエドガー国王でさえ未だにわかってはいなかった。

 シャレット伯爵の一件で知り合い、今日に至るまで幾度と会ってはいるものの、どこで生まれ育ったのかさえ把握出来ていない。判明していることは商業都市リーブルで冒険者になったということだけ。


(ベルナール男爵なら知っているかもしれないが、あのババアが簡単に教えてくれるわけないしな)


 アーデル・ベルナール。

 商業都市リーブルの元ギルドマスターであり、現在はラバール王国王都のギルドマスター。

 長命のエルフのため、エドガー国王が生まれる前から男爵としてラバール王国に存在していた。

 幼い頃からの知り合いなのだが、エドガー国王は苦手としている。その主な要因は未だに子供のように扱われるためだ。

 苦手意識をもっていることもあり、エドガー国王は紅介の情報をアーデルから聞けずにいた。


「よくわからない? ラバールの民なのだろう? そんなことがあるのか?」


「今はラバール王国に住んではいるが、出自などはわかっていないんだ」


 ヴィドー大公はこの言葉を聞き、僅かに視線が鋭くなる。


「シュタルク帝国の密偵の可能性はないだろうな?」


 シュタルク帝国が密偵を各国に放っていることはどこの国でも知っている常識。もちろん密偵を放つことはどこの国も行っていることだ。


「安心してくれ。それはない。それよりもそろそろ第三試合が始まりそうだ」


 何を根拠にしているのかを聞きたい気持ちをヴィドー大公は抱くが、エドガー国王を信用していることもあり、その気持ちを抑え込み次の試合へと意識を向けるのであった。


 今の二人の会話は広々としたこの貴賓席の空間に護衛の騎士が直立不動で立っているため、騎士たちの耳に届いてしまっていたが、一流の騎士である彼らは二人の会話に耳を傾けるような真似はなかった。



――――――――――――――――――――――


 時同じくしてブルチャーレ公国の代表者観客席には『銀の月光』の三人だけが席に着いていた。

 ジーノとボニートは怪我のため、現在は治療を別の場所で行っている。

 そんなこともあり、三人は気兼ねなく話し合っていた。


「先程の二試合を二人はどう見た?」


 オリヴィアが二人に話を振ると意外なことに最初に返答したのは普段口数が少なく、魔武道会に興味をあまり持っていないノーラだった。


「かなり強いと思う……。特に赤髪の女の人はすごい……」


 ノーラの表情はいつも通り眠そうなものであったが、長年の付き合いがあるオリヴィアにはノーラがかなりの警戒をしていることがわかる。


「確かにあのパワーは信じられないものがあったな。一体どんなスキルを持っているのだろうか」


 ボニートの重い一撃を二本の指だけで止めるというあり得ない力はオリヴィアとノーラを警戒させるのには十分な出来事だった。

 しかし二人が警戒をしている中、ルミエールだけは笑みを浮かべている。


「あの赤髪は本当に我を楽しませてくれそうだ。オリヴィア、ノーラ、赤髪との試合は我に譲ってくれよ?」


 今すぐにでも戦いたい。

 そういった雰囲気を出しながらルミエールは二人に試合を譲るよう要求した。


「それは構わない。私とノーラのどちらかがもう一人の仮面の男を相手にするとしよう」


 オリヴィアの言葉には二人が紅介と戦うことになる事態を想定してはないことを示している。

 すなわち、どちらが紅介と戦っても勝てると考えているのだ。そしてその考えはノーラも同様なのか、軽く頷き同意を示す。


 ジーノ程度の実力であれば、自身でも先の試合の仮面の男と同様のことは簡単に出来るとオリヴィアは考えており、それどころかもっと早く試合を終わらせることが可能とさえ思っている。


 それ故に、オリヴィアは仮面の男に敗北することなどないと計算していた。もちろんあれが彼の全力ではないとも気付いた上で。


「オリヴィア、ノーラ。油断はしない方が良いと思うぞ?」


 しかし、ルミエールだけは二人の考えとは違った。自身の情報を見通すスキルが通用しない人間なのだ。それだけで生半可な実力ではないことを証明している。

だが、ルミエールが持つスキルの詳細を二人は知らないため、仮面の二人の異常さがわかってはいない。


「わかっている。油断などはない。だが、勝つのは私たちだ」




 そこから数分後、審判から第三試合が始まることが告げられるのであった。

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