第93話 挑発とメッセージ

 ダニエル副隊長とルミエールが闘技場の中央へと進み、審判の合図を待つ。


 二人の装備は正反対といったもので、ダニエル副隊長は全身を強固な鎧で固め、その手には通常のロングソードより剣身の幅が太い剣が握られていた。


 対してルミエールは晩餐会の時と同じく、黒のタンクトップに赤く短いスカートの中に膝上まである黒いスパッツという場違いな格好。それに加えて武器を手に持っておらず、ルミエールの存在は闘技場で浮いている。


 観客もルミエールの格好を不自然に思ったのか、試合がもうじき始まるにもかかわらず、ざわつきを見せていた。


「おいおい、あの嬢ちゃん武器を持ってないぞ? まさかステゴロで戦うつもりか?」


「格闘術系のスキル持ちなんじゃねえか? だが、相手は鎧を着込んでるし、相性は悪いだろうな」


「だけどあの嬢ちゃんはブルチャーレで活動してるSランク冒険者だ。勝負の行方はわからないぞ」


 俺が座っている代表者観客席の上辺りからその様な会話が聞こえてくる。


 確かに観客が話している通り、素手で全身を鎧で固めている相手と戦うのは厳しい。もちろんフラムの様な馬鹿力があれば話は変わるが。


 しかし、相手はSランク冒険者。

 相性の不利など簡単に覆してしまうことは想像に難くない。

 今もルミエールは闘技場の中央で両腕を組み、余裕を感じさせる態度で開始の合図を待っているほど自身の勝利をまるで疑ってはいない様子を見せている。




 数分経ち、観客のざわめきが収まらないと判断したのか、審判は手に持っていた魔道具を口元に寄せ、ついに開始の合図を宣言したのであった。


「――始めッ!」


 開始の合図で最初に動いたのはダニエル副隊長。

 剣を両手に持ち、ルミエールとの距離を詰める。

 鎧の重量がかなりあるにもかかわらず、瞬く間に五メートル、四メートルとルミエールとの距離が近付くが、それに対してルミエールは腕を組んだまま微動だにせず、ただ薄笑いを浮かべていた。


 その笑みはまるで待ち望んだ獲物がわざわざ自ら飛び込んでくることに喜んでいるかのような、どこか気味の悪い笑み。


 そんなルミエールの表情を見たダニエル副隊長は恐怖を覚えたのか、ほんの僅かにピクリと動きを止めかけたが、雄叫びと共に歩を進めた。


「――オォォォ!!」


 鍛え上げられた腕の筋肉を膨張させながら、剣を上段に構えてから振り下ろす。


 豪腕の一撃。

 全てのものを断ち切らんとばかりに剣はうねりを上げ、ルミエールへ剣が迫る。

 生半可な者であれば回避すら不可能な一撃。いや、上級冒険者でもその一撃をいなすことは出来ないだろう。

 ダニエル副隊長の意地と気迫、そしてラバール王国へ勝利を捧げるための想いが乗せられた一撃は本来の実力を越えているように思える。


 しかし――


 その渾身の一撃はルミエールに当たることはなかったのであった。

 しかも回避をしたわけでもなければ、魔法を使い迎撃したわけでもない。


 ルミエールが行ったことはまさにフラムの試合の再現だった。

 ダニエル副隊長の一撃を二本の指で受け止め、そしてルミエールはまたしてもフラムと同様の行動に出る。

 空いている片手の拳を握り、ダニエル副隊長の胸部へと叩きつける。


 拳が鎧にぶつかると共に、けたたましい音が鳴り響く。まるで爆弾か何かが爆発したのではないかと思わせる程。


 そんな一撃をもらったダニエル副隊長は地面と水平に吹き飛ばされ、闘技場を囲う壁に激突して地面へと倒れ伏せる。


 勝負は決まったと誰もが思い、審判が魔道具で終了の宣言をしようとしたその時――


 ダニエル副隊長の身体がピクリと動く。そしてよろよろとしながらも気合いだけで握ったままであった剣を杖がわりにしながら立ち上がろうとしたのだった。


 鎧は砕けってはいないものの、激しくへこみながら放射状に亀裂が入っているのがわかる。

 その様子を見るだけで、かなりの重傷を負っているのは間違いない。もしこのまま再び試合を再開したとしてもダニエル副隊長が勝利をするこもは最早不可能。

 何よりもこのまま治療をせずにいた場合、何かしらの後遺症が残る可能性すらあるように思える。


「――勝者、ルミエール殿!」


 俺の考えと審判は同じだったのだろう。

 未だによろめきながら立ち上がろうと立ち上がろうとしていたダニエル副隊長を確認しながら審判は試合の終了を宣言。


 終了の宣言がされると、即座に二人の救護班がダニエル副隊長の下へと向かい、そのまま両肩を支えながら運ばれていく。


 運ばれて闘技場から退場していくダニエル副隊長の意識はまだあり、その顔には痛みによる苦悶の表情と己の無力さを悔やむかのような表情を浮かべていた。




 試合が終わり、五分間のインターバルに入る。


 何もすることがなく、先程の試合の感想を聞くために俺はフラムに話し掛けた。


「フラム、今の試合……」


 代表者観客席には俺とフラムだけになったため、偽名ではなく本名で呼んだ。


「あぁ。今のは私への挑発だと思うぞ」


 フラムの言葉に俺も概ね同意する。

 今の試合は完全にフラムの戦い方を模倣するものであり、ルミエールの意図はフラムへの挑発、あるいはメッセージだろう。

 自分でも同じことが出来る、そう言わんばかりの試合運びだった。


「俺もそう思う。ってそれよりあのルミエールって子、かなりヤバくないかな? フラム、大丈夫?」


 本気を出したフラムなら負けることはないと信じつつも、ルミエールの底の知れない力に僅かに不安を覚える。

 明らかにルミエールはダニエル副隊長との戦いで本気を出していなかったことは一目瞭然。もちろんフラムも前の試合では本気を出していなかったが、心配するなという方が無理な話だ。


「主よ、心配には及ばないぞ。あの様な小娘ごときに負ける私ではない」


「そりゃ、フラムに比べたら人間の女性なんて全員小娘だよね」


「む。私は老けてはないぞ。見ろ、この若々しい肌や容姿を」


「う、うん。フラムはまだ若いよね。うん」


 余計なことを言えば面倒になりそうだったので、曖昧に頷いて話を流すことに。


 触らぬ竜に祟りなしといったところである。


「話が変わるけど、残りの三試合について相談があるんだ」


「相談とはなんだ?」


「少し前から考えていたんだけど、もしフラムが『銀の月光』の全員に勝った場合、面倒なことになるかもしれないって思うんだ。絶対注目を浴びるだろうしね」


 過度に注目されてしまえば、フラムの正体に辿り着く者が出る可能性は限りなくゼロに近いが、いるかもしれない。

 例え証拠がなくても、理不尽な程の強さを見せれば人じゃないのでは、と最低でも疑いを抱く者は必ず現れるだろう。


 俺はそうならないように注目を分散させたいという考えをフラムに説明した。


「……ふむ。主の考えはわかったが、具体的にはどうするつもりなのだ?」


「その辺りは何も思い付いてないんだよね。ただ、俺がルミエール以外の二人と戦おうと思ってる。そして勝つ」


「私に異存はないぞ。私はあの小娘を倒せればそれでいいからな」


「ありがとう。まぁどのみち勝ったら少なからず注目はされるだろうし、とりあえずの目標としては『実は銀の月光は大したことがないんじゃないか』って周囲に思わせることができればってところかな」


 正直、観客がどう捉えるかは不明だ。

 俺が考える通り『銀の月光』が大したことがないと思うのか、それとも俺とフラムが人外の強さを持っていると思われるのか。

 そこは魔武道会が終わってみなければわからない。


 ただ俺たちはエドガー国王の協力もあり、さらには偽名を使いつつ仮面で顔も隠しているため、注目を浴びても身元が割れる心配は少ないはず。


「主よ、結局は全員倒すだけだ。何も問題はないぞ」


「最終的にはそうなるね。それじゃあフラムはルミエールを頼むよ」


「わかった」




 その後インターバルが終わる。


 ラバール王国対ブルチャーレ公国、あるいはディアはいないが『紅』対『銀の月光』の戦いが始まるのだった。

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