第90話 有言実行

 ジーノとの試合に勝利し、代表者観客席へと戻る最中でも歓声が鳴り止むことはなく、様々な声が飛び交っていた。


「おいおい、まじかよ! とんだ番狂わせだ!」


「あのトムって男、仮面を着けて視界が悪いっていうのに余裕で相手の攻撃を避けていたぞ! 一体どんなスキルを持ってやがるんだ!?」


「俺はトムの作戦に感銘を受けた! 攻撃を避け続けて相手の体力を削っていくなんて中々の策士だぞ? もちろん避けるのにも体力は使うが、相当自分の体力に自信があるんだろうぜ!」


 観客の全く見当違いの会話を聞くと恥ずかしくなってしまう。

 避け続けていたのはそんな大層な理由ではなく、ただ単にジーノのスキルをどうやってコピーするかを考えながら無意識に回避をしていたにすぎない。

 しかしそんな事実を観客が知る由もなく、俺の作戦によってジーノが敗れたということになってしまったようだ。


 まぁ別にどう思われてもいいけど、一勝しただけで過大評価をしすぎじゃないか……?


 そうは思いながらも、いちいち観客に話しかけて訂正するつもりはない。

 本当は何も考えずに避けていたら相手が疲れていました、などと言った方が騒ぎになりかねないからである。


 もちろん俺は魔武道会において油断をするつもりなどはない。

 実際、ジーノとの試合では戦いに集中せずに思考は別のところへと行ってしまっていたが、それは相手が何をしてきても負けることはないと確信していたためだ。


 試合開始直後に『神眼リヴィール・アイ』でジーノのスキル構成を見た結果、俺にはジーノに負けるイメージが全く浮かばなかった。何故なら相手の近接戦闘系スキルが『聖騎士』一つしかなかったからだ。


 スキルを互いに持っていなかったとしたら騎士であり、日頃から鍛えているであろうジーノに身体能力で勝つことは俺には不可能。

 しかし、この世界ではほとんどの戦闘系スキルに身体能力の上昇効果があるため、いくら相手が鍛えてようとスキルの所持数だけで身体能力を上回ることができる。

 それに加え、ジーノは魔法系スキルを『大地魔法』しか所持しておらず、俺が想像出来ないような多彩な攻撃を繰り出すことが出来そうもなかった。

 最初に魔法で攻撃を仕掛けたが、ジーノが魔法で応戦してこなかった時点で俺は勝利を確信していたのだった。




 その後俺が観客席へ戻り、席に着いても観客のざわめきは収まることはなく、次の試合が行われるまでの五分間のインターバルとなる。


 とりあえず試合に勝てたことによる安堵でホッと一息吐いているとダニエル副隊長から労いの言葉を貰う。


「トム殿、見事な戦いだった。これでこちらに勢いがつくだろう」


 ダニエル副隊長はあまり感情を表には出さない人間だが、ラバール王国側が一勝したことに俺と同様安堵したのか、俺に声を掛けた後に自分の席へと戻る去り際にうっすらとその表情には笑みが浮かんでいた。


 すると次は隣に座っていたフラムが耳元まで顔を近付け、小さな声で俺に話し掛けてくる。


「主よ、何故さっさと倒さなかったのだ? あの程度であればすぐに倒せただろうに」


 フラムは俺が時間をかけて勝利したことに疑問を覚えたようだ。


「相手のスキルをコピーしたかったからさ、どうやってコピーしようかと考えていたら時間が掛かっちゃったんだよ」


「そうだとしても、もっと他にやりようはあったのではないか?」


「まあね。でもあんまり手の内を明かしたくなかったんだよ。下手に目立ちたくないし」


 俺の言葉に納得したのかはわからないが、フラムは顎に手を当てて何やら考えているような仕草を見せる。


「……ふむ。それなら私もあまり手の内を明かさず、目立たないように戦うとしよう。任せるがいいぞ」


 内心フラムがどのように戦うのか不安に思っていたが、俺の説明に理解を示した様子もあり、心配は無用なようだ。




 インターバルが終わり、審判から第二試合が始まると告げられ、ブルチャーレ公国側の代表者が階段を降りて中央へと現れる。


「第二試合、ブルチャーレ公国の代表者はボニート殿です!」


 魔道具で増幅された声が闘技場にいる全ての者に伝わり、観客から歓声が上がった。


 ボニートはスキンヘッドで二メートル近い身長を持つ大柄な人物。

 その恵まれた体格を活かすかのように常人では持てない程の大きく重量のありそうなバトルアックスを片手で楽々と担ぎ、防具は胸部だけを覆い守る白銀に輝くプレートを着けている。おそらくは鉄などの安価な素材ではないだろう。


 その姿はまさに荒くれ者の冒険者。しかし、魔武道会に二年連続で選ばれている男がただの荒くれ者であるはずがない。


 そんなボニートが登場し、観客が盛り上がる中、ラバール王国の代表者観客席ではダニエル副隊長が誰を第二試合に出場させるかを決め、代表全員に告げる。


「第二試合はラム殿に出場してもらおう」


 ダニエル副隊長の采配に俺とフラムはエドガー国王から事前通達されていたために何の疑問も持たなかったが、ラウルは違ったようだ。


「ダニエル殿、その采配はどうかと僕は思います。相手は明らかに力を前面に出す戦い方をするでしょう。さらにはあの巨体です。女性であるラム殿を侮る訳ではないですが、ボニート殿とラム殿ではリーチの差もあり、相性が悪いのではないかと」


 ラウルの意見は至極真っ当なもので、普通に考えればボニートを相手にするのならダニエル副隊長か、ロックのどちらかにするべきだろう。


 しかしそのラウルの意見はダニエル副隊長によって却下される。


「確かにラウル殿の考えは間違ってはいない。だが、ボニート殿の去年の戦いを見た者として言わせてもらえば、力比べをしてしまえば分が悪いのは明白。ならば逆に我らの中で一番小柄なラム殿に賭けた方が勝つ可能性が高いと私は考えている」


 少し苦しい言い訳だが、ダニエル副隊長はこの選択を変えるつもりはないという意思をラウルに見せる。


 ちなみにフラムは決して小柄ではない。むしろ女性としては背が高い方だが、ラバール王国の代表者の中では一番背が低いことも確かだった。


「……そうですね。わかりました。口を挟んでしまい申し訳ありません」


 渋々といった様子でラウルは身を引く。

 既に相手の代表者が登場していることもあり、時間を掛けるわけにはいかない。さらにダニエル副隊長がラバール王国の代表者のまとめ役ということもあってラウルは諦めたといった様子。


「ではラム殿、健闘を祈る」


 時間が押していることもあって、短くダニエル副隊長はフラムへと声を掛ける。


「任せるがいいぞ。では私は行くとしよう」


 フラムは手をひらひらと振りながら階段へと向かうが、その手に武器がないことに俺は気付く。


「――ちょっと! フ――、ゴホッ、ゴホッ。ラム! 武器は?」


 危うくフラムと言いかけてしまい、なんとか咳払いで誤魔化しながらフラムを呼び止めようとするが、いらぬお世話だったようだ。


「問題ないぞ」


 それだけを言い残しフラムは階段を降りて闘技場中央に向かった。




「ラバール王国の代表はラム殿です!」


 フラムが闘技場中央に到着し、観客席の熱は徐々に上がっていく。そんな中、フラムは武器を持たずにただじっと試合開始の合図を待つ。


 そしてついに開始の合図が審判から告げられる。


「――始め!」


 合図とほぼ同時にボニートはバトルアックスを両手に持ち替えると上に高く掲げ、そのまま持てる力の限りにフラムの肩へと振り下ろす。

 頭を狙わなかったのはおそらくフラムを殺してしまう可能性があると判断したのだろうか。


 二メートル近い身長と丸太を思わせる太い腕から繰り出された一撃は何もかもを断ち切るほどの威力を持つ。さらにその一撃は常人では視認することさえ不可能なほどの速度。


「――おらぁぁぁ!!」


 ボニートの雄叫びと共にバトルアックスはフラムに向かって振り下ろされた。しかし――


 バトルアックスはフラムの人差し指と親指の二本だけでピタリと止められたのだった。

 その動きは本棚の上段にある本を掴むために手を伸ばしたといった何気ない動きに近い。だが、現実はボニートからの強烈な一撃を容易く二本の指だけで止めたのだ。


「――は?」


 気の抜けるような声がどこからか聞こえてくる。その声はボニートが漏らしたものなのか観客が漏らしたものなのか。

 はっきりとわかることは闘技場にいる全ての観客とボニートはフラムが行った常識外の動きに対して呆気に取られているということだけ。

 

 口を開け、呆然とした表情をボニートが浮かべている間にフラムは空いている右手で拳を握り、白銀のプレート目掛けて右ストレートを叩きつける。


 フラムの拳が胸部を守るプレートに直撃するとバキンッという音と共にボニートは目にも留まらぬ速さで数十メートル吹き飛ばされ、そのまま仰向けになり動かなくなった。


 倒れたボニートの姿を見ると胸部を守る白銀のプレートは砕け散ったのか身につけておらず、その破片と思われる金属が地面のあちこちに散らばっている。


「しょ、勝者、ラム殿……」


 審判の男も呆気に取られていたのだろうが、自分の役割を思い出したのか、声を震わせながらそう宣言したのであった。


「「……」」


 試合が終わったにもかかわらず、観客からの歓声と拍手は一切起こらない。まるで闘技場には誰もいないかと思うほど静まり返っている。


 そんなことを一切気にせず、フラムはゆったりとした足取りで代表者観客席へと戻り、俺の隣に腰を下ろすと小さな声で話し掛けてきた。


「主よ、どうだ? 目立たず、手の内も明かさない見事な戦いだっただろう?」


 仮面を着けているためフラムの表情はわからないが、ドヤ顔をしているのは間違いない。


「……あ、そうだね」


 俺にはこれしか言うことは出来なかった。確かにフラムは手の内を明かさず、勝利したことには違いなかったからである。目立たないという方はどう見ても失敗していたが、フラムを責める気にはなれなかった。




 その後、審判がインターバルを告げてからようやく観客の意識が戻ってきたのか、拍手と歓声がフラムへとされたのだった。


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