第89話 初戦

 代表者観客席に座った俺とフラムを含むラバール王国代表は第一試合が始まる前にダニエル副隊長から話があると言われ、耳を傾ける。


「皆に聞いて貰いたいことがある」


 ダニエル副隊長の口調は普段俺と会話する時とは違い敬語ではなく、代表者全員が対等な関係だと言わんばかりのもので、堂々とした姿、口調はまさに近衛騎士団副隊長に相応しい。


 全員が自分に注目したのを確認するとダニエル副隊長は話を続けた。


「此度の魔武道会において、私は国王陛下からラバール王国代表のまとめ役をするようにと通達された。そこで皆に聞きたい。私がまとめ役をすることに不満がある者はいるか?」


 この言葉に全員が首を横に振る。ラウルとロックの表情を見る限り、不満などは微塵もないといった様子。

 ただし、不満はないが疑問はあったようで長い金髪を後ろに纏めたラウルから質問が出る。


「一ついいでしょうか? ダニエル殿がまとめ役というものをされることは構いません。しかし、まとめ役とは一体何をされるのでしょうか?」


 ラウルの疑問は誰もが思うものだ。

 魔武道会は一対一の戦いであり、まとめ役といったものが存在する必要があるのか、と。


 だが、俺とフラムには心当たりがあった。それは対戦相手の組み合わせについて。もっともフラムが覚えているかは定かではないが。


 俺の予想はどうやら当たっていたらしく、対戦相手をこちらが選ぶことができるといった話をダニエル副隊長が全員に向けて話す。


「そういうことですか。では、ダニエル殿がいうまとめ役というものは相手に誰をぶつけるかをダニエル殿が決められるという認識で間違いないでしょうか?」


「その通りだ。試合が始まる前にブルチャーレ公国の代表が先にステージへと降りる手筈となっている。その後、我々の中で誰が戦うかを決め、試合が始まるといった流れになっているため、その対戦相手を私に決めさせて貰いたい」


 ダニエル副隊長の説明に普段武者修行を行っている体格の良い男ロックは目を瞑り、何かを考えている様子を見せた後に口を開く。


「拙者に異論はない。しかし拙者は強き者と戦い、自らを高めるために魔武道会へ出場することを決めたのだ。その辺りを考慮してくれるとありがたい」


 自分のことを『拙者』っていう人を初めて見たぞ……。


 くだらないことを考えながら俺は黙って話を聞く。


「僕にも異論はありません。もし僕以外の全員が負けてしまった場合、最終的には相手の代表全員と戦うことになる可能性もあります。なので誰と戦おうと問題はありません」


 代表に選ばれただけあり、ラウルは自身の実力を疑ってはいないように見える。


「承知した。トム殿とラム殿は何か異論などはないか?」


 これはダニエル副隊長の演技だろう。

 俺とフラムが事前にエドガー国王から話を聞かされていることをダニエル副隊長は知っている。なので今の言葉はラウルとロックに俺たちの関係性を悟られないようにするための配慮だと俺は考えた。


「異論はありません」


 短く俺は返答し、フラムも同じ様に続く。


「異論はないぞ」


 全員の意思を確認し終えたタイミングで、闘技場のステージに審判が現れる。審判は午前中に行われた学生同士の試合でも審判をしていた人物で、その手には魔道具が握られていた。


「皆様、大変長らくお待たせ致しました。間もなく第一試合を始めさせていただきますが、その前に魔武道会の試合ルールを説明致します――」


 審判からされたルール説明は学生同士の試合と大したルールの違いはない。

 数少ない違いといえば、勝ち残り戦であること、武器の刃を潰す必要はないということくらいである。


 俺には『自己再生』スキルがあるため、多少の怪我をしても問題はないが、このルールは危険すぎる。

 いくら一流の治癒魔法の使い手がいるからといって、怪我をしたくもないし、させたくもないというのが本音だ。


 そもそもあまり自分のスキルを見せたくないんだよなぁ。『自己再生』のスキルを発動させなくても済むように戦うしかないか。


 そう決心している間に審判からの説明は終わり、ついに第一試合が始まろうとしていた。


「皆様、只今より始めさせていただきます。第一試合に出場するブルチャーレ公国の代表はこの方です!」


 観客の拍手が鳴り響く中、闘技場に現れた人物は前回大会に出場した人物であるジーノ・オネスティ。

 褐色の肌に黒髪を持つジーノはブルチャーレ公国の騎士であり、その装備も騎士のそれである。

 赤のラインで縁取られた鎧を着込み、左手には縦に長い四角い盾、右手にはロングソードが握られていた。


 相手の代表が判明したところでダニエル副隊長が口を開く。


「……相手はジーノ殿か。ではこちらはトム殿に出てもらおう」


「……」


 まさかいきなり出番が回ってくるとは思っていなかったため、つい無言になってしまう。


「……トム殿?」


 怪訝そうな表情を浮かべながらダニエル副隊長がもう一度俺を呼び掛けたことで我を取り戻す。


「――あ、はい……」


 どうすればいいんだ!? ……いや、冷静になれ、俺。戦って勝つ、それだけを考えるようにしよう。


 一度深呼吸をし、席を立ち上がる。

 すると審判が俺が立ち上がったのを確認してから観客に紹介を始めた。


「ラバール王国の代表はこの方! トム殿です!」


 観客の拍手と共に俺は階段を降りて闘技場中央へと向かう。その間に観客の話し声が聞こえてくる。


「あれがラバール王国の代表か。トムとか言っていたが、聞いたことあるか?」


「いや、ないな。冒険者ギルドで見たことも聞いたこともないし、冒険者ではないんじゃないか?」


「だが騎士には見えないぞ。しかも身体の線も細いし、期待できなそうだな……」


「そもそも相手が悪い。ブルチャーレのあの代表は去年も出ていたが、とんでもない強さだったぞ」


「くそっ! こんなことならブルチャーレに賭けとけばよかった!」


 なんか大声で好き放題言われてるなぁ……。まぁそのおかげで少し気楽になれたけどさ。


 階段を降りきり、闘技場の中央へと到着する。

 そこでふと、視界の隅にディアの姿が映り、そちらに顔を向けるとディアが関係者席に座り、俺に向けて小さく手を振ってくれていた。


 ディアが応援してくれているんだ。情けない姿は見せられないな。


 俺はディアへ軽く頷いた後、ジーノのいる方向に顔を向け直す。

 そして心の中で自分を鼓舞し、拳を強く握り、気を引き締める。


 ――よし。もう大丈夫。緊張もほぐれてきた。


 ジーノの表情を見ると油断など微塵もないといった表情で、すでに臨戦態勢といったところ。


 強く握り締めていた拳をほどき、腰から剣を抜く。

 そして審判からの合図が響き渡る。


「――始め!」


 開始の合図と共にバックステップを取り、相手の初撃をかわす。

 俺はその間に『神眼リヴィール・アイ』を発動。


 ジーノ・オネスティ

英雄級ヒーロースキル:聖騎士Lv7』『上級アドバンススキル:大地魔法Lv3』『上級スキル:魔障壁Lv5』……


 瞬時に相手の能力が視界に表示される。

 戦闘系統スキルは三つ。『聖騎士』とは盾と剣の扱いに補正が掛かるスキルであり、これについてはさほど問題はない。

 ジーノのスキルで一番面倒なものは『魔障壁』の方だろうか。このスキルの効果は魔法に対するダメージの軽減。


 どれ程魔法ダメージが軽減されるのかは不明だが、盾と鎧を合わせるとかなりの耐久力を持っているとみて間違いないはず。


 試しに小さな火球をジーノ目掛けて五つほど放つ。

 ジーノは火球をかわそうとはせず、全てを盾で受け止める。


 火球が盾に当たる様子を観察すると、うっすらとした膜が盾を包み込み、火球を防いでいるところを確認できた。

 このことからジーノは『魔障壁』を盾にまで及ぼすことができると判明。もしくは『魔障壁』のスキル自体が装備にまで影響を及ぼしているのかもしれない。


 だが、あくまでも『魔障壁』は魔法ダメージの軽減だ。魔法に対する完全な耐性ではない。


 俺は今回のジーノとの戦いで自身のスキルの全てを見せるつもりは一切なく、相手には悪いがウォーミングアップとしか考えていない。


 距離を開けたまま、俺は次に石の礫を放つが、それも易々と盾で防がれる。石の礫は魔法で生み出しているが、物理攻撃の性質があるため『魔障壁』の効果が発揮されないと考えたがどうやら違ったようだ。


 ジーノの遠距離攻撃は『大地魔法』しかないからか、俺との距離を詰め、近接戦闘に持ち込みたいようで間合いを詰めてくる。

 しかしジーノは盾を持ち、さらには全身を鎧で包み込んでいるため、その動きは俺にとってはかなり遅いと感じるもの。


 俺は間合いを詰めきられる前に最後の実験としてそこそこの大きさの火球を一つ生み出し、ジーノの盾を狙い放つ。

 それを当たり前のようにジーノは盾で防ぎ、そのままの勢いで盾を全面に出しながら突撃を行う。


 その突撃は観客からしてみればかなりの鋭い突撃に見えたのか、大きな歓声があがる。

 だが、俺からすればあまりにも遅すぎる。まるで抱っこを求め、父親に突撃する子供のようにすら思えるほど。

 ジーノの突撃を横にかわすと共にその手に持つ盾を観察すると、先程の火球によって僅かに変色している様子が確認できた。


 やっぱり完全には魔法を防ぎきれないみたいだ。それなら何も問題はないか。後はどうやって倒すかだけど……。


 正直、倒すだけなら簡単にできる自信がある。しかし俺はジーノの持つ『魔障壁』のスキルが欲しいため、申し訳ないとは思いながらも傷を付け、血に触れさせてもらうつもりだ。


 だが、相手の血液に触れるというのは少し難しい。

 まず魔法で傷を負わせて出血させたとしてもその傷口に触れるという行為をすれば、あまりにも不自然な行動になってしまう。

 そのため出来れば剣で傷を負わせ、さりげなく剣に付着した血液に触れるといった方法を取る必要がある。


 さて、どうするかと考えている内にジーノが盾で身を隠しながら俺に向かって剣を突き出す。

 その突きを半身で回避し、ジーノの剣を持つ手を狙おうかと考えたが、ジーノは籠手をしていることもあり、出血させることが出来ないため攻撃をすることを止め、回避に専念する。


 もちろん、籠手に剣撃を与えれば腕を切断させることは出来ずとも骨折くらいはさせることは出来るだろう。しかし、それで棄権されてしまえば『魔障壁』を手に入れることが叶わなくなってしまうため止めたのだ。


 どうするかと考えながら回避している間にもジーノは様々な攻撃を繰り出す。

 盾での殴打、上段からの一振り、奇をてらった蹴り。

 その全てをあれやこれやと『魔障壁』を獲得するための作戦を考えながら数分にも及び、回避を行っていた。


 するといつの間にかに観客が騒がしくなっていることに気が付く。


 ん? 何だろう?


 観客の声に耳を澄ませると、様々な驚きの声が聞こえてきたのだった。


「あいつは何者だ!?」


「あのジーノの攻撃を容易く回避し続けるなんてありえねえ!」


「見てみろ! 逆にジーノの方が疲弊しているみたいだぞ!」


 観客の言葉でジーノに視線を向けると明らかに息が上がってきていた。


 色々考えている内にいつの間にかこんなことになっていたなんて……。少し目立ちすぎたかもしれない。


 ジーノの動きはどんどんとキレを無くしていく。

 重い盾に鎧、それにロングソードを振り続けていたのだ。それも仕方がないことであった。


 そしてジーノは疲労のせいか、かなり大振りで雑な一撃を放つ。さらには盾を持つ手が上がりきっておらず、大きな隙を俺に見せてしまう。


 大振りの上段からの剣をあえてギリギリで回避し、ジーノのひじ裏の腱を目掛け、剣を振る。


 いくら全身を防具で固めていても間接を曲げる箇所は無防備。

 俺はその一点を狙い、ジーノの腱を断ち切ったのだった。


 ジーノは腱を切られたことで握っていた剣を手放し、そして疲労もあったせいか、両膝を地面へと着く。


「――はぁ、はぁ……。降参、です」


 ぽつりと小さな声でジーノは降参を宣言し、勝敗が決まる。


「――そこまで!!」


 審判の合図が観客まで届くと、ほんの一瞬闘技場内は静まり返り、そしてその静寂を吹き飛ばすかのように盛大な歓声が上がった。


 歓声が響き渡る中、俺は剣を鞘にしまうと共に、剣に付着していたジーノの血に触れると、身体が一瞬熱を持ち『魔障壁』のスキルを手に入れることに成功する。


 俺はディアに顔を向けて軽く頷いた後、未だに膝を着いていたジーノに一礼をしてから代表者席へと戻ったのであった。

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