第77話 代理

 晩餐会当日。


 俺たち三人はエドガー国王と会うために、約束の時間である夕方五時の十分前に王城へと到着し、王城内の一室へと通されていた。ちなみに今は変装用の仮面を着けてはいない。


 王城で働くメイドに紅茶を用意され、それを飲みながらのんびりとエドガー国王を待つ。


「この紅茶、すごい美味しい」


 この国の国王と会うというのにも関わらず、ディアは緊張をする素振りも見せずに紅茶を楽しんでいるが、かくいう俺も何度もエドガー国王と会う機会があったことから慣れてきたこともあり、緊張しなくなっていた。


「やっぱ高級な茶葉を使っているのかな? 砂糖を入れていないのにほんのりと甘いし、香りも凄い」


 大して紅茶に詳しくないため、それっぽいことを言ったがお世辞を抜きにしても今までに飲んだ紅茶で一番だと感じるほどのものだ。


 そんな弛緩した空気が流れている中、部屋の扉が数回ノックされた後にエドガー国王がメイドに案内されて入室をしてくる。


「待たせた――って随分と寛いでいるみたいだな」


 この国の国王が入室したにも関わらず、俺を除く二人がのんびりと紅茶を飲んでいる姿を見て、エドガー国王は思わず笑う。


「すいません。ディアがこの紅茶を気に入ったみたいで」


「そうか? 俺には紅茶の良し悪しがわからないからな。気に入ったんなら帰りに土産で渡すぞ」


「嬉しい。ありがとう」


 珍しくディアが自ら会話に加わり、お礼を言っていた。それほどまでにこの紅茶を気に入ったのだろう。


「ってそんな話をしてる場合じゃないな。わざわざコースケたちを呼んだのには訳があってな。ちょっと問題が起きた」


「問題ですか? それは魔武闘会に関係が?」


「ああ。実はな、代表に選んでいた者の一人が怪我をしてしまったみたいで代表を辞退してしまってな……。急に辞退されたもんだから代わりの者がどうしても見つからないんだ。それで――」


 話の流れからして嫌な予感しかしない……。


「それでだな、コースケ以外の二人から一人、代わりに出場してもらえないか?」


 嫌な予感は的中するとはよく言うが正にその通りだな……。


 エドガー国王はディアかフラムに出場の打診をしているが、内心はディアに出場してもらいたいと思っているはずだ。


 ドラゴンであるフラムを出場させることで、その正体がバレることはないとは思うが、エドガー国王からしてみれば僅かなリスクすら取りたくはないだろう。


 しかし、俺からするとディアを出場させるのは論外。

 ディアを封印したとされるアーテがこの世界のどこがで潜伏している可能性が高い以上、ディアを衆目に晒すことなどできるはずがない。


 俺はアイコンタクトでディアとフラムに合図を送ろうとしたその前に、フラムが自ら魔武闘会への出場を乗り気で表明する。


「それなら私がでるぞ! 任せるがいい」


 空気を読んでくれたのかどうかはわからないが、結果的にはフラムに助けられる形となった。


「お、おう。それなら頼む。だが、くれぐれも正体を明かすようなことはしてくれるなよ?」


フラムがあまりにも乗り気だったこともあり、エドガー国王は若干引き気味に頷く。


「わかっている。そもそも私の正体を見破れるような者がいるとは思えないぞ」


 確かにフラムには『鑑定』や『心眼』どころか、俺の伝説級レジェンドスキルである『神眼リヴィール・アイ』ですら情報を覗き見ることができない。

 正体がバレるとしたらフラムがぼろを出す場合くらいなもので、基本的には問題ないはずだ。


「それならいいんだが……」


 エドガー国王もフラムが口を滑らせるのではないのかと心配している様子を見せる。


 俺はひとまず話題を変えることにした。


「そういえば、今日の晩餐会にはブルチャーレ公国の人が来るようですが、どれ程の人数が?」


「おそらく百に届くかどうかってところだ」


「そんなに人が来るんですか?」


「もちろん、晩餐会に参加するブルチャーレ公国の人数だけでだ」


「代表は五人だけですよね? どうしたらそこまでの人数が?」


「代表は五人だけとはいえ、中には冒険者がいるからな。その冒険者のパーティーの者たちも晩餐会には参加できるんだ。コースケたちもそうだろ? それにブルチャーレ公国の大公や貴族たちも来る。そうなるとその奥方たちも参加することになるんだよ」


 魔武闘会は俺が想像している以上に大規模なものなのかもしれないな。まさかブルチャーレ公国の貴族の方まで参加するとは考えてもいなかった。


「わざわざ他国まで貴族の方が来るとは思いもしていませんでした。やっぱりわざわざ魔武闘会のためにラバール王国まで来るということは熱狂的な方なんですかね?」


「中には魔武闘会に熱狂的な貴族もいるとは思うが、大半は違う。貴族というのは繋がりを大切にするからな。それに他国の貴族と繋がりを持てる場というのは貴重なんだよ」


 要は自分の顔を売る場として晩餐会に出席しておきたいということか。そんな場所でフラムを自由にさせるのは不安があるぞ……。


「フラム、今日は大人しくしててね? 特に貴族の方には自ら話しかけないように」

 

「それはフリか?」


「「違う」」


 エドガー国王も俺と同じ事を考えたのか、思わずハモりながらもフラムに突っ込みをしてしまう。


「別にそこまで心配はいらないぞ。そもそも私は人に興味などないからな」


 そういう発言が怖いわ! と心の中で思いながらも、ひとまずはフラムに釘を刺したため、これで少しは大人しくするはず? だ。


「それよりもフラムが出場するなら、フラムにも偽名を名乗ってもらわないと俺が変装する意味がなくなるし、晩餐会までそれほど時間もない。早く考えよう」


「私も偽名を名乗るのか? だったらディアにも必要だと思うぞ」


 以前フラムはディアのことをフロディアと呼んでいたが、屋敷に住むようになってからはディアと呼ぶようにしてもらっていた。

 フロディアという名は邪神として知られてしまっているため、フロディアと呼ぶのは不味いと判断した結果だ。


「確かにディアが一緒にいたら、変装していても『紅』のパーティーじゃないかと気付かれるかもしれないか。それならディアの偽名も考える必要があるね」




 その後、エドガー国王も混ざりながら二人の偽名を決めた。

 結果、ディアはフィアに。フラムはラムという偽名に。


 どちらの偽名も元々の名前を少し変化させただけのシンプルなものとなったが、俺の偽名であるトムよりはよっぽどしっくりくる。

 所詮は偽名なのだが、少し羨ましいとも俺は思ったのだった。


「これで話は終わりだ。晩餐会まで後一時間もないから俺はそろそろ行く。コースケたちはそれまでここで寛いでいてくれ。晩餐会の場では変装を忘れるなよ?」


「わかりました。一応国王様には教えておきますが、俺たちは三人とも白い仮面を着けていますので、白い仮面を着けた三人組がいたら俺たちだと思ってください。仮面には認識阻害の魔法が掛かってるため、教えておかないと気付かないと思ったので」


「了解した。それじゃあまた後でな」


 そう一言を残し、エドガー国王は部屋を退出していく。




 そしてもうすぐ晩餐会が始まるとの報せをメイドから受け、俺たち三人は晩餐会の会場へと向かったのだった。

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