第78話 晩餐会

「すごいな……」


 晩餐会の会場となるホールの豪華さに思わず声が漏れてしまう。


 調度品についての知識は何もない俺だが、一目見るだけで高価な物だと確信してしまうほどの物がそこらに飾られ、各テーブルには贅の尽くされた料理が並べられていたためだ。


 そして何よりもこの会場の広さ。

 ブルチャーレ公国の人々だけでも百人前後が来るとは聞いていたが、この会場の広さならラバール王国の参加者をさらに百人加えたとしても優に入ることができるだろう。


 俺たち三人は白い仮面を着用し、会場の中へと入る。

 晩餐会が始まる時間までおおよそ二十分程あるため、まだそれほどまで会場には人がいないが、既に貴族と思われる人々は会話に花を咲かせているようだ。


「俺たちの場違い感がすごくないかな? こんな仮面まで被っている訳だし」


「大丈夫。わたしたちのことを誰も注目している様子はないみたい」


 ディアに言われて周りを軽く見渡してみると、意外な事に奇異の目を向けられたりはしていない。


「何でだろう? 俺だったら絶対注視しちゃうと思うけど」


「この仮面のおかげなのではないか? もしかしたら認識阻害の効果にこの仮面を着けていることへの疑問を抱かせない様な効果があるのかもしれないぞ」


 フラムがそう推測をしてるけど、実際のところはどうなのだろう? でも注目されないのならむしろ好都合だし、気にしないでおこう。仮面一つで金貨1枚もしたけど、いい買い物だったのかもしれないな。


「そうだったら仮面に感謝だね。それじゃあ俺たちは晩餐会が始まるまでは端の方で目立たないようにしていようか。話し掛けられても面倒だから」


「主よ、それならあそこの窓側にあるテーブルへ行こう。私は小腹が減ったぞ」


 フラムが指を指した先にはちょうどよく周りに人がいないテーブルがあったため、俺たち三人はそこに向かい軽く食事を取りながら時間を待つことに。

 最初は晩餐会が始まる前から食事に手を出しても良いものなのかとも考えたが、周りを見る限り問題がないようだった。

 どうやら料理は次々と運ばれている様で、料理が減った大皿には給仕の者が新しい料理を足していく姿が見られる。




 そして晩餐会が始まる五分前にエドガー国王とセリア王妃、そしてアリシアが会場へと現れた。


 ドレスを着たアリシアは初めて見たけど、こう見るとやっぱり王女様なんだなぁ……。


 王家の三人が会場に現れたことで、一瞬で会場内に静寂が訪れ、その場にいた人々は揃って頭を下げているなか、そんなくだらないことを俺は考えていた。


「面を上げよ」


 エドガー国王が一言告げると全員が頭を上げ、視線をエドガー国王に向けた。


 いつもと国王様の雰囲気が違うなぁ。やっぱりこういう場では国王らしい振る舞いが必要なのか。というかそれにしてもまだ人が少ない気がするけど、気のせい?


 晩餐会の会場内は今でもかなりの人数になっていたが、それでもまだ百人前後しかおらず、出席予定者の全員が揃っているようには思えない。


「皆の者、もうじきブルチャーレ公国の方々が来る。この晩餐会を通じて親交を深め、有意義な時間としてくれ」


 あ、まだブルチャーレ公国の人たちは誰も来ていていないのか。こういうのはてっきり国王様が最後に来るものだと思ってた。


 そんな事を考えていると、エドガー国王の下に執事の様な者が近付き、何やら耳元で報告をしているようだ。


「言ったそばからブルチャーレ公国の方々が来たようだ」


 エドガー国王がそう会場にいる皆に告げると、入り口の扉が開かれ、豪奢な服を着た人物を先頭に数多くの人々が入場し、会場の中央を通りながらエドガー国王の下へと向かう。


「エドガー・ド・ラバール国王、本日はお招きいただき、感謝する」


 豪奢な服を着た人物は四十代前後だろうか。

 褐色の肌に彫りの深い顔をし、短い茶色の髪と顎髭を生やした体格の良い男性がエドガー国王に向かい、そう告げる。


「ダミアーノ・ヴィドー大公、遠路はるばるラバール王国まで来ていただき、こちらこそ感謝する」


 二人は互いに近付き、固い握手を交わしながら笑みを浮かべているのだが、その笑みは互いに引きつっている様な気がした。




 その後、国の頂点である二人が簡単な挨拶を行い、ついに晩餐会が始まった。


 晩餐会が始まったのはいいが、俺たち三人は何をすればいいのかがわからず、ひとまずは窓際のテーブルで他の誰とも関わらずに黙々と食事を取っていると、突然背後から話しかけられる。


「……先生方ですか?」


 俺たちに話しかけた人物の正体はアリシアであったが、俺たち三人は認識阻害の仮面を着けているため、どうやら確信が持てていないようだ。


「そうだよ、アリシア。――あ、呼び捨ては不味いか……。アリシア王女殿下、よく私たちのことがわかりましたね」


 ここは学院でも他人の目がないプライベートの場でもない。流石にアリシアを普段の様に呼び捨てで呼ぶのは不敬に当たると俺は判断する。


「先程、父から先生方が仮面で変装していると聞いたのです。それでも三人一緒にいらっしゃらなかったら気付けなかったと思います。それと私の事はアリシアでいいですよ。今は周りに人がいませんから」


 よく顔を合わせているアリシアでも俺たちが仮面を着けていたら気付けないなんて、本当に凄い仮面だな。


「それじゃあお言葉に甘えて今はアリシアって呼ばせてもらうよ。それでアリシア、わざわざ俺たちのところに来たみたいだけど何か用事?」


 アリシアは王女なのだ。多少の無理をしなければ、一人で俺たちのところへ来るのは難しい。

 おそらくはアリシアに話しかけたいと考えている人間は山のようにいるだろう。


「父からコースケ先生とフラム先生宛に伝言を預かったのです」


「何でわざわざ王女であるアリシアに伝言を届けさせるんだろ……」


 普通は執事かメイドに頼むだろうが、何故かエドガー国王はアリシアを伝言役として送ってきた。


「それでしたら理由があります。仮面を着けている先生方の正体を知る者がこの会場内には父と私くらいですから」


 言われてみれば確かにそうだ。

 正体を隠すことを条件に魔武闘会に参加することにしたため、仮面の下の顔を知る人物でエドガー国王が伝言を頼めるのはアリシアくらいである。


「そうだったね。あ、でももう一人いるよね? ダニエル副隊長が」


「ダニエルは魔武闘会の代表なので会場にはいるのですが、今は父の護衛をしているため、父の側から離れる訳にはいかないのです」


「なるほどね。それよりごめん。話が逸れちゃったね」


「いえ、気になさらないで下さい。それで伝言なのですが、後程、魔武闘会に出場する代表者を会場の皆様に紹介する時間がありますので、心の準備をするように。とのことです」


「……」


「コースケ先生?」


 俺が死んだ魚のような目をしながら無言になったためにアリシアが声をかけてくる。

 もちろん仮面を着けているため、アリシアには俺がただ無言になったとしか思わないだろう。


「ごめん。いきなりのことで脳の処理が追いつかなかったみたいだ」


「安心して下さい。簡単な自己紹介くらいですので。それではそろそろ私は戻ります。下手に注目を集めてしまいますので」


 アリシアは別れを告げ、エドガー国王がいる場所へと戻っていく。


「心の準備なんて無理だ……。こんな大勢の前で自己紹介なんて心臓が持ちそうにない」


「こうすけ頑張れ」


 ディアに応援されて癒されはしたが、緊張は解れそうにない。


「主よ、前にも言ったが仮面を着けているのだぞ。気にしないでも平気だ」


「確かにフラムの言う通りなんだけど、緊張はするよ」


「私は平気だぞ?」


 フラムは人なんてどうでもいいと思っているからだろっ! と突っ込みを入れたくなる気持ちをグッと抑える。


「まぁ俺のことは気にしないで。それよりフラム、偽名の事を忘れないでね?」


「わ、わかっているぞ。もちろん覚えていた」


 仮面の下でフラムが動揺しているのが手に取るようにわかるのであった。




 そして代表者を紹介する時間が近付く。

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