第76話 変装道具

 エドガー国王一行が屋敷を訪れてから一週間が経った。


 この一週間、放課後になると魔武闘会の出場が決まっているSクラスの生徒の特訓に付き合っている。しかし、その中にはディオンの姿だけはない。


 ディオンは実地訓練を終えてからというもの、大人しくしており、これといった問題は何も起きてはいないが、ディオン派の生徒が一人、二人とアリシア派に鞍替えしていた。

 とは言っても未だにディオンを慕う生徒もおり、放課後はその生徒たちとディオンは訓練を行っているようだ。


 そして俺たち『紅』は今、放課後の指導を終えて王都にある商店で買い物をしていた。


 三日後に魔武闘会が控えており、それに出場する俺は変装をするための服や帽子、もしくは仮面などを買うのにディアとフラムが付き合ってくれている。


「主よ! これはどうだ?」


 そう言ってフラムが手にしていたものは目元だけを隠すような造りの仮面。その仮面には数多くの宝石が散りばめられ、貴婦人が仮面舞踏会で着用するようなものだった。


「いや、それはない……」


「物は試しだぞ。試しに着けてみてくれ」


 仕方なくフラムから手渡された派手な仮面を着けてみると、その瞬間にディアとフラムは俺から視線を反らす。


「「……」」


「おいっ!」


 途端に他人の振りを決め込んだ二人に、我慢ができずに声をあげて抗議をする。


「……こうすけ、変態みたい」


 ぐはっ……! ディアに言われると傷付く……。


 ディアに変態だと言われ、心に致命的な傷を負いながらも、全ての元凶であるフラムを睨み付けようとしたが、既にフラムは店内の別の場所に逃げ込んでいた。


 俺はさっさと仮面を外し、商品を棚へと戻しながらも他の商品を物色するが、なかなかこれといったものが見つからない。


「どれもパッとしないなぁ。ディアは何か良さそうなものを見つけた?」


「わたしはこれがいいと思う」


 ディアが手に持っていた物は何の変哲もない真っ白な仮面であった。

 顔全体を隠せるような造りで、目元の部分だけをくりぬいた簡素な仮面なのだが、その値札を見るとまさかの金貨1枚という高額商品。


「無難な気がするけど、これで金貨1枚は高くない?」


 日本円に換算すると約10万円。

 いくら現状、金にはかなりの余裕があるとはいえ、一時的に着けるだけの仮面に払おうと思える金額ではない。


「これ、魔道具みたいだよ」


 仮面が置いてあった棚に商品の説明が書いてあり、目を通してみると、どうやら認識阻害の魔法が付与されているらしい。

 この仮面を着ければ体格や声などで正体がバレるリスクが減少するとのことだった。

 もちろん『心眼』や『鑑定』のスキルを誤魔化すことはできないようだが、俺にはその手のスキル自体が通用しないため、この仮面との相性は良い。


「認識阻害の効果が付与されているなら高くはない……かな?」


 俺がこの仮面を買うかどうか悩んでいると、いつの間にかにフラムが戻ってきていた。


「それでいいではないか? 主よ、考えてもみるのだ。仮面で正体を隠すのだから、似合うも似合わないも関係ないのではないか?」


「た、確かに……」


 言われてみれば確かにそうだ。

 仮面が似合わないところで、正体がバレなければ恥ずかしいも何もない。むしろ仮面の見た目ではなく、性能で選ぶべきである。


「じゃあ少し高いけどこれにしようかな」


「主だけずるいぞ。私も同じのが欲しくなった」


「え? 何のために?」


 いきなり欲しいと言われてもフラムには全く必要がない。


「いつか三人で必要な時が来るかも知れないかも知れないかも知れないぞ」


 そんな時が来るのか? とも思ったが、駄々をこねられても面倒という理由と、いつか冒険者として依頼を受けた際に極小の確率で使う場面が来るかも知れないという理由で了承する。


「わかったよ。お金は三人で稼いだものだし、三つ買おう。ディアもこの仮面でいい?」


「うん。三人お揃いがいい」


 なんだかんだディアも嬉しそうだ。お揃いというのがそんなに嬉しいのかな?


 最終的には仮面を三つを購入し、他にもローブや帽子なども購入しようかと考えたが必要ないと判断し、店を出たのだった。




 翌日も午前は実技授業をSクラスに行い、放課後にはアリシアやリゼット他二名の生徒に指導を始める。


 放課後の訓練では一対一での戦闘能力向上を目指し、俺は今アリシアと剣を交えていた。


「アリシア、視線でどこに攻撃をしようとしているのかバレバレだよ」


 右肩にアリシアの剣が迫るのを確認した俺は半身になって回避。

 今日の訓練ではこちらからの反撃は行わず、ひたすらにアリシアの攻撃を磨いている。


 アリシアは基本的に剣技と火炎魔法を主軸とした攻撃を使うのだが、どちらかと言えば剣の方が得意だ。

 その他にもいくつかのスキルを持ってはいるが、上手く戦闘に組み込めなかったり、戦闘には不向きなスキルだったために剣技と火炎魔法を徹底的に鍛えていた。


 俺に剣を軽々と回避されたアリシアは一度間合いを離し、火炎魔法を使って火球を自身の真上に五つほど浮かる。

 そしてそのうちの一つである火球を俺に向かって遠慮なく放つ。

 その火球は俺に直撃するような軌道ではなく、足下の地面を狙ったものだ。おそらくは爆風で俺の視界を奪うつもりなのだろう。


 火球が地面で弾けると共にアリシアが剣を構えて突っ込んでくる。しかし、既にそこには俺の姿はない。


「――えっ?」


 アリシアは当然俺がそこにいると考えていたのか、驚きの声をあげて周囲を見渡していた。


「後ろだよ」


 後ろから肩を叩き、そう呼び掛けるとアリシアは素直に降参する。


「参りました」


 気を落とした様子のアリシアにアドバイスを送るのがここ最近の流れになっているので、今回も何が悪かったのかのアドバイスを送ることに。


「相手の視界を奪うっていうのは悪い選択じゃないけど、火球の軌道が明らかに足下に向かっていたからね。アリシアの意図が簡単に読めたよ」


 実際、俺の場合は視界が奪われようと『気配探知』があるため、あまり意味がないのだが。


「そうですか……」


「少しアリシアの戦闘は正々堂々としてるっていうか素直っていうか、行動が読みやすいんだよね。それに攻めることに意識を割きすぎている節があるし、攻撃から守りに移るのがスムーズにいってないから、そこも意識した方がいいかな」


「ありがとうございます。もし、コースケ先生が私と同じスキルを持っているとしましたら、どのように戦うのでしょうか?」


 そう言われても難しいな。俺の場合はこの世界に来てからというもの、最初から身体能力がかなり上昇していたし、『気配察知』を最初の戦闘で手に入れていたからなぁ。


「んー……。俺がアリシアだったら、最初に魔力を使いすぎないくらいの小さな火球を数多く撃ち込むかな。それで相手の実力と出方を調べてから、次の行動を考えると思う」


 アリシアは『鑑定』の様なスキルを持っていないため、まずは相手の能力を把握する必要がある。最初から全力で相手に攻撃を仕掛けることは悪手だと俺は考えた。


「最初から全力で攻めない方が良いということでしょうか?」


「そうだね。でも今のアリシアの実力なら大抵の学生相手だったら勝てるとは思ってる。でも小手調べって言うのかな? そういった事で相手の能力を把握した方がより良い結果が得られると思うよ」


 俺からそうアドバイスを受けたアリシアは、一度目を瞑っていた。脳内でシミュレーションでもしているのだろうか。


「コースケ先生の仰る通りだと思います。明後日には本番ですので、戦術面を家に帰ってから考えてみます」


「じゃあ今日はこれで終わりにしようか」


「はい。ご指導ありがとうございました。それとコースケ先生、一つよろしいでしょうか?」


 また質問があるのかと思い、気軽にアリシアに頷くと、予想外の話が舞い込んでくる。


「明日の夜、王城にて魔武闘会の代表者や貴族が集まる晩餐会がありますので、ぜひ出席するようにと父から伝言を預かっています。もちろんディア先生とフラム先生もお連れして構わないと」


 面倒だけど、行くしかなさそうだ。


「わかったよ。わざわざありがとう」


「それとその晩餐会にはブルチャーレ公国の方々も参加致しますので、変装をしてくる様にとのことです」


「え? 服装とかは冒険者みたいな格好でもいいってこと?」


「はい。毎年代表者の方々は服装に制限なく、自由な格好で晩餐会に参加しておりますので問題はありません」


 まさか、昨日買った仮面がいきなり役立つとは思わなかったな。


「なら、そうさせてもらうよ。でもSクラスの生徒に見られるのは恥ずかしいな」


 仮面の認識阻害でバレることはないとは思うが、知り合いに見られるのは恥ずかしいものがある。


「いえ、魔武闘会の前座を行う学生は晩餐会には参加致しませんので安心して下さい。とは言え、私は立場的に出席しなければならないのですが」


「そうだったんだ。なら気が楽になったよ。それで何時くらいに向かえばいいかな?」


「晩餐会は夜の七時から行われるのですが、父がその前に時間が欲しいとのことで、先生方には夕方の五時に来ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 時間が欲しいってことは何か話があるのかな? まあ行ってみればわかることだし、深く考える必要はないな。


「大丈夫。それじゃあ国王様にその時間に向かいますと伝えて欲しい」


「わかりました。今日はご指導ありがとうございました。それではお先に失礼致します」




 アリシアと別れ、ディアとフラムに屋敷への帰り道で晩餐会に参加することになったと伝えたのだった。

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