第69話 仮面の男

「なんだ? なんだ?」


「先生が襲われてるの!?」


 仮面を着けた男たちが突如として現れ、剣を抜いた姿を見た生徒たちが騒ぎ始める。


「みんな大丈夫だから落ち着いて」


 ディアが大きめな声で生徒たちを宥めようとしているが、あまり効果はみられない。


 俺とフラムは仮面の男たちと睨み合い、そちらに手を回す余裕はない。


 俺はその睨み合いの最中に『神眼リヴィール・アイ』を使用し、情報の確認を行う。最初に確認をしたのは『気配探知』に反応を示さない男だ。


 ヨッヘム

 英雄級ヒーロースキル 『気配遮断』Lv3

 上級アドバンススキル 『暴風魔法』Lv7

 上級スキル 『剣豪』Lv8

 スキル 『気配察知』Lv9


『気配遮断』のスキル効果で無効化していたのか。かなり厄介なスキルだ。それにしても結構強いな。


 もう一人の情報も確認する。


 インゴ

 英雄級スキル 『剣鬼』Lv2

 英雄級スキル 『心眼』Lv3

 上級スキル 『金剛化』Lv6


 こいつも並の実力者じゃないぞ……。こいつらの目的はなんだ? アリシアの殺害? いや、狙われていたのはリゼットだった。それならリゼットの殺害が目的なのか?


 いくら考えても埒が明かない。

 それならまずは倒して捕まえるしかないと判断した俺は、視線を仮面の男から外さずにフラムに声をかける。


「フラム、どっちをやる? もちろん捕まえることが前提だからね?」


「私は主を傷つけた者をやらせてもらうぞ」


 フラムの意思を確認した後、俺たちはまるで意思疎通をしているかのように同じタイミングで仕掛けた。


 俺とフラムはそれぞれの標的へと間合いを詰め、牽制の一撃を放つ。俺は剣で、フラムは蹴りだ。フラムは竜王剣を召喚していないため、武器は装備していない。


 俺の思惑通り、彼らは後ろに飛び下がった。これで生徒たちと仮面の男を引き離すことに成功――と思ったが、仮面の男たちが飛び下がった近くにはフォレスト・スコーピオンとの戦闘を終えていたディオンとそのパーティーの生徒たちがいたのだ。


 ――まずい!


 そう思った俺だったが、仮面の男たちは自らの背後にいるディオンたちに興味を示すようなことはなく、俺とフラムに集中している。


 どういうことだ? やっぱりリゼットを狙っている? それとも俺たちが狙いなのか? それに『気配遮断』を持っているにも関わらず、目の前に現れるメリットがわからない。


 しかし、そんな悠長に思考をしている暇はないらしい。

 俺の思考を邪魔するかのように仮面の男の一人であるインゴが攻撃を仕掛けてくる。


 上段から剣を振り下ろし、俺を真っ二つに絶ち切るかのような一撃を放つ。その一撃に対し、俺は剣を横から叩きつけ、軌道を変える。

 だが、相手はそれを読んでいたかのように即座に次の攻撃に移る。剣を横に反らされた勢いを利用し、身体を捻るように回し蹴りを俺の側頭部を目掛け、蹴りつけてきた。

 その蹴りを上半身を後ろに反らすことで回避に成功した俺は、回し蹴りをした後に生まれた隙を突き、下段から剣を斬り上げる。


 俺の剣撃を剣で防ぐことができないと判断したのか、インゴは片足の状態で後方へ飛び下がる。しかし、完全に回避をすることはできず、胸元に浅い傷を与えることができた。


「――ちっ」


 インゴは軽く舌打ちをし、さらに俺との間合いを開けて一呼吸を入れている。

 だが、間合いを開けたことは俺にとって有利な状況となる。

 インゴから見えぬように後ろ手で異空間からナイフを取り出し、投擲を行う。

 その投擲に対してインゴは身体を半身にし、余裕を持って回避をするが、その行動でこの戦いに終止符が打たれることとなった。


「――かはっ」


 突如インゴが声を上げ、片膝を地面につく。

 脇腹にはいつの間にか、ナイフが突き刺さっている。


 俺はナイフの軌道線上とインゴの後方に異空間を繋げ、ナイフを転移させていたのだ。それによりインゴは俺に敗れたのだった。


 インゴが痛みで片膝をついていた隙に間合いを一息で詰め、地に組伏せる。

 何故、転移でインゴの後方へと移動しなかったのかというと、転移ができるということを生徒に知られたくないからだ。


 ナイフを転移させたことに気付いた生徒もいるかもしれないけど、たぶんほとんどの生徒には何が起きたのかは見えていないはず……。


 そんな事を考えながら、念のためインゴが持っていた剣を奪い、投げ捨てる。


 そして少し離れた場所で戦っていたはずのフラムを横目で確認すると、どうやら俺よりも先に勝負は着いていたようだった。



―――――――――――――――――――


 牽制の一撃を放った後に遡る。


 フラムは目の前にいる仮面の男に対し、容赦をするつもりは微塵もない。自らの主である紅介に怪我を負わせたためだ。


 そのフラムの怒りの感情は紅介への恋愛感情から起こるような甘いものでは決してない。友として、仲間として、そして何よりも自らが主と認めた者に対しての感情であった。


 フラムという誇り高きドラゴンの王が認めた存在が紅介であり、その主に傷を負わせたということは自らのプライドに傷をつけられたようなものだ。そんな事をした人間をフラムが許すはずがない。


 紅介ともう一人の仮面の男との戦闘が横で始まっていたが、フラムとヨッヘムは未だに動かずにいた。そんな中、フラムはヨッヘムにこう告げる。


「主に怪我をさせた貴様を私は許さない」


 その一言に込められた怒り、殺気にヨッヘムは僅かに身体を硬直させてしまう。そしてフラムはさらに言葉を続けた。


「殺しはしない。だがそれは主が望んでいないからだ。感謝するがいい」


 フラムの言葉を聞いたヨッヘムは口を開くつもりはなかったが、つい声を出してしまう。


「舐めるなよ」


 ヨッヘムはその言葉を合図に攻撃を仕掛ける。

『暴風魔法』で竜巻を生み出し、砂塵でフラムの視界を遮った。

『気配遮断』と『気配察知』を持っているヨッヘムは、視認されない状況さえ生み出せば一方的な戦闘を行うことができる。そしてここは砂地であり、まさにヨッヘムにとっては理想的な環境であったのだ。


 そして砂塵に紛れ、ヨッヘムはフラムの後方へと回り込み、剣を振り上げた。


(終わりだ。小娘)


 相手が女だろうが、なんの躊躇いもなくフラムに対して斬りかかる。

 一秒にも満たぬ間に剣がフラムに直撃するといったタイミングで、フラムは振り向きもせず、裏拳をヨッヘムの剣へと叩き込む。


(――何ッ!?)


 剣と裏拳が激突した衝撃で周囲に轟音が鳴り響くと共に、何かが砕け散る音も同時に響いてくる。

 その音の正体はヨッヘムの持っていた剣だった。


 剣身が砕け散り、身の危険を感じたヨッヘムは剣の柄だけになった物を咄嗟に投げ捨て、その場から一度離れようとする。

 しかしフラムがそれを許すことはない。一瞬でヨッヘムの懐に潜り込み、その首根っこを片手で軽々と掴み上げた。


「ぐあぁぁぁぁ!」


 フラムの握力にヨッヘムは苦しさのあまり叫びを上げる。


「黙れ」


 叫び声を煩わしいと言わんばかりに首を掴んでいた力をさらに込めて締め上げ、ヨッヘムは声を上げることさえできなくなった。


「――!」


 足をばたつかせ抵抗を試みるも、その抵抗は無駄に終わり、次第にヨッヘムの意識は真っ白に染め上げられ、ピクリとも動かなくなる。


 ヨッヘムの意識がなくなったことを確認したフラムはゴミを投げ捨てるかのようにヨッヘムを放り投げたのだった。


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