第68話 急襲

 起床の時間となり、次々と生徒たちがテントから外に出て、朝食の準備をしていた。


 そんな中、一人顔色の悪い生徒がいることに気付いた俺はその生徒に話しかける


「おはよう、リゼット。顔色が良くないみたいだけど大丈夫?」


「昨日の戦いで魔力を使いすぎてしまって……。まだ回復できていないみたいです」


 スノータイガーを仕留めた一撃で相当な量の魔力を消費していたようだ。いつもの元気な姿がそこにはなかった。


「足取りもちょっとふらついてるね。今日は戦闘に参加しないでいいよ」


「ですが……」


「無理をしたって仕方ない。それに同じパーティーの生徒にも迷惑がかかるかもしれないしさ」


「そうですね……。そうさせてもらいます」


 少し残念そうな表情を見せるが、無理はさせられない。万全ではない状態で戦闘をすれば、命を落としかねない危険があるからだ。


「その代わりに他の生徒の戦いを観察して学べばいいよ。アリシアと一緒にリゼットは先頭を歩いてるからよく見えるだろうし」


「コースケ先生だったらどの辺りを注目して観察しますか? 私は見て学ぶのが苦手なので」


 そう言われると難しいなぁ。俺もどちらかと言えば身体を動かすタイプだし……。


「んー。俺がリゼットだとしたら、魔物の行動を観察するかな」


「アリシア様や他の生徒ではなく、魔物をですか?」


「スキルや武器によって、人それぞれ立ち回りが違うからね。だったら魔物の行動パターンを学ぶのも悪くないんじゃないかな? 特にリゼットはレイピアに風を付与するタイミングを戦闘中に考える必要があるし」


 今までのリゼットの戦いを見た限り、付与にかかる時間は約十秒。

 ダンジョンではパーティーを組んでいるため、付与をする余裕があるが、一対一を想定するとその十秒は致命的だ。何らかの工夫が必要となるだろう。


「付与の時間を見つけるために魔物の行動を見た方がいいということですね」


「うん。この実地訓練が終わったら付与の時間を短縮できるように練習をすれば、さらにリゼットは強くなれるはずだよ」


「わかりました。話を聞いていただき、ありがとうございます」


 お礼を告げ、リゼットは朝食の準備に向かっていった。




「皆さん、これでようやく九階層です。この階層も無事攻略し、最後のボスを倒せば実地訓練も終わります。気を抜かずに頑張りましょう」


 アリシアが他の生徒たちに鼓舞をする。


 九階層に到達したSクラスの生徒たちは、多少の疲労が見えてきていた。しかしそれも仕方ないだろう。

 ダンジョン内の暑さに加え、ダンジョン攻略も終盤、さらには俺がパーティー単位で戦闘を行うように指示したこともあり、過去に行われた実地訓練よりもハードなものになっているだろう。


 もしパーティー単位ではなく、クラス全員で制約なくダンジョンを攻略したのならば、ここまでの疲労はしていなかったはずだ。

 実力のある生徒だけで魔物を倒していったり、人数に物を言わせて魔物を殲滅したりと楽に攻略する方法はいくらでもあった。

 だが俺はそれを良しとせず、生徒全員が成長できるように今までパーティー単位での戦闘を行わせていたのだった。




「魔物が来たぞ!」


 左右を森に挟まれた広い砂地の一本道を進み始めて、僅か数分で最初の魔物が現れる。

 数は一体だが、このダンジョンに出現する魔物の中では生徒たちにとって、かなり面倒な魔物だった。


 フォレスト・スコーピオン

 

 堅い甲殻を持った体長三メートル程の魔物で、生半可な攻撃ではその甲殻に傷一つつけることができない。そしてその尾には毒針があり、毒をもらったとしても命に別状はないが、麻痺状態になってしまう。


「次は僕たちのパーティーだね」


 そう言って、集団の後ろからやって来たのはディオンが率いるパーティー。そのパーティーはディオンの取り巻きの生徒で構成されており、アリシアとの混合パーティーの方ではない。


 フォレスト・スコーピオンは火系統の魔法が弱点となっているのだが、残念ながらディオンのパーティーに火系統魔法を扱える生徒はいない。


 俺はその戦いをアリシアやリゼットがいる先頭を歩いていたパーティーの近くで観戦することに。


 ディオンたちのパーティーがどうやって戦うのか見ものだな。


 そんな事を考えていると、俺の『気配探知』に生徒以外の人の反応が左手側の森の中で引っ掛かる。その数は一人。


 フラムが言っていた冒険者か? でも一人であんな森の奥で何をしているんだ?


 俺はその反応に最大限警戒しながらも、近寄ってくる様子はなかったため、ディオンのパーティーの戦いを見守る。


「君たちは少し離れててくれ。僕が最初に仕掛ける」


 そうパーティーに指示をしたディオンは魔法を発動。

 その魔法は風系統魔法で、フォレスト・スコーピオンの真下に魔法陣が現れると、大きな竜巻が発生する。


「馬鹿ッ!」


 俺は思わずそう口に出した。

 何故なら地面は砂地になっているため、竜巻を発生させてしまえば砂嵐が吹き荒れ、視界が遮られてしまうからだ。


 案の定、辺り一面に砂が舞い上がる。

 魔物の姿はおろか、近くにいるアリシアやリゼット以外の生徒の姿すら見えなくなってしまう。


 そんな最悪の状況で『気配探知』で捕捉していた者がこちらに向かって動き出す。


 何が目的だ!?


 念のために剣を抜き、もしもの時に対応ができるように備える。


 そんな時だった。

 捕捉していた者がいる反対側の右手の森から風を切り裂くような音が微かに聞こえ、その音の方向を視界が悪い中確認すると、かなりの速度で風の刃がリゼットに迫っていた。


「リゼット!」


 声を張り上げ、リゼットに注意を促すとリゼットも音に気付いたのか、風の刃が迫ってくるのを視認する。


「――!」


 リゼットは咄嗟に風の刃を防ぐため、自らも風の刃を作り出そうとしていたが、魔力が欠乏していたために素早く魔法が構築できていない。


 無理か!


 俺はリゼットへ向かう風の刃の軌道線上に『空間操者スペース・オペレイト』で異空間を創造し、風の刃を消滅させようと考えたが、間に合わないと判断。


 自分を転移させることは瞬時にできるが、それに比べて異空間を創造するのにはほんの僅かなタイムラグがある。

 その僅かなタイムラグがリゼットを助けることを不可能にしていた。


 異空間の創造を諦め、自らをリゼットと風の刃の間に転移させ、リゼットを庇うために風の刃を背中で受ける。


「――かぁっ」


 背中に激痛が走る。あまりの痛みに片膝を地面についてしまう。

 かなりの威力を持った風の刃で胴体が切断されなかったのは『金剛堅固』のおかげだろう。


「先生!」


 リゼットが俺を心配し、声を上げる。


「どうかしましたか!? ――っ!」


 その声を聞いたアリシアが近寄り、俺の背中の傷を見て絶句した。

 しかしその心配もつかの間『自己再生』を発動させたことで、傷が瞬時に修復される。


「「え?」」


 信じられない光景を見た二人は驚きのあまり、声をあげていたが、俺は傷が治ると共に立ち上がり、二人に注意を促す。


「襲撃だ! 俺は大丈夫だから二人は自分の事だけを考えてくれ!」


 砂嵐が収まり視界が晴れてきた中、またしても風の刃がこちらに襲いかかる。


 だが、もう俺には通じない。

 風の刃が到達するまでには少しの時間があったため、異空間を創造し、風の刃を飲み込む。


 俺は風の刃を放った者を見つけるために『気配探知』を再度発動したが、反応があるのは反対側にいる一人だけであった。


 ……どういうことだ?


 しかし考えている時間はない。

『気配探知』で捕捉している一人はかなりの速度でこちらに近付いていたのだ。


 このままではまずいと考えた俺はディアとフラムを呼び出す。


「ディア! フラム!」


 呼び掛ける前からこちらへ向かっていたのか、即座に二人が俺の側に来る。


「こうすけ何があったの?」


「主よ! 大丈夫であったか?」


「何者かに襲われた。怪我をしたけど『自己再生』で治したし、心配いらないよ」


「良かった」


「……そうか。私の主に怪我を負わせたとはな」


 ディアは安堵の表情を浮かべていたが、フラムは今までに見たことがない程の怒りの表情を浮かべていた。


「『気配探知』にはかからないけど、敵は二人いるとみて間違いないと思う。ディアは生徒を護ってほしい。フラムには襲撃者の内の一人を任せたい」


「わかった」


「ああ」


 二人は短く返答する。

 フラムは怒りのあまり、我を忘れていないか不安になるが、それどころではなくなった。

 二人の見知らぬ仮面を着けた男が俺たちの前に現れたからだ。


 二人の男が俺たちの前に立つが『気配探知』はその内の一人にしか反応しない。


「お前たちは何者だ?」


 俺がそう問うが返事はなく、男たちは腰の剣を抜くだけであった。

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