第66話 スノータイガー

 ダンジョンの攻略は順調に進み、現在は四階層まで来ていた。


 ダンジョンの構造は一階層から四階層までは同じ、森の様な環境で、今のところは生徒たちだけで対応できるような弱い魔物しか現れてはいない。その代わりに魔物の数は下の階層へ進むにつれ、増えてきている。


 この階層に至るまで各パーティーがそれぞれ五回以上は戦闘を行えており、最初の方に比べると見違えるほど連携がとれるようになっていた。


「アリシア様! あれを!」


 先頭にいたリゼットが指を指しながらアリシアにそう報告をする。

 その先には白く輝く水晶が台座の上に設置されていた。

 明らかに周囲の風景とは合わないそれは、全てのダンジョンにあるとされる安全地帯を示すものだ。


「ようやく安全地帯を見つけることが出来ましたね。今日はここで一晩を過ごします。皆さん、夜営の準備と食事の準備をしましょう」


 安全地帯を見つけたことで生徒たちからは安堵の吐息が漏れる。


「やっと休めるのね」


「僕はお腹が減って仕方ないよ」


「早く寝たい……」


 様々な言葉が生徒たちから聞こえてくるが、アリシアの指示に従って口だけではなく、手も動かしていた。


 テントを張る者、食事を配るために準備を行う者、水魔法が使えるものは飲み水を用意するなど各自忙しそうにしている。


 そんな中、俺はディアとフラムに合流し、明日からの事を相談することに。


「二人ともお疲れ様。今日は特にディアが頑張ってくれてたね」


 魔物と多くの戦闘を行ったこともあり、少なくはない人数が軽い怪我をしたのだが、その全てをディアが治療を行ったのだ。


「全然平気。軽傷の子ばかりだったから、魔力もそんなに使わなかった」


「それにしても生徒たちはまだまだ訓練が足りていないな。特に最初の方は酷かったぞ」


 フラムの言うとおり、最初の方は連携を上手く取ることができないパーティーが続出し、酷いときには魔法で同士討ちをしてしまう生徒まで現れたりと大変なことになっていた。


 幸い、怪我をした生徒は全員軽傷で済んでいたのだが、そのおかげでディアは大忙しだったのだ。


「最初はそんなもんだよ。いくらクラスメイトとはいえ、連携をとるのは一朝一夕じゃ難しいから」


「私と主は最初からかなりの連携がとれていたと思うぞ?」


「あれは二人だったから役割が簡単に決められたからね。俺が囮になってフラムが倒すっていうものだったし。そういえば、今日はフラムに色々と仕事を頼んで悪かった」


「あの程度の雑事は仕事の内にはならないぞ」


 フラムに頼んだ仕事とは、周囲の魔物を間引くことだ。

 四階層に来てからというもの、魔物の出現率があがってきたこともあり、生徒たちには気付かれないように魔物の数を減らしてもらっていた。

 最初はそんな事をするつもりはなかったのだが、休憩もほとんどせずに四階層まで来てしまったことで生徒たちには疲労の色が浮かんでいたのである。


「そういえば、主よ。このダンジョンに私たち以外の他の者がいるみたいだぞ?」


「え? そうなの?」


 このダンジョンに来てからと言うもの、他の冒険者などには一度も出会ってはいない。

 それもそのはず、ダンジョンに現れる魔物が弱く、割りに合わないのだ。この程度のダンジョンならば、アリシアは言うに及ばず、リゼットでも時間をかければ単独でこの階層までは攻略できる程度の難易度だ。


 弱い魔物を倒したところで得られる物は小さな魔石のみ。だからといってボス狙いの五階層だけを行き来するのもダンジョンが広すぎることもあり、時間効率が悪すぎる。そんな事をするくらいならよっぽど冒険者ギルドで依頼を受けていた方が稼げてしまう。

 

「直接その者を見た訳ではないのだが、私が魔物を間引きに行っている最中、魔石がそこらに落ちていたのだ。その周囲には最近戦った様な形跡があったぞ」


 魔石を拾わずにダンジョンを攻略してる人がいるのか……? こんなところに来るぐらいの冒険者だったらお金になる魔石を拾わないなんてことがあるとは思えないんだけど。『叡智の書スキルブック』や『アイテムボックス』等を狙った一攫千金を夢見てるのかな?


「奇特な人もいるもんだ。まぁ、余計なトラブルが起きないように出会わないことを祈るしかないかな」




 翌日、朝食を食べてから一時間ほど休憩を挟んだ後、ダンジョンの攻略を進めると五階層への階段を発見した。


 階段を降りると、僅か数分でボスがいる部屋の扉の前まで辿り着く。


「この扉の先にボスがいるんだけど、流石に全員で入るのは人数が多すぎるし、どうしようか? アリシア、ボスについて何か決めていることはあるかな?」


「はい。それでしたら昨日皆さんと相談して決めたことがあります。クラスを半分に分けて、ボスに挑戦することになりました」


 ダンジョンのボスは倒してから一定の時間が経つと再び現れる仕組みとなっている。その時間はおおよそ一時間。


「じゃあそうしよう。俺は最初のグループと一緒に入るから、ディアとフラムは後のグループと一緒に来てほしい」


 二人が頷くのを確認した後、再度アリシアに話を聞く。


「それで最初のグループは?」


「私が中心となったグループです。ディオン卿にはもう一つのグループをまとめてもらいます」


「わかった。最初のグループの生徒はもう準備はできてるかな?」


「「はい!」」


 いつにも増して、気合いの入った返事で生徒たちは答える。

 ここから先は自分たちにとって、気の抜けない戦いになると考えているのだろう。


 アリシアが代表して扉の前に立つと、その扉を押し開ける。

 音をたてながら重厚な扉はゆっくりと開き、その中へと最初のグループと俺は入っていった。




 扉の先の空間は学校の校庭くらいの広さがあり、その中心にいたのは白く巨大な虎。体長は三メートルを越え、口元には鋭い二本の牙が生えている。


 俺たちが部屋に入るのを確認した巨大な虎の魔物はこちらを威嚇するかの様な雄叫びを上げた。


「ガァァァァオッ!!」


 俺は『神眼リヴィール・アイ』を発動し、情報の確認を行う。


 スノータイガー『スキル:氷結の息Lv4』


 見た目のわりに大したスキルは持っていないみたいだ。これなら生徒たちだけで何とかなるかな。


「魔物は『氷結の息』というスキルを使うようです! みんな気をつけて!」


 一人の女子生徒がそう伝える。

 このグループにはクラスで唯一『上級アドバンススキル:鑑定』を持っている生徒がいたようだ。


 その情報を聞いたアリシアは即座に指示を出す。


「皆さん、一ヶ所に固まらずにパーティー単位で散開して下さい。魔法が使える生徒は魔物を近寄らせないように牽制を」


 アリシアの指示に従い、生徒それぞれが動き出す。

 火球、風の刃、石の礫などの魔法を使用し、スノータイガーの足下を狙い、牽制する。


 スノータイガーは魔法攻撃を回避するために後方へと一度後退をすると、口を大きく開けた。


「アリシア様、攻撃が来ます!」


 リゼットがアリシアに報告を行うが、リゼットの報告より早くアリシアは既に動き出していた。


 スノータイガーの正面に位置取ると、氷結の息に対して真っ向から立ち向かう。

 アリシアは火炎魔法を使い、手のひらから炎を放出すると氷結の息との相殺を図る。だが、その炎は相殺をするどころか、徐々にスノータイガーへと迫っていく程の威力があったのだ。

 スノータイガーは負けじと氷結の息を吐き続けるが、時間を稼ぐのがやっとの状態になっていた。


「今です!」


 アリシアがそう告げると、武術系スキルを持った生徒たちが一斉に左右からスノータイガーに押し寄せる。


 剣や槍、斧などの様々な攻撃がスノータイガーにダメージを与えていく。


 そんな中、リゼットはレイピアに風を付与した状態でスノータイガーの後方へと回り込んでいた。

 しかし、スノータイガーはリゼットを気にするどころか、気付く様子すらない。


 リゼットが移動したのを確認したアリシアは敢えて火炎魔法を止め、氷結の息をサイドステップで回避する。

 アリシアが魔法を止めたことで、スノータイガーは身動きを取ることができるようになり、他の生徒からの攻撃を受け続けるのは危険だと判断し、大きく後方へと飛び逃れる。


 だが、スノータイガーの行動は全て計算されていた。

 後方へと飛んだ先には、レイピアを持ったリゼットが待ち構えていたのだ。


「はぁーーー!!」


 レイピアに付与した風を最大限まで引き上げ、スノータイガーの後方から突き刺す。

 その一撃はとてつもない威力を秘めており、レイピアが食い込むにつれ、風の刃がスノータイガーの身体を引き裂き、肉片が辺りに飛び散っていく。

 そして最後にレイピアを纏っていた風をその先から一気に放出させ、スノータイガーは粉微塵となって消えていくのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 大量の魔力を消費したリゼットは肩で息をしながら、レイピアを頭上へと掲げる。


「「おおおおおお!」」


 リゼットを見て、スノータイガーを倒したことにようやく実感が湧いた生徒たちは声を張り上げて喜び始めた。


 そして地面には拳大の魔石が転がっており、それをリゼットが回収し、アリシアへと手渡す。


「アリシア様! やりました!」


「流石はリゼットです。以前から二人で様々な戦法を訓練した成果が出ました」


「はい! アリシア様が正面から氷結の息に立ち向かった姿を見て、ピンと来たのです!」


「本来であれば私が魔法で打ち勝ち、敵が逃げたところをリゼットが倒す作戦でしたが、他の生徒がいたおかげで逃げる方向を絞ることができたので上手くいきましたね」


 聞き耳を立てた限り、どうやら二人は以前から様々な連携の訓練を行っていたようだ。それを実戦で成功させることができたのは凄いことである。


 生徒たちには勝利の余韻に浸らせてあげたかったが、次の階層へと繋がる扉が開いたので進むように促す。


「悪いけど、喜ぶのは後にしよう。扉が開いたから先に進んで、後のグループを待とうか」


「「はい!」」


 未だに気分が高揚しているのか、返事にも覇気がある。




 そして扉の先で待つこと一時間と少しで、後続のグループと合流を果たしたのだった。

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