第65話 アリシアの在り方

 アリシアの号令により、アリシアとディオンを先頭にSクラス全員と俺たち三人はダンジョンの入り口へと入っていく。


 入り口を潜ると、石材で作られた長い階段がどこまでも続いていた。道幅は四人が横に並んで歩ける程度の広さしかなく、圧迫感を感じる。


 俺たち講師三人は生徒を最低限援護しつつ、いざとなった時に生徒の安全を守るためにバラバラの配置についていた。俺はアリシアとディオンの近くに。ディアは集団の中ほどに。フラムは最後尾といった配置だ。


 階段を降りながらアリシアや他の生徒の表情を見ると、やはり緊張をしている様子だった。

 低難易度のダンジョンとはいえ、命を失う危険があるのだ。緊張をするなというのは無理がある。だが、少しでも緊張をほぐせるようにとアリシアに声を掛ける。


「アリシア、このダンジョンの構造については何か知らされているの?」


「いえ、ほとんど知らされておりません。それを含めての実地訓練ですので。ただ、全十階層でとても広い空間で構成されているダンジョンだということだけは説明されました」


 なるほど。確かに狭い空間のダンジョンでは大人数での訓練は難しいか。広くて低難易度のダンジョンであるからこそ、ここが実地訓練で使われているのかもしれないな。




 階段を降り続けること十五分。ようやく最初の階層に辿り着く。


 そこにはダンジョンの中とは思えない光景が広がっていた。

 周囲を見渡す限り、森の中としか思えないほどの多くの木々が生えており、緑豊かな空間がそこにはあるからだ。


 しかし、天井を見上げるとダンジョンであることに誰もが気付くだろう。

 そこには太陽や雲などがあるはずもなく、ゴツゴツとした岩が天井を覆っていた。だが逆に言えば、天井を意識して見ない限りは天井の高さが百メートル以上はあるため、気付くことは難しいかもしれない。

 それにダンジョン内だというのに昼間のような明るさがあるのだ。その原因は天井に巨大な水晶が埋め込まれており、その水晶が太陽の様な輝きを放っているためである。


 このダンジョンは凄いな。っていうか太陽もないのに何で木が生えているのかも謎だし。まぁそんな事を言ったらディアが封印されていたダンジョンの深い階層に酸素があったことも謎なんだけど。


 生徒全員が階段を降り、一階層に到着したため俺は『気配探知』で周囲に魔物がいないことを確認した後に呼び掛ける。


「じゃあここからは俺が指示を出すから、しっかりと従ってほしい。とは言ってもそこまで口を挟むつもりはないから、各自考えて行動するようにね」


 それから俺は生徒たちに四人一組のパーティーを作らせる。流石に全員まとめて戦闘を行うことは不可能だからだ。

 ちなみにSクラスの人数は三十八人で、二人余ることになるのだが、アリシアとディオンが二つのパーティーを掛け持ちすることによってクラス全員がパーティーを組むことができた。


「今組んだパーティーで魔物と戦闘を行うから互いに相談をして、陣形や作戦などを考えて欲しい。最初は魔物一体に対して一パーティーで戦うようにするからそのつもりで。慣れてきたら複数体の魔物と戦ってもらうよ」


 生徒たちに五分間の時間を与え、それぞれのパーティーで話し合いを始める。その間に、数匹の魔物が近付いてきたのを感じ取った俺はフラムに頼んで排除してもらっていた。


 そして五分が経過したところで再び俺は生徒に呼び掛ける。


「相談は終わったかな? ここからはアリシアとディオンの指示の下、動いてもらう。俺たち講師は危険だと判断した時にだけ手を貸すつもりだ。後、怪我を負った生徒はディアに治療を頼むこと。怪我をしているのに無理はしないでね。それじゃあ後はよろしく」


「はい。わかりました。それでは私のパーティーを先頭に移動をしますのでついてきてください」


 どうやらアリシアが先頭に立ち、そこから各パーティーに魔物を振り分けるようだ。逆にディオンは最後尾へ。前と後ろにクラス内での実力者を分けたのは良い判断だ。




 アリシアのパーティーを先頭に広大なダンジョンを進むこと約三分。ついに最初の魔物が現れた。

 その魔物は醜悪な顔をした猿の様な姿をしている。

 俺は『神眼リヴィール・アイ』を使用し、その魔物の情報の確認を行う。


 ウッドモンキー『スキル:投擲Lv2』


 これなら生徒たちでも余裕を持って戦うことができそうだ。しかも数は一匹。ダンジョンに来てから初めての戦闘で丁度良い魔物が現れてくれたのは幸先が良いな。


 アリシアは事前に戦う順番を決めており、最初の戦闘を行うのはアリシアやリゼットがいるパーティーで、女子生徒だけで構成されていた。


 魔物が正面に現れるとアリシアのパーティーが即座に前に出る。


「リゼットはレイピアに風の付与を行ってください。後の二人は魔法で牽制を」


 どうやらアリシアが突撃をして戦闘を終わらせるような戦い方はせず、連携を重視した戦闘方法を選択したようだ。


 リゼットがレイピアに魔法の付与を行っている間に、残りの二人が石の礫や火球で牽制を行い、魔物を近寄らせない様にしている。

 ウッドモンキーはその魔法を近場の木に登り、木を盾にすることで回避を行う。特に火球に対しては過剰に反応しているのがわかる。


「アリシア様! 付与が終わりました!」


 二人が時間を稼いだおかげで、リゼットの準備が整う。


「リゼットは魔物が木から降りたところを狙って下さい」


 ウッドモンキーは木から木へと移動をするものの、逃げるつもりはないらしい。

 火球の攻撃が止むのを確認すると、その姿をさらけ出す。しかし未だに石の礫での攻撃は終わってはいない。


 ウッドモンキーに石の礫の一つが直撃する――と思いきや、それを掴みとった。そして掴んだ石を火球を放っていた生徒へと投擲を行う。

 猿の魔物だけあり、知能が高い。火球を嫌っていたウッドモンキーは真っ先にその使い手を潰そうとしたのだ。


 急な反撃により、火球を放っていた生徒は硬直してしまい、このままでは直撃をしてしまうといったタイミングでアリシアが動く。

 即座に投擲された石の軌道線上に立つと腰から剣を抜き、居合い一閃で石を断ち切った。


「私とリゼットが出ます。二人は一旦魔法を止め、守りを固めていて下さい」


 そう告げると、アリシアはウッドモンキーが木の上にいるにも関わらず、突撃を行う。そして軽々とジャンプをし、木の上にいたウッドモンキーとの距離を詰める。

 突如、同じ高さまでジャンプで近付かれたウッドモンキーはアリシアから逃げるため、逆に木の下へと飛び降りた。


 しかし、そこで終わりである。

 まるでウッドモンキーの落下地点を予測していたかの様にそこにはリゼットがレイピアを構えて待っていたのだ。


「これで終わりです!」


「――ウギャッ!」


 ウッドモンキーが地面に足を着けた瞬間に、リゼットのレイピアがその胸を貫く。その一撃によりウッドモンキーは霧となって消えていった。




 火球によって木々に火が燃え移っていたため、俺とディアが鎮火作業を行った後、俺はアリシアの下へと向かった。


「お疲れ様。初戦の感想は?」


「初見の魔物でしたので慎重に戦いましたが、思った以上に苦戦をしてしまいました」


 俺の場合は魔物の情報を見ることが出来るため、初見の魔物でもある程度の余裕を持って戦うことができるが、そうでない場合は慎重に戦わざるを得ない。


「それはしょうがないよ。しかもパーティーを組んでから初めての戦闘だからね。連携の部分も戦闘を繰り返していけば良くなるよ」


「お尋ねしたいのですが、コースケ先生でしたらどの様に戦いましたか?」


「持っているスキルが違うから一概には言えないけど、連携を強化するために戦うんだったら、アリシアと同じ戦法を取ったと思う。ただ、俺だったらリゼットに付与をする時間を用意しないかな」


「どうしてでしょうか? リゼットはレイピアに風を付与することで一層強くなりますが」


「今回は弱い魔物だったから付与を行う時間の余裕があったけど、強敵となったらそんな余裕はないからね。リゼットには戦闘に参加してもらいつつ、付与を行う隙があったときに自己判断でやってもらった方がいい。そうすることによって、リゼットも付与する時間を短縮させる工夫やタイミングを学べると思う」


 アリシアは今の俺の言葉に納得がいった表情をしている。


「先生の仰る通りです。初見の魔物だというのに弱い魔物だという前提で動いてしまいました……」


 低難易度のダンジョンと聞かされていれば、そう判断してしまうのも無理はない。しかし、アリシアは自分の判断が誤っていたことに気を落としている様子だった。


 少し、アリシアは真面目過ぎるところがあるなぁ。自分に対して厳しすぎる。


「アリシア、そこまで落ち込む必要はないよ。次はこうすればさらに良くなるって考えるくらいでいいんだ」


「ですが……」


「もしかして、王族の自分は間違いを犯せないとか思ってる?」


「……」


 どうやらそう考えている様子であった。顔を下に向け、表情を見られないようにしている。


「アリシアは学院では王女としてではなく、ただの一人の生徒なんだ。全てに責任を感じる必要はないよ」


「……はい」


 そう答えたものの、やはりそう簡単に割りきれないのだろう。


 王族として生まれ、周囲から王女として扱われる。生まれてからずっとその様な環境で育ったのだ。急に変われというのも無理な話ではある。


 だが、いつかは自分を許せる様になって欲しいと俺は思ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る