第56話 フラムの実技指導
教室を後にし、中央棟を出た俺たち三人は実技棟へとは向かわずに生徒たちが来るのを外で待つことにした。
もちろんそれには理由がある。それは道に迷わないためだ。
おおよその場所の検討はついているが実技棟と言うだけあり、実技を行える場所は一ヶ所だけではないと考えた。
外で待つこと約十分。
中央棟からぞろぞろと日本で言うところの体操着の様な動きやすい服に着替えた生徒が現れ、その中の数人の生徒が俺たちに軽く会釈し、実技棟へと向かっていく。
そんな生徒たちに俺たち三人はさりげなくついていくのであった。
生徒たちについていき、たどり着いた場所はまるで闘技場の様な造りとなっている。
円形の実技スペースには土が敷かれ、さらにはそのスペースをぐるりと囲む様に観客席まで設置されていた。
実技スペースの広さは直径五十メートル近くはあるだろうか。しかも実技棟の中にはこの様な実技場がいくつかあるらしい。
「これはすごいね。どれだけのお金をこの学院に注ぎ込んでるんだろう」
「主よ、この実技場には魔法を遮断する結界を張ることが出来るみたいだぞ」
フラムが実技スペースの周りを囲む壁に触れる。
その壁には魔石が埋め込まれており、おそらく壁自体が巨大な魔道具の様な物になっているのだろう。
「まさに実技を行うにはうってつけの場所ってことか」
「だが、私たち三人の実力ならこの様な結界はすぐに破ることができるぞ。ある程度は加減をしてやらないといけないな」
そのフラムの発言に俺とディアは咄嗟に目を合わせた。
「こうすけ、フラムがまともな事を言ってる」
「うん。俺も驚いてる……」
「二人とも、どれだけ私を信用していないのだ」
「いや、
「うん。
そんなことを話しているうちに、生徒がおそらく全員揃っていた。おそらくというのは全員の顔も名前も知らないからだ。
「これで全員揃ったかな?」
質問に答えてくれたのはアリシアだった。
「はい。揃っています」
「ありがとう。それじゃあどうしようかな……」
正直、いきなり教師の真似事をさせられても、どうすればいいのかわからないんだよなぁ。まあ取り敢えずは実力を調べることから始めてみようかな。
「よし。それじゃあまずは三つのグループに別れてもらおうかな。このクラスは全員、魔法系と武術系のスキルを持っていると思うけど、魔法の方が得意という人はディアの所へ集まってほしい。武術系が得意ならフラム、どっちも得意って人は俺の所で」
指示に従い、生徒がそれぞれの場所へと集まる。その中でも特に人数の多いグループはやはりフラムのグループ。その次にディア、そして最も人数が少ないのは俺のグループとなった。
俺のグループに限っては人数が僅か五人しかおらず、そのメンバーはアリシアと俺に近付くのは危険だとアリシアに忠告をしていたリゼット、それに加えて俺の冒険者ランクを聞き、馬鹿にしてきた生意気な男子生徒とその取り巻き二人という中々に濃い生徒ばかりが集まっている。
嫌なメンツが集まったもんだなぁ。アリシアの人柄は嫌いではないけど、もし怪我なんてさせたらどうなるんだろうか……。気を付けなければ。
アリシア以外の生徒も言ってしまえば面倒だとは思ったが、王族に比べればまだマシだと考える。
「アリシア、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「何でしょうか?」
「この授業って何時までやるのか俺、知らないんだよね」
「それでしたら、午前の時間は全て実技の時間にあてられていますので後三時間はあります」
三時間か。それなら一人五分の時間で一対一の戦闘を繰り返していくことにしようかな。
「わかった。ありがとうアリシア」
授業計画も決まり、早速取りかかることにする。
「これから、一対一の模擬戦闘形式の実技授業を始める。まずは武術系グループから始めようか。戦う順番は生徒で決めてほしい」
生徒たちの話を盗み聞きした結果、結局生徒たちは順番を名前順に決めたようだ。その頃フラムは実技場の中央で腕を組ながら対戦相手を待っていた。
そして一人の男子生徒がフラムの元へと近付く。
その生徒はどうやら槍を使って戦うようだ。ちなみに武器は自前で用意した者と、この施設に備えられていた武器庫から借りた者の二通りがいる。普段なら生徒に危険が及ばぬようにレプリカの武器で実技を行う様だが、今回は本物の武器を使用させている。
「模擬戦を行う生徒以外は危険だから観客席に移動してね。審判は俺がやるから」
生徒が観客席へと移動し終わり、いよいよ模擬戦の開始を告げようとしたとき、フラムの前に立つ男子生徒から声をかけられた。
「本当に本物の武器を使って全力で戦っていいのですか? 先生を怪我させてしまうかもしれません」
「私に怪我させる心配をするとは驚いたぞ。そんな心配は微塵も必要ない。全力で来るがいい」
フラムの実力を知らない生徒がそう心配するのも仕方がないか。一応フォローをするとしよう。
「もし怪我をしてもディアが治癒魔法を使えるから心配はいらないよ。ところでフラムは武器を使わないの?」
生徒は槍を持っている。フラムなら何の問題もないだろうが、念のため聞いてみることにした。
「私が武器を使ったら殺してしまうかもしれないからな」
要は手加減したつもりでも武器を使って攻撃をしたら生徒が致命傷を負いかねないということみたいだ。
「わかった。くれぐれも怪我をさせないようにね。じゃあ、そろそろ始めるよ」
男子生徒は槍を構え、その瞳はフラムの一挙一動を見逃さないように真剣なものへと変わる。
「――始め!」
合図と共に男子生徒は槍をフラムの間合いの外から乱れ突き、攻撃の手を緩めずにペースを握ろうとした。しかし、その槍捌きはフラムに完全に見切られている。
フラムはその場から一歩も動かずに上半身の移動だけで易々と回避していく。
決して男子生徒の槍捌きは悪いものではない。その辺の冒険者よりも腕は確かだ。だが所詮はその程度。フラムの相手ではなかった。
ひとしきり槍を回避したフラムは男子生徒の実力を測りきったのか、無造作に腕を払い、男子生徒の手元から槍を弾き飛ばす。
「――え?」
男子生徒の呆気にとられた声が静寂に包まれていた実技場に響き渡る。
「そこまで!」
武器を手元から失ったこともあり、俺は終了の合図を告げた。
そんな呆気にとられた男子生徒の元へフラムは近寄り、一言声を掛ける。
「悪くはないが、愚直すぎるぞ。もう少しフェイントを入れるなどした方がいい」
「あ、ありがとうございます」
アドバイスをされた男子生徒はその場で一礼し、他の生徒が集まっている観客席へと戻っていった。
模擬戦が一試合終わると共に、観客席にいた生徒たちがざわめき出す。
「おいおい、フラム先生強すぎないか?」
「いや、あいつの腕が未熟なだけだろ」
「僕ならもう少しやれる自信がありますよ」
そういった会話がそこら中から聞こえてくる。フラムの実力を認める者とそうでない者が半々といったところだろうか。
だがフラムの実力を疑っていた生徒たちの考えは一時間も経たないうちに百八十度変わっていた。
「――そこまで! これでフラムのグループは全員終わりだね」
観客席の一部ではフラムに負けた生徒たちが死屍累々の様になっている。
もちろん死んではいないし、それどころか怪我を負った者さえいないのだが、呆気なく敗れた事による精神的なショックでその様な状態になっていた。
「主よ、これで終わりか? まだウォーミングアップさえ終わってないぞ」
「「「……」」」
あまりの発言にフラムに敗れた生徒たちは絶句するのであった。
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